94. わくわくラウル様
当然の流れとして、実際に付与してみせることになった。ラウル様が用意したのは、装飾の施された銀のナイフだ。光沢のある柄には、紋章みたいなものが彫り込まれている。カールスト子爵家の紋章かな。
「このナイフに付与してもらえますか」
「大丈夫ですよ」
武器に付与してわかりやすい因子は……これでいいかな。
■取り込み可能な因子■
・鋭い(Lv5)
・高品質(Lv5)
◆鋭い◆
刃物・突起物の鋭さが上昇する
上昇率はレベルによる
どちらも最大レベルは10だけど、5にとどめておいた。強力な効果を気軽に付与できると知られると面倒になると思ったからね。付与にも時間をかけて集中するフリをしたよ。
「見た目に変化はないですね」
ラウル様が少し不思議そうに言った。魔法的なエフェクトが出ると思ったのかな?
「そうですね。ですが、切れ味は変わってるはずですよ」
「試してみても?」
「はい、もちろん」
僕が頷くと、ラウル様がナイフを持ってきた使用人の男性に目配せした。その人は頷くとナイフを受け取ると、脇のテーブルに用意してあった果物を手にとった。
男性は軽くナイフを押し当てた。スルッと刃が入り、あっという間に果物が真っ二つになる。
「これは……! 凄まじい切れ味ですよ!」
男性が目を見開く。ラウル様はその反応を見て、さらに興味を抱いたみたい。
「もう少し試してみたいですね。訓練場に移動しましょう」
そう言って立ち上がるラウル様に、僕たちも続く。広い屋敷の中を通って、裏庭にある訓練場へと向かった。
訓練時間ではないのか、そこには誰もいなかった。代わりに案山子みたいな人形が何体も立てられている。本来なら、あれを人と見立てて木剣で攻撃する訓練に使うんだって。
ラウル様の説明を聞いていると、使用人の男性が剣を持って追いついてきた。ラウル様はそれを受け取ると、僕を見た。
「これにさきほどの付与をお願いできますか?」
「わかりました」
僕は言われるままに、剣に触れて因子を付与する。
「できました」
「そうか!」
付与が終わると、ラウル様はどこかワクワクした顔で、人形に向き直った。自ら切れ味を試すつもりみたいだ。剣を鞘から引き抜くと、意外にも様になっている動作で振り上げた。
「ふっ!」
スパンと、まるで何の抵抗なかったかのように、剣は斜めに振り下ろされた。人形に変化はない……いや、少し遅れて上半分がゆっくりと向こう側に倒れた。ほとんど抵抗なく真っ二つにされたみたい。
あ、あれ?
思った以上の切れ味だなんだけど。少しやりすぎたかも。
振り返ると、キースさんとトールさんと目があった。笑顔なんだけど、口の端がヒクッと動いて、何か言いたげだ。やりすぎだと思っているんだろうなぁ。でも、いまさらなかったことにはできないのでどうしようもない。
ラウル様はと言うと大喜びだ。まるで新しいおもちゃを手に入れた子供のように、目を輝かせている。
「これは素晴らしいですね! もともと悪い剣ではなかったのですが、ここまでの切れ味はなかったんです。いや、本当にすごい!」
「あ、あはは……今回は少しだけ気合を入れました」
って、ことにしよう。信頼を得るために限界まで力を尽くしたみたいな感じてことで。
幸いなことに、ラウル様は違和感を覚えなかったみたい。納得したように頷いている。
「それで、リックの身元保証なんですが……」
「ああ、もちろん協力させてもらいますよ。その代わりと言ってはなんですが――」
再び、応接間に場所を移し交渉を再開する。切り札が有効に働いたみたいで、驚くほどスムーズに話はまとまった。
交換条件として持ちかけられたのは、剣への因子の付与だ。僕には任せておけないと思ったのか、そこからはトールさんとキースさんが主導して話しをまとめてくれた。
その結果として、さっきよりも弱い効果を5本に付与することになった。付与対象となる武器は後日、商会のほうに届けられることになっている。これはラウル様に準備が必要というより、こちら側の都合だ。一応、永続付与は力を消耗するので連続使用できないという設定だからね。
『なんだか、僕のこと、そっちのけだったんだけど……』
笑顔の仮面を被って細かい調整をするトールさんたちをよそ目にリックがぼやく。結局、リックが話をしたのはひと言、ふた言だけだったものね。あとは、ほとんど付与の話しかしてない。
「まぁ、目的を達成できたんだからいいじゃない。それに長々と話すのも緊張するから嫌って言ってなかった?」
『それはそうだけど……』
僕がなだめても、リックは不満げだ。
まぁ、気持ちはわかるけど。僕としても、なんだか現金だなって思う。
ただ、ラウル様からすれば、リックの身元保証はリスクが大きい。相応の見返りが欲しいと思うのも当然かもしれない。無理な要求をしているのはこちらなんだから、文句は言えないよね。
それに実を言えば、もう一つ通したい要求があるんだ。付与能力の提示はそのための布石にもなるはずだからね。
「ところで、ラウル殿。最近フォルブルス商会から剣を購入したと聞きましたよ」
おっと。トールさんが次の交渉に入ったみたいだね。




