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92. 領主と面会

「ラウル殿。ご多忙のところ、お時間をとっていただきありがとうございます」


 トールさんがよそ行きの笑顔を浮かべて挨拶する。対面するのは、このブルスデンの街の領主様だ。


 年齢はトールさんと同じくらい。たぶん、40歳手前くらいかな。服装こそ上等だけど、雰囲気が柔らかいからか、あまり貴族っぽく見えない。いや、他の貴族を知らないから、こんなものなのかもしれないけど。貴族って厳格で険しい表情をしているイメージだったから、ちょっと意外だった。


 謁見とか大袈裟なものではなくて、あくまでちょっとした面会って形。対面しているのもごく普通の応接間だ。とはいえ、かなりグレードの高い応接室で丁寧に迎えられているんじゃないかと思う。残念ながら、僕にはそこまで違いはわからないけど。


 以前、キースさんに聞いた話だと、トールさんは下手な貴族よりも丁重に扱われるみたい。隣国の王様が後ろ盾だからね。迂闊な扱いをすると、外交問題に発展するんだって。


 貴族にもいろいろいる。ラウル様はブルスデンの街近隣の領主で、子爵という立場みたい。弱小というほどでもないけど、大貴族では決してない。トールさんの不興を買うと立場が危うくなると思っているのか、他の貴族と比較してもかなり気を使ってもらっていると聞いている。


 実際、トールさんの挨拶を受ける領主様はにこやかな笑みで、歓迎の意を伝えてくれる。


「いや、なになに。勇者殿からの頼みとあればいつでも時間を取りますよ」

「ありがとうございます」


 トールさんの言葉に頷いたあと、ラウル様の視線が僕に向いた。


「今日はロイ殿も一緒なのですね」

「はい、ラウル様。お久しぶりです」

「ははは、ロイ殿にそこまで畏まられると恐縮してしまいますよ。ゴードンからも、特区運営の手腕は聞いていますからね」


 ラウル様には何度か会ったことがあるけど、ちょっとだけ苦手なんだよね。笑顔だけど、どことなく作り物っぽい印象がある。それはまぁ、僕はスラム出身だし、心から歓迎されているわけじゃないと思うよ。でも、それならそれでいいんだ。固い態度で接してくれるなら、そっちのほうがわかりやすい。今は表面上は友好的だけど、その本心がわかりづらくてどう対応したらいいかわからない感じ。話を聞いてるかぎり、悪い領主ではないと思うんだけど……。


「それで本日はどういうご要件で?」


 返事に困っていたら、ラウル様が話を進めてくれた。それに対して、トールさんが軽く頷いて話し始める。


「実はラウル殿から立場の保証をして頂きたい人物がいまして」

「立場の保証ですか? トール殿の願いということなら最大限の配慮はしますが、無条件にとはいきませんよ」


 配慮すると言いつつも、ラウル様の表情は渋い。立場を保証するってことは、後ろ盾になるようなものだからね。その人物の行動次第では保証したラウル様の責任が問われることになる。いくら隣国の勇者から要請されたからと言って、軽々しく受けることはできないんだ。


「それはもちろん承知していますよ。実際に人柄を見て判断してもらえればと思います。実はこの場にも連れてきておりますので」

「え、この場にですか?」


 トールさんの言葉に、ラウル様が首を傾げる。この場でラウル様の対応を受けているのは、僕、トールさん、そしてその背後に立つキースさんだけに見える。でも、実はもう一人いるんだよね。


「こちらです」

「はぁ。このヌイグルミがどうかしましたか?」

「あ、いえ……」


 僕がラウル様の前に掲げてみせたのは、もちろん、アライグマのぬいぐるみなんかじゃない。立場を保証して欲しい当人、つまりはリックだ。


 彼の身元保証をしてもらう。それが今日ラウル様を訪れた目的の一つなんだ。


 本当はちゃんと紹介してから話に入ろうと思ったんだよ。でも、面会の約束を取りつけたあと、あれよあれよという間に話が進んだせいで、説明しそびれちゃったんだよね。


 どうやら、門番も案内役の人も、リックをただのぬいぐるみだと思ったみたい。特に問われることもなく、ここまで案内されることになった。


 まぁ、仕方がないとは思う。だって、緊張のせいかピクリとも動かないんだもの。仕方がなく僕が抱えて運んでいたのだけど、そのせいで余計にぬいぐるみ感が出てしまっている。


 とはいえ、黙ったままでいられると困る。このままだと、僕はお気に入りのぬいぐるみの身元保証を求めるおかしな子供になっちゃうよ。


「ほら、リック。挨拶だよ」

『わ、わかってるよ』



 前に掲げた両手を上下させると、ようやくリックが動き出した。彼がぎこちなく頷くと、その反応を見たラウル様がぽかんと口を開く。


「は……え?」


 驚いて素が出ているのか、いつも張り付いているような笑顔が消えている。そこに畳み掛けるかのように、リックが挨拶をした。


『こんにちは、僕はリックです! 怪しい者ではないので、街での活動をさせてください!』

「……あ、ええ、あ?」


 しゅたっと手を上げたリックにつられたのか、ラウル様も軽く手を上げて応えた。ただ、状況がうまく飲み込めないのか、反応が鈍い。


「あ、あの、ラウル様?」


 声をかけても、視線はぼんやり。少し首を傾げたあと、ラウル様はぽつりと呟いた。


「なるほど。夢か……」

「違いますよ!」


 どうやら、ラウル様は現実逃避しているみたい。現実を受けいれてもらうのに少しだけ時間がかかった。本題に入る前なのに、変に時間を使っちゃったよ。

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