54. 放火犯
商会設立に関しては、具体的な業務内容を定めないまま進んでいる。実作業はエッダさんが派遣してくれたお手伝いの人にお任せだ。おかげで、僕がやることはほとんどない。正直、何をすればいいのかわからなかったから、本当に助かったよ。
そんなわけではなく、僕らの生活に大きな変化はない。今日も普段と同じように過ごしてから、眠りについたのだけど――――
「チュウ、チュウ」
「ロイ、起きてくれ」
気持ちよく寝ていたら、ビネとルクスに揺り起こされた。
部屋は真っ暗……と思ったら、かなり明かりを絞った光球がルクスの背後に浮かんだ。魔法で出してくれたみたい。
「どうしたの、ルクス……?」
「例の不審者たちだ。ついに動くみたいだぞ」
「本当?」
「ああ」
「チュウ」
ルクスとビネが同時に頷く。僕も一気に眠気が吹き飛んだ。
実は、数日前から“跳び鼠の尻尾亭”では不審者が目撃されているんだ。みすぼらしい格好から、スラムの住人だろうってことは予想がついている。
それ自体は珍しいことじゃない。ほかならぬ僕らだって、以前はそうだったんだもの。リッドさんはスラムの子供に施しをくれる。それが目的で人が集まるのは珍しいことじゃない。
だけど、最近集まってくるのは、子供ではなく柄の悪い大人なんだ。そうなってくると、話は代わる。しかも、近づいてくるでもなく、遠巻きに様子を窺ってくるんだって。これは何かあるんじゃないかって、リッドさんを含め警戒を強めていた。
そこで僕らも探ってみたというわけ。まぁ、主にルクスとビネが、だけどね。夜間に不審な人物がいないか、気配察知と“夜目”を頼りに監視してもらったんだ。
ありがたくないことに、監視によって数人の不信人物が見つかっている。様子を窺っているだけだったから、泳がせていたんだけど、そいつらがついに動きだしたみたいだ。
「で、結局、そいつらは何を?」
「チュチュウ!」
僕が尋ねると、ビネが何やら小芝居をはじめた。
複数人を一人で演じているみたいで、かなり忙しない。言葉はチュウチュウなので、何を言っているのかはさっぱりだ。けど、腹黒そうに笑っているのだけはわかる。
「ええと……?」
「チュチュ」
まぁ待てと言わんばかりに、ビネが腕を突き出す。演技を再開したビネは部屋の隅に移動すると魔法で火を出した。
「えっ!?」
「静かに」
「あっ、ごめん」
思わず大きな声が出て、ルクスに叱られちゃった。たしかに、僕らが気づいていることを襲撃者に知らせるのは得策じゃないか。
今度は声を潜め、確認する。
「ビネ。それって、ヤツらの目的は放火ってこと?」
「チュ」
火を消して、ビネが頷く。思ったよりも事態は深刻だ。
「のんびりしてる場合じゃないじゃん!」
「落ち着け。着火する前に、ビネが止めた。もう捕まえてあるそうだ」
「あ、ああそうなんだ」
僕が寝ている間に、事件は終わっていたみたい。それでルクスも落ち着いていたのか。
「お手柄だね、ビネ」
「チュウ!」
僕が褒めると、ビネがニヤッと笑って胸を反らす。うーん、頼もしいね。
僕を起こしたのは、今後の相談をしたかったらだそうだ。
「犯人はスラムの住人だろ。先日のターブルさん……ターブルのこともある。俺たちが狙われた可能性は高いと思う」
ルクスが推測を口にする。僕も異論はない。つまり、宿の利用者は、僕らの因縁に巻きこまれたことになる。
「これ以上、迷惑はかけたくないけど……」
「そうだな。これは俺たちの問題だ」
放火を食い止めたからと言って、これで事件が片付いたとは言えない。こういうのって、下っ端にやらせて計画者は安全なところにいるっていうのがよくあるパターンなんだ。少なくともスラムではね。実行犯を見てないから断言はできないけど、今回もそうなんじゃないかな。
「俺たちが出ていけば、これ以上は巻き込まずにすむか?」
「出ていったという確証があれば……いや、でもどうかな。見せしめに何かやらないと気がすまないかもしれない。それこそ火をつけるとか」
「厄介だな……」
僕らを匿ったとか下らない理由で、引き続き“跳び鼠の尻尾亭”を狙う可能性は否定できない。ギャングってよくわからない面子に拘るからなぁ。
「やはり実行犯を捕らえるしかないんじゃないか?」
「それってターブルたち?」
「そうとも限らない。トンガだって俺たちのことを恨んでるだろう」
「おぅ……」
トンガのことは忘れてた。身を守るためとは言え、“弱視”をつけたまま逃げたし……間違いなく恨まれてるだろうね。
「まずは裏に誰がいるか聞き出さないと」
「そうだな。ビネ、案内してくれ」
「チュウ」
ひとまずは情報収集が先決。双子は眠っているのでそのままにして、僕らはこっそり部屋を出た。ビネの先導で宿の裏に回る。
「誰かいるな」
「チュウ……?」
現場が近くなったころ、ルクスとビネがピタリと足を止めた。ルクスは警戒してるけど、ビネはどちらかといえば戸惑っている感じだ。
「捕まえている人たちじゃないの?」
「いや、それとは別に――――まずい。こっちに来る!」
こそこそと話していると、僕らに気がついたのか正体不明の人物がこちらに近づいてきたみたい。
身構える僕たちを気にした様子もなく人影は近づいてくる。
……あれ?
もしかして、この人って……。
「よー、お前たち、何をこそこそしてるんだ?」
「オードさん?」
「おう、俺だぞ。なんだか、楽しそうなことしてるじゃないか。俺も混ぜろよ」
謎の人影はオードさんだった。どうやら、オードさんもトラブル発生を察知して動いていたみたい。そりゃそうか。僕らが気づいて、オードさんが気づかないわけないよね。
オードさんは、僕らを見下ろしてニコリと笑う。けど、その笑顔にはそこはかとない威圧感があった。
「お前達、あとで説教な。何かあったらまず大人に伝えろよ? 自分たちだけで解決しようとするな。お前たちはまだ子供なんだからな」
説教……?
あ、あれ?
もしかして、オードさん怒ってる?




