88. 剣がない
「あれ!? ないっ!」
久しぶりに覗いた高級武器店で大きな声をあげてしまった。だって、展示されてたはずの剣が消えちゃったんだもの。
「ど、どうかしたかい?」
慌てた様子で声をかけてきたのは白髪の店員さんだ。
そりゃ何事かと思うよね。悪いことしちゃったな。でも、それだけ衝撃だったんだ。ついこの間……といっても2ヶ月くらい前だけど、そのときにはまだあったのに。
「す、すみません。ここにあった剣がなくなっていたので」
「ああ……そういうことか。そういえば、よく見に来ていたものね」
「あ、あはは……すみません」
覚えられていたみたい……まぁ、仕方がないか。子供がくるようなお店じゃないものね。
「あの剣、買われちゃったんですか?」
“自動修復”がついてたあの剣。ダンジョン産で値段がつかないと言っていたのに。
思わず尋ねたら、店員さんは困ったなという表情になった。
「買われたというか……まぁ、上に引きとられてしまってね」
「引き取られた?」
さらに突っ込んで聞いたら、店員さんはますます困った顔になった。まぁ、お店の事情をペラペラと喋れないか。
「あの、無理に聞き出そうというわけじゃないので……」
「ああ、うん。まぁ、商会の動きにも関わるから私には話せることはないんだけど……」
と、店員さんはそこで言葉を切り、僕のことをまじまじと見た。
「ふむ」
そして、ピンと背筋を伸ばす。それまでも姿勢が良かったけど、雰囲気は柔らかい感じだったんだ。でも、今はもっと堅苦しい雰囲気だ。
「失礼ですが、ロイ区長代理ですよね?」
「え!? 僕のこと知ってるんですか?」
「はい。エッダお嬢様から聞いておりますので」
そうなの!?
「今までの失礼な言動をお許しいただければ」
「あ、いや、そんなこと気にする必要はないですよ。というか、今まで通りに喋って貰えれば」
「そうかい? それは良かったよ。私もああいう堅苦しいのは苦手でね」
わぁ、凄い。僕が望んだこととはいえ、見事な切り替えだね。とても、苦手とは思えないけど……これも気遣いなのかな?
話を聞いてみると、ここはエッダさんのところ――フォルブルス商会の系列店なんだって。それで、僕のことをエッダさんから聞いていたみたい。
「というわけでね。私には話す権限はないけど、お嬢様なら教えてくれるかもしれないよ。ロイ君はうちのお得意様だしね」
店員さんがパチリと片目を閉じて見せる。意外とお茶目な人みたい。
「ありがとうございます。エッダさんに聞いてみますね」
店員さんに御礼を言って、店を出る。そのままエッダさんの青果店に向かった。
「こんにちは」
「おー、ロイか。お嬢様なら奥にいるぞー」
「はーい」
直接足を運ぶのは久しぶりなんだけど、相変わらずの顔パスだ。遠慮なく上がらせてもらって、エッダさんの執務室に向かう。
「こんにちはー」
「あら、ロイ君。直接来るなんてどうしたの?」
「ちょっと聞きたいことがあって」
普段通り迎えてくれたエッダさんに、先ほど武器店で聞いた話をする。すると、エッダさんが僅かに顔を顰めた。
「あ、話せないことなら……」
「ああ、ごめんなさい。別にそういうわけじゃないのよ。気軽に話す内容でもないけど、ロイ君なら別にね。ただ、そのときのことを思い出して、ちょっとね……」
不本意なことでもあったのか、エッダさんは苦い表情のままだ。
「どうしたんですか?」
「あの剣だけど、領主の要請で引き渡すことになったのよ」
「えぇ!? それって強引に……?」
もしかして悪徳領主なの?
そう思ったけれど、エッダさんはパタパタと手を振った。
「もちろん、相応の対価はもらったわよ。強引と言えば強引だったかもしれないけど、たぶん、ロイ君が想像しているのとは違うわ」
「はぁ……?」
どういうことなの、と曖昧な返事をしたら、エッダさんが苦笑いで教えてくれた。
「物凄く下手に出て、是非売って欲しいと頭を下げてくるの。もちろん非公式に、だけど。最後には街の発展のためにって泣き落としよ」
「あ、そういう感じなんですね……」
それはそれでプレッシャーだよね。むしろ強く出られるよりも対応しづらいかもしれない。
ただ、街の発展のためっていうのはどういうことなんだろう。疑問が顔に出ていたのか、エッダさんが補足してくれた。
「近々、第二王子アールズ様の誕生祭があるのよ。アールズ様は剣術を好まれるらしいから、その贈り物にってことらしいわ」
お、おお。何だか権力争いの匂いがする。そういうのにはあまり関わりたくないね。
でも、困ったな。第二王子への贈り物だとすると、さすがに貸してくださいとは言えないよね。領主の個人財産だとしても、それは同じだけど。
「もしかして、狙ってた因子でもあったの?」
エッダさんには因子操作のことはほとんど伝えてある。それだけにピンときたみたい。
「そうなんだよ。実は――――」
“自動修復”について説明すると、エッダさんは天を仰いだ。
「何、そのとんでもない機能は! 言ってくれたら、貸してあげたのに!」
「いや、だって、フォルブルス商会の系列店だって知らなかったから」
「ああ、そうよね……それは仕方がないか」
あれやこれや、あの剣をもう一度見せてもらう方法を話し合ってみたけれど、これという決め手は思いつかない。結局、ダンジョン産の武器で修復機能があるものが見つかったら知らせて欲しいとお願いして、エッダさんの店をあとにした。




