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57. スラム大捕物

 街外れ。スラムの入り口から近い広場に大勢の人が集まっていた。多くは野次馬だけど、その中心にいるのは50人以上からなる衛兵隊だ。


「トール殿。こちらは準備が整いました」

「ありがとう、隊長殿」


 隊長さんの報告を受けて、トールさんがゆっくりと頷いた。きっちりとした服装にキリリとした表情を普段の緩い感じは鳴りを潜めている。こうしていると、そこはかとなく威厳が感じられるね。


 トールさんは隊長さんから視線を外すと、正面に立つ衛兵隊に告げた。


「領軍諸君も本作戦に力を貸してくれて感謝する。卑劣な犯罪者を捕らえ、ブルスデンの街に平和をもたらそう」

「「「おー!」」」


 トールさんの激励に応え、衛兵隊50人余りが一斉に声をあげた。士気は十分。なかなかの迫力だ。


 今日は捕縛作戦の決行日。これからスラムに踏み込んで、先日の放火事件の黒幕を捕まえる手筈になっている。


 黒幕については調べがついた。衛兵隊が実行犯たちを尋問した結果、あっさり自供したみたい。


 背後にいたのはトンガだった。ターブルたちの関与は微妙なところ。事件前に接触したみたいだけど、事件前後に依頼で街を出ている。現状では、直接的な関わりはないと判断されているようだ。もしかしたらトンガを焚きつけたんじゃないかって話も出ているけど、証拠はない。


「君たちには案内を頼む。危険な目に合わせてすまないな。その代わり、君たちのことは必ず守る」


 トールさんが今度は僕らに向かって、そう言った。口調は真面目そのもの。でも、こっそりウィンクを飛ばしてくるお茶目っぷりだ。衛兵たちからは角度的に見えてないからって、ふざけてるみたい。


 ちなみにキースさんにも見えてないはずなのに、彼はやれやれと首を振っている。トールさんの様子から何かやってると気づいたみたい。


 今回の作戦には僕とルクスも参加する。役割はトールさんも言っていたようにスラムの案内とトンガの人相確認だ。


 衛兵はスラムに詳しくないし、トンガの顔も知らないものね。その両方を知る僕らは案内役にピッタリというわけ。一応、実行犯の証言からトンガの似顔絵を作らせたらしいけど、僕らが直接顔を見たほうが早いし確実だからね。


 ちなみに、双子は宿で待機だ。二人はスラムに良い思い出がないみたいだし、無理に連れてきて嫌な思いをさせるのは可哀想だからね。案内なら僕とルクスで充分だ。


 ビネは二人のメンタルケア要員として残した。事件が決着するまでは落ち着かないだろうから、ビネが一緒にいてくれたほうがいいと思って。


 代わりと言ってはなんだけど、保護者としてオードさんがついていてくれる。今は険しい顔で黙りこんでいるけど、不機嫌なわけじゃないみたい。理由を聞いたら、笑いを堪えているせいだって。普段と違うトールさんの姿がおかしくて仕方ないみたい。一応、空気を読んで笑わないようにしてるそうだ。


「では、行こう!」


 トールさんの号令で、僕らはスラムに立ち入っていく。先頭はトールさん。案内役の僕らはそばについて進む。


 裏通りは妙に静かだ。まぁ、当然と言えば当然か。衛兵の立ち入りなんてめったにあるものじゃないものね。1人2人ならともかく、50人以上の大規模動員だ。住人は息を潜めて、この事態をやり過ごそうとしている。


 広場でトールさんが衛兵たちを大袈裟に激励したのもこれが理由。目的が“放火犯の捕縛”と知らせることで、不必要な衝突を避けようとしたんだ。目的を明確に示せば、多くの住人には他人事だとわかる。無闇に突っかかって一緒に連行されたくないと思うはずだ。


 とはいえ、このまま何事もなく作戦が進むほど甘くはない。住人はともかく、ギャング団が衛兵の立ち入りに対して逃げ出したとなると面子にかかわるからね。


 しばらくすると、柄の悪い人たちがトンガ捕縛隊の行く手を塞いだ。


「貴族の犬どもが何しにきた!」

「帰れ! このクズどもが!」

「てめぇらなんか怖くねぇぞ!」

「ここは俺たちの縄張りだ!」


 やんややんやと大きな声で僕らの行動を咎めるギャングたち。主張の正当性はともかく、威嚇としては効果があるみたいで、若手の衛兵たちは身を固くした。


 とはいえ、ベテラン衛兵ともなれば、この程度の脅しに屈することはないみたい。隊長さんが手にした槍の……石突って言うのかな? 穂先と逆側で地面をドンドンと叩いてから大声で告げた。


「我らの任務は先日に起きた放火未遂事件の犯人捕縛である。実行犯はすでに我らの手のうち。彼らの証言で計画者がギャング“灼熱の怪鳥”のトンガであると調べもついている。トンガの身柄さえ確保できるならば、我らの目的は達せられる。一刻以内にトンガが出頭するなら、このまま引き返そう」


 隊長さんの主張に偽りはない。トンガさえ確保できれば、捕縛隊は素直に引き上げる予定だ。こちらは50人。決して少なくない人数だけど、スラムギャング全てを敵に回すには圧倒的に不足している。そうでなくても、無意味に戦って怪我をするのはバカらしいからね。


 隊長さんの主張を吟味するように、ギャングたちも野次を止めた。戦いを避けたいのは彼らも同じなんだ。面子があるから争う構えをみせなくちゃならないけど、やりあったってメリットがないのは彼らを理解している。


 両者ともに落としどころを探ってるんだよね。こうなるだろうってことはトールさんに聞いてたから驚きはない。おそらく、自主的に出頭したという(てい)でトンガの身柄が引き渡されるだろうというのが大方の予測だ。


 そして予測通り、トンガが現れた。顔には殴られたあとがあり、腕を縛られた状態。どう見ても自主的には見えないけど、あくまで建前なので誰も気にしない。


 トンガが引き渡されて、事件は解決……の予定だったのだけど、ここにきて予測と違う事態が発生した。


「全部……全部、お前のせいだ! この邪教徒め!」


 引き取ろうとした衛兵をトンガが突き飛ばた。腕を縛っていたはずのロープは解けている。ヤツが駆け出した先にいるのは――――僕だ。

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