87. 早まらないで!
『魔石? 魔石って何?』
マテリアル・ディプリケーターの燃料となるかもしれないアイテムの情報だ。さすがに聞き流せなかったのか、リックが前のめりで聞いてきた。
とはいえ、僕もよく知らないんだけどね。聞き覚えはあるけど、それは前世の知識だ。今世では初めて聞いたんじゃないかな。
というわけでリックの質問はそのままスルー。説明を求めてエリザさんを見た。僕とリック、二人の視線を受けて、エリザさんが大きく頷く。
「では説明してさしあげますわ! 魔石は、魔物が落とす光る石です!」
胸を反らせ、堂々とした態度でエリザさんが告げる。続きを待ってみたけど……え、それでおしまい?
「エリザ……もう少しなんとかならなかったのですか。前後の流れから、エネルギー供給に関する説明を期待されていることはわかるでしょうに」
「あら、そうでしたの? そういう細かい話はお兄様にお任せしますわ!」
「あいかわらずですね、エリザは」
どうやら説明役を交代するみたい。はぁ、と息を吐いてルーグさんが説明を続けた。
「では、少し詳しく説明しますね――」
エリザさんも言っていたけど、魔石は魔物を倒すと獲得できる石のようなものみたい。ただし、魔石を落とすのはダンジョンに出現する魔物のみ。“落とす”って表現も独特だけど、そのままの意味だ。
ダンジョンの魔物は死ぬと、亡骸を残さずに消滅するんだって。まるでゲームの世界みたいに。さらには、消滅する亡骸の代わりに、素材の一部や特殊なアイテムを残す。このことを“落とす”って表現するんだ。で、ダンジョンの魔物が高確率で落とすのが魔石らしい。
「魔石はマナが結晶化したものだというのが定説ですね。マナは魔法を発動する際のエネルギーとして使われます。同じように、魔道具も魔石をエネルギーとして使うわけです」
なるほどね。マナのような魔法的な燃料というわけか。マテリアル・デュプリケイターを異界の魔道具と解釈したからこそ、魔石を燃料に使おうって発想が出てきたわけだね。
「でも、マテリアル・デュプリケイターは魔法とは関係ないんだよね?」
『関係ないね。純粋な科学技術で作られた機械だよ。僕の故郷では、魔法は全然使われてないから』
「魔法がない世界なんてあるんですわね」
『まぁ、広く活用されていないだけで、僕の知らないところで使われてたりするかもしれないけどね』
「魔法技術に依らない道具ですか。となると、魔石で動かすことはできないんでしょうね」
それはそうだろうね。
と思ったんだけど、リックは否定することなく鉄の箱を持ったまま考えこんでいる。
「リック、どうしたの?」
『うーん。その魔石っていうので、これを動かせないかなと思って』
「えぇ!? そんなことできるの?」
『一応、エネルギーコンバーターがついてるから、ある程度は融通が効くんだよ。多少は効率が落ちるけど』
リックは真剣な表情だ。
技術的なことはよくわからないけど、ある程度柔軟性のある機械ではあるみたい。とはいえ、だよ。
「魔法技術がない文明の機械で魔法エネルギーが取り出せるの?」
『正直に言うと、望み薄だけど。でも試すだけなら……』
「だ、駄目だよ! 壊れたらどうするの?」
故郷にいるときならそれでいいかもしれないけど、この星でやるのは博打すぎる。もし、マテリアル・デュプリケイターが故障してしまったら、修理なんてできないんだから。そうなると、宇宙船の修理も絶望的だ。試すとしても、他の方法を充分に模索したあと。最後の最後で一縷の望みを託すくらいじゃないと。
『う……それはそうだね。焦ってたかも』
リックは恥ずかしそうに俯いた。
でも、そうだよね。だって、故郷に帰れるかどうか不透明な状態なんだもの。平静そうに見えても、不安を抱えていたんだ。
「こんなこと言っても難しいと思うけど、焦らなくてもいいと思うよ。救助を呼んで、あとはゆっくり観光するくらいの気持ちでさ。うちは部屋が余ってるから、いつまで居てもいいからね」
『うん。ありがとうね』
リックは頷いてくれたけど……やっぱりそう簡単に割り切れるものじゃないかな。救助だって確実にくるのは限らないわけだし。自分でも動いていないと不安になっちゃうのかもしれない。
僕にできることって何かあるかな。一番に思い浮かぶのは因子操作だけど、それでリックを宇宙に帰してあげられるかと言うと……うーん、無理そう。
せめて、不安なく活動できるようにしたいかな。貴重な機械が故障しないように対策できたらいいんだけど。
“頑丈”因子を付与してみたら、どうかな。少しは、壊れにくくなるかも。でも、機械の故障って頑丈さはあまり関係ない気持ちする。壊れるときは壊れるだろうし。
って、考えると欲しくなるのは自動修復なんだよね。あれさえあれば、壊れても自動的に修復されるわけだから。
もう一度、あの武器屋さん覗いてみようかな……? 以前は因子取り込みを弾かれたけど、恩寵を強化すればどうにかなるかもしれないし。




