65. 新居
「あ、ロイ区長。ここですよ〜」
ノンネさんが笑顔で振り返る。彼女は勇者開発特区で働く役人の一人だ。詳しくは知らないけど、行政官のお手伝いをする立場みたい。今日は、僕らの案内役を買って出てくれた。本来の仕事じゃないのに申し訳ないね。
僕らがいるのは、とある敷地の門の前。広い庭の奥には豪邸と呼んでも差し支えないくらい建物がある。倒壊しそうな建物を撤去して建て替えばかりなのでピカピカの新築だ。
「すっごい!」
「でっかい!」
「チュウ!」
ライナとレイネが両手を大きく広げながら歓声を上げた。2人の足元でビネもうむうむと頷いている。
一方、ルクスは声も出ない様子だ。目を丸くして固まっている。
「え、ここ? 本当に?」
僕もびっくりだ。信じられずに聞き返すと、ノンネさんはニッコリ笑顔で頷いた。
「本当ですよ〜。ここがロイ区長のお屋敷になります」
「はぇ……」
改めて、屋敷を見る。間違いなくリッドさんの宿屋よりも広いよ。それも建物だけで。庭まで含めると“跳び鼠の尻尾亭”が4つくらい収まりそう。
「広すぎじゃない?」
「そんなことはないですって。区長のお屋敷なんですから、これくらいの格が必要なんですよ〜。他の区長さんも同じくらいのお屋敷をお持ちです」
「そうなんだ……」
だったら、そんなものなのかな? いや、そもそも用意してもらう立場で文句は言えないんだけどさ。
「こんなに広いと掃除とか大変そうだよね……」
「普通は使用人を雇いますね〜。ロイ区長なら、商会から派遣してもらえばいいんじゃないですかね? 行政府のほうに言ってもらえば、こちらでも斡旋できますよ〜」
なるほど、ね。自宅で人を雇うなんて、そんな発想はなかったなぁ。
「その辺りは、みんなで相談して決めます」
「そうしてください。あ、これが鍵ですよ。では、私はこれで〜」
ノンネさんは僕に鍵を手渡すと、そのまま去っていく。僕はその後ろ姿を呆然と見送った。
「どうしたの、ロイ?」
「入らないの?」
「え、あ、そうだね。入ろうか」
「そうだな」
門をくぐって敷地の中に入った。広い庭は荒れ放題。現状では、雑草の生えた空き地って感じ。まぁ、もともとは別の建物が建っていた場所だしね。庭園にするなら、これから整備しないといけない。
まぁ、ひとまず庭については後回し。まっすぐ進んで屋敷に入った。まずは、みんなで中を見て回る。部屋が幾つもあって、とにかく広い。
「ええと……どうしよう。とりあえず自分たちの部屋でも決める?」
「「部屋〜?」」
「これだけ部屋があるからね。個室が持てるよ」
1つどころか、 2つずつでも部屋が余る。幾つかは客間にするとしても、無駄に部屋が多い。これって、もしかしなくても住み込みの使用人が使う部屋だよね。
「部屋……別々なの?」
「一緒の部屋は駄目?」
個室と聞いたライネとレイネは顔を曇らせる。今までずっと同じ部屋で暮らしてたからね。寂しいのかもしれない。
「いや、駄目ってことはないけど……」
どうしようとルクスに視線を送ると、彼女は苦笑いを浮かべる。
「いいんじゃないか。今までだって一緒だったんだから、急に一人部屋で過ごせって言われてもな……」
「そう?」
「ああ」
まぁ、ルクスがそう言うならいいか。実を言えば、僕も別々の部屋で過ごすのは寂しいからね。
「じゃ、みんなで過ごす用の部屋を決めようか」
「「うん!」」
「そうだな」
そんなわけで、広めの部屋を見繕って僕らの寝室とした。ベッドが2つだから本来は二人部屋だと思うけど、気にしない気にしない。以前スラムで住んでた部屋と比べるとかなり広いからね。
それとは別にそれぞれの個室も一応決めた。部屋が余っているからね。今は必要なくても将来的には使うかもしれないし。とりあえず、個人用の物置にでもすればいいんじゃないかな。
部屋決めのあとは、家族会議だ。寝室に集まって、屋敷の管理について話し合う。
「広すぎて維持が大変そうだよね。使用人を雇う?」
「使用人か。多少は必要かもしれないが……」
ルクスが考え込む。あまり乗り気ではないみたい。実は僕もだ。
いや、だってね。お金持ちなら当たり前なのかもしれないけど、僕は根っからの庶民だもの。家族以外の人が生活スペースにいるのって、ちょっと落ち着かないよ。
「ライナとレイネはどう思う?」
「知らない人と一緒に住むの……?」
「変な人、いや」
双子も乗り気ではない。まぁ、わかってはいたけどね。人見知りだから、僕らよりも抵抗感は強そうだ。
「チュ!」
「え、何?」
「チュチュウ!」
ビネが任せろという感じで胸を叩く。もしかして、ネズミ隊で使用人の役割を果たそうというのかな?
「さすがにネズミ隊で屋敷を維持するのは無理だよ」
「チュウ?」
「人間の屋敷だもの。サイズ的にちょっと難しいところがあるよね。来客の対応とかもあるし……」
「チュウ……」
あらら、がっかりしちゃった。いや、気持ちはうれしいんだけどね。
まぁ、全てではなくともビネたちに担えるところは担ってもらおうか。
「警備はビネたちに任せるよ。あと、床の掃除もできるかな。けど、今のままじゃ隊員が足りないか」
「チュウチュウ!」
「そうだね。またスカウトしてきてよ」
「チュウ!」
良かった。気を取り直したみたい。やっぱり、ビネは元気じゃなきゃね。
「ビネたちが協力してくれるなら、雇い入れる人員は減らせるな。しかし、掃除を考えると、それでもそれなりに人は必要か」
「掃除も最小限で大丈夫だよ。“自浄作用”と“浄化力アップ”があるからね」
「なるほど、それなら人手は減らせるか」
とはいえ、ある程度は人を雇わないと駄目だけどね。まぁ、大勢の人に囲まれるってほどではなさそう。しばらくは落ち着かない暮らしになりそうだけど……そんな生活もそのうち慣れるのかな?




