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64. 偉大な区長(住人視点)

 仕事も終わった夕暮れ時、自宅に戻り一息つく。決して立派とは言えない我が家だが、雨漏りを気にしなくてもいいだけで上等だ。暮らしも上向いている。ギャングに支配されていた頃を思えば悪くない。


「おいおいおい、聞いたか!」


 そんな風に昔を振り返っていたら、突然上がり込んできたヤツがいる。


「いったい、何だってんだよ。というか、勝手に人の家に入んな」

「気にすんなって。俺とお前の仲だろうが」


 いや、それは迷惑をかけた側が言うセリフじゃないんだよ。そもそも、どんな仲だ。ただの顔馴染み……まぁ、今は同僚か。さっきまで一緒に働いてたんで、それなりに交流はある男だ。それでも勝手に上がり込んでくるのはどうかと思うが。


「で、何だって?」

「ああ、そうだった! お前、聞いたか? あの壁の抜け道、塞いじまうんだってよ!」

「ん、ああ。その話か」

 

 壁の抜け道と言えば、心当たりはある。俺たちが街の外への出入り口として利用しているあの場所のことだろう。


「聞いてるよ。仕方ないんじゃないか? 本来の出入り口じゃないんだから」

「でもよ。ちゃんとした門を出入りすると金を取られるんだろ?」


 ああ、コイツが気にしてるのはそれか。正規の門では街に入るときに税を取られる。仕事で毎日街に出る俺たちにとってみれば、死活問題だ。


 だが、問題はない。さすがに、配慮はされると聞いている。


「通行札を発行してくれるらしいぞ。それを門で提示すれば、金はいらないって話だ」

「ほーん? そうなのか」


 教えてやると、曖昧な表情で頷いている。本当にわかっているんだろうか。決まりごとを知らせる高札にはちゃんと書かれていたんだが……まぁ文字が読めないヤツは多いからな。


 もちろん、役人連中もそれはわかっていて、定期的に読み上げはしている。とはいえ、常に張り付いてるわけじゃないからな。中途半端に読めるヤツから、間違った情報が広がるのはよくあることだ。


「金はいいにしても、不便だよな。畑に行くにも遠回りだろ」


 わかっていないわけではないのか。不便なことが不満だったらしい。まぁ、わからんではないが。


 俺とコイツは壁の外の畑で農作業するのが仕事だ。正規の門からだと少し遠回りになるので余計な時間がかかる。


「まぁ、仕方ないだろ。あのままにしておいたら、ギャングだって入り放題だ。あの頃のスラムに戻りたいか?」

「まさか!」

「それに区長の安全だって心配だろ。恨まれてるだろうからな」

「そりゃ直さなきゃ駄目だな! 区長を危険にさらすわけにはいかねぇ!」


 区長のことを言えば、さっきまでグダグダ言っていたのが嘘のように真剣な顔で頷く。


 こういうのは、コイツだけじゃない。旧スラムにおいて、ロイ区長の人気は絶大だ。かくいう俺も、区長のためなら一肌脱ごうって気持ちはある。


 ま、それも当然だ。スラムからギャングを追い出しただけではなく、誰も手を差し伸べてくれなかった俺達に飯を食わせ、仕事まで与えてくれた恩人なんだからな。


 当初は子供……しかも、一時期はスラムに身を置いた者がトップになったことで、だったら、俺にやらせろと言い出す馬鹿もいた。だが、今ではそんなヤツはいない。子供と侮って区長襲ったヤツは、護衛の跳び鼠に返り討ちにあったからな。


 だいたい、ギャングを追い出す作戦で大活躍したのがロイ区長だぞ。勇者の弟子で大魔術師だって話だ。勝てるわけがない。


 そもそも逆らう理由なんてないだろうに。ロイ区長は立派に成果を出している。俺たちの暮らしもずいぶん楽になった。もちろん、他の区と比べればまだまだなんだろうがな。そもそも住人として認められていなかった俺たちが、街で安全に暮らせるってだけでも奇跡だ。


「にしても、もうすぐ収穫か。へへ、楽しみだぜ」


 抜け道の話が終わったかと思うと、今度はニヤニヤと笑顔で収穫の話をはじめた。コイツ、いつまでいるつもりだ。


 だがまぁ、気持ちはわかる。俺たちの仕事の成果が一番実感できるときだからな。


「今回も期待できそうだな」

「だよなぁ。実家の畑とは大違いだぜ」


 俺たちのように農作業の仕事を割り振られている者は、もともと農家の倅だったヤツらが中心だ。継ぐ畑もなく、仕事を求めてブレスデルの街に出てきたが、上手く職に就けずスラムに流れ着いたヤツは多い。何を隠そう、俺自身もそうだ。


 だからこそわかる。ここの畑は異常だ。実家で働いてた頃と比べて明らかに収量が多い。それだけではなく品質も良い。土の違いかとも思ったが、そうではなさそうだ。なぜならば、周辺の畑と比べてもはっきりと違う。やはり、ロイ区長の用意した種に秘密があるのだろう。


 聞いたところによると、ロイ区長は有能な付与術師であるらしい。本来ならば人間相手にしか使わない付与魔法を植物にまで使うことができるのだとか。種に“多産”と“高品質”の付与をつけることで、収量と品質を底上げしているそうだ。


「今度の収穫で充分な利益があれば、俺たちのも給料が支給されるんだろ?」

「段階的にって話だけどな」

「へへ、やったぜ。これで好きに酒が飲める!」


 区長の配慮で俺たちは飢えることなく暮らせている。数少ない不満は、酒が手に入らないことだ。


 もちろん、スラム全体に食料を供給することを考えると、嗜好品が後回しになるのは仕方がないことだがな。だから、不満というよりは愚痴みたいものだ。とはいえ、コイツの場合、冒険者をやってる知り合いにたかってちょくちょく飲んでいたはずだが。

 

 なんにせよ、俺達の生活は以前と格段によくなった。そして、きっとこれからもよくなるはずだ。ギャングが支配していた頃には将来のことなど考えてられなかったが、今では明るい未来を信じられる。


 ありがたいこった。全てはロイ区長のおかげだな。


 区長は俺たちの希望だ。おそらく、元スラムの住人は全員がそう思ってるだろう。


 この先、何があろうと、区長は守らなきゃならん。絶対にだ。

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