8. 因子削除を有効活用
恩寵を授かった次の日の朝、普段通りに目が覚めた僕は、ルクスの計らいでトンガさんとの顔合わせはスルー。水汲みしている間にとりなしてくれるっていうから、そちらはお任せした。そのときにミルケ茸をバッチリ手渡したとは聞いている。
その後のことは知らない。今頃、どこかでミルケ茸を食べてるんじゃないかな。そんなことを考えつつ、恩寵のウィンドウを開いてみた。その結果がこれだ。
■現在の保有GP:3
さて、どうしてGPが増えたのでしょうか?
もしかして……例のミルケ茸と関係ある?
いやいや、まさかね。だってキノコだよ? 仮に……もし仮に、あのキノコが悪くなってて食中毒を引き起こす原因になったとしても、せいぜいがお腹を壊すだけ。世界秩序には何の影響も及ぼさないはず……だよね?
少し心配になってきたな。ちょっとした出来心というか意趣返しのつもりだったのに。食中毒のレベルも低かったし、大人で、しかも僕らよりは良いものを食べているはずのトンガさんなら重篤な症状にはならないと思うんだけどなぁ。そもそも食べてすぐ症状が出るってものでもないだろうし。
何か解毒作用のある因子を探して差し入れしとく? でも、いつもと違う行動を取って、後ろ暗いことがあると勘ぐられると嫌だしなぁ。
うん、様子見しよう、様子見!
現状では何もわかってないんだから、あれこれ考えても仕方がない。せめて数日、トンガさんの体調の経過を見てからでも遅くはないはずだ。
というわけで、僕はこの件に関しては一旦忘れることにした。心の平穏を保つのって大事だからね!
さて、気持ちを切り替えてっと。昨日はすぐに寝ちゃったから確認できなかったけど、服のチェックをしよう。“溢れる生命力”が効いてるといいんだけど。
「変化なし……かぁ」
修復されていればいいなって思ったけど、ボロボロのままでした。だけど、少しだけ綺麗になってる気はする。“浄化作用”は有効っぽいね。
「何してるんだ?」
せっせと確認作業をしていると、ルクスが訝しげな顔で近づいてきた。
「んー、ちょっとした確認?」
「何のだよ」
「……服?」
「それは見ればわかる」
でしょうねー。
「あっ、そうだ」
ついでだから確認しておこう。恩寵のウィンドウが他の人に見えるかどうか、気になってたんだよね。
ウィンドウをルクスの目の前に展開してっと。
「ねぇ、これ見える?」
「これって……何の話だ?」
「うっすら透明な四角いのなんだけど」
「……いや、見えない」
なるほど。恩寵ウィンドウは僕にしか見えないみたい。それなら人前で使っても問題は無さそうだ。
一応、ルクスには恩寵の確認だとは教えておく。だって、“コイツ、大丈夫か?”って目で見てくるんだもの。
「へぇ。その“ウィンドウ”ってので、恩寵の使い方を教えてもらえるのか。それは便利かもな」
「でしょ?」
「で、結局、ロイの恩寵って何なんだ?」
それ聞いちゃいますか、ルクスさん。まぁ、混沌神云々を言わなきゃ引かれはしないと思うけど。ただ説明するのは難しいんだよね……。
「恩寵は“因子操作”なんだけど……そうだなぁ」
あ、そうだ。実際に試してみたらわかりやすいかも。“溢れる生命力”は服に付与しても意味がないってわかったから、移し替えよう。僕のをルクスに。服のを僕に。
「実際に試してみるね。今から、ルクスを元気にします!」
「はぁ、元気に……?」
戸惑うルクスに向けて、“溢れる生命力”を付与する。見た目の上では何の変化もないけど、因子は確かに付与された……はず。
「どう?」
「んー、言われてみれば元気になったような……? いや、やっぱりわからないな」
「そうかぁ」
怪我してる状態ならわかりやすいんだけどなぁ。昨日、トンガさんにあれだけ殴られたのに、今ではちっとも痛くないんだ。とはいえ、そのためにルクスに怪我させるわけにもいかない。
一応、ちゃんと付与されたか確認しておこうか。どれどれ、ルクスの因子はっと。
■取り込み可能な因子■
・弱視(Lv4)〈new〉
・溢れる生命力
付与はできてる……けど、それよりももう一つの因子が気になる。弱視か。ルクスがもともと持ってた因子ってことだよね。
◆弱視◆
視力が下がり視界がぼやける。
低下具合はレベルによる。
そのままの効果みたいだ。レベル4ってそこそこだよね。少なくとも今まで見た因子のレベルでは一番高い。
「ルクスって、目が悪いの?」
「な、何で知ってるんだ? 言ってないよな?」
「あ、ごめん。恩寵を使ったらたまたま分かっちゃって……」
「あ、ああ、そうなのか。隠してたわけじゃ……いや隠してたのかな。ここじゃ使えない奴と思われたら捨てられるからな」
「ルクス……」
そんなことない……とも言えないよね。僕らの面倒見てるのはトンガさん、そしてギャングだ。人を殺すのも躊躇しないくらいなんだから、使えない子供を大事に育ててくれるわけもない。自分の弱みをさらけ出せる環境じゃないんだ。
まさかルクスがそんな悩みを抱えていたなんて。それなのに人の面倒まで見て……本当に良いヤツなんだなぁ。
よし、そういうことなら恩返しのチャンスだ。
「もしかしたら、僕の恩寵でどうにかできるかも」
「は? 目の悪さを、か?」
「試してみてもいい?」
「あ、ああ……」
ルクスは戸惑っている。ま、僕の恩寵はトンガさんが不機嫌になるほど使えないという認識だろうから当然だ。でもまぁ、試してみればわかる。
目的の因子は削除……いや、何かに使えるかもしれないから取っておこうか。あとで服か何かに付与しとけばいいや。
はい、取り込み!
能力を発動した瞬間、視界がぼやけた。おお、なんかちょっと懐かしい感じ。眼鏡が欲しいね。いや、近眼とは違うのかもしれないけど。
「え? ええ?」
ルクスは混乱している!
けど、混乱はすぐに喜びに変わったみたい。
「すげぇ! すげぇよ! 本当にはっきり見える! ありがとう、ロイ……ありがとう!」
「けほっ……うん、良かったね」
感極まったのか、ルクスはぴょんぴょん跳ねたあと抱きついてきた。それはいいんだけど、背中をバシバシ叩くのは加減してほしいな。全然痛くはないんだけど。むしろ、“硬い”因子をつけてるから、ルクスの手が心配だよ。
ま、これくらい喜ばれると悪い気はしないけどね。
身動きが取れないから、今のうち因子を付け替えとこう。よし、これで視力も元通り。
あとはついでの現状確認。何となくウィンドウを眺めていた僕の目はそれを捉えた。
■現在の保有GP:8
なんか増えてる……なんで!?