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4. スラムジョークは笑えない

 ガヤガヤと声がする。その声で、僕の意識は浮上した。


「うっ……」

「げっ、コイツ、生きてるぞ!」

「生きてても関係ねぇだろ? なんならここで殺して……」

「馬鹿やめろ! ソイツ、“灼熱の怪鳥”の関係者だぞ」

「うぇ!? ひぇ、ヤバかった」


 騒がしい声が去って行く。薄目を開けて見てみると、僕くらいの子供が数人、背中を向けて逃げていくところだった。


 きっと、あれだね。僕が死んでると思って、服を剥ぎ取ろうと思ったんだね。本当に、スラムってろくでもない場所だ。


「いたた……」


 体のあちこちが妙に痛い。それに、僕が寝そべっているのは、どことも知れない路地の真ん中だ。何でこんなところで眠っていたんだろう。


「あー……」


 思い出した。僕はピラさんの怒りを買ったんだ。それでボコボコにされた。


「何で僕がこんな目に合わないといけないんだよ……!」


 思わず、怒りの言葉が漏れる。だけど、すぐに僕は不安になった。もし、今の言葉をピラさんに聞かれていたら、また殴られる。今度こそ死んでしまう。


 痛む体をどうにか起こし、地面に座り込む。キョロキョロと周囲を見回すと、虚ろな瞳の男と目があった。一瞬、ぎょっとしたけど、すぐに安堵の息を吐く。大丈夫、ここには僕以外誰もいないみたい。


 男と目が合ったのに?

 水平思考クイズかな?


 まぁ、ある意味そんなものかもしれない。だって、彼はもはや物言わぬ死体さんなのです。だから人ではないってわけ。


 はっはっは、スラムジョーク!

 全然、笑えないけどね……。


 ちなみに彼の服は剥ぎ取られている。さっきの子供たちはきっちりと仕事をしていったみたい。


 彼の虚ろな目が僕を責めるように見える。まるで、仲間入りを逃れた僕を恨んでいるみたいに。いたたまれなくなった僕は、立ち上がってその場を去った。行くあてなんてないんだけどね。


 どのくらい気絶していたんだろうか。太陽の傾きから考えると半日くらいかな。さすがに次の日ってことはないと思う。だって、意識を取り戻したときにまだ服を着ていたからね。ギリギリだったみたいだけれど。


 体はあちこち痛い。でも、意外にも普通に歩けてる。あれで、ピラさんが手加減してくれたとか?


 まさか、そんなはずはない。となると……


「恩寵のおかげかな?」


 そうとしか考えられない。あのとき、僕は死の瀬戸際にあったと思う。それなのに、半日で“体が痛いなぁ”程度に回復しているのだから、明らかに普通ではない。気を失う間際、因子操作の力を発動しようと必死に念じたから、その努力が実ったのだろう。


 混沌神。どうやら、ろくでもない神様みたいだけど、その恩寵はもしかすると強力なのかもしれない。でも、肝心の使い方が、いまいちわからないんだよなぁ。


「神様、神様。恩寵の使い方を教えてください」


 駄目元で呟いてみる。祈りというには、ちょっと気軽すぎかなって自分でも思うけれど、正式な祈りかたなんて知らないしね。


 頭の中に声は聞こえない。だけど――――


「これは……!?」


 駄目かぁと思った瞬間、視界の隅に何かが現れた。スラムの風景に全く馴染んでいないそれは、四角形でほんのり透過している。不思議なことに、僕にはそれに見覚えがあった。同一のものではない……というか現実世界に存在するはずのないそれは、ゲームのウィンドウと呼ばれるものによく似ていた。


 ゲーム。それにウィンドウ。


 この世界に生まれた僕、ロイには馴染みのない言葉だ。それなのに何故か僕は知っている。その理由は……正直に言えば僕にもよくわからない。


 スラムに流れてきたのは二か月ほど前だ。ピラさんに拾われて生き延びられたけれど、僕はここでの生活に馴染めなかった。殴られ、蹴られて、役立たずと罵られる。そんな生活で僕の心は沈んでいった。今思えば、少しずつ心が死んでいったのではないかと思う。


 普通なら、それで終わる話。また一人、子供の心が壊れたというだけの、スラムでは良くある話。


 だけど、僕の場合は違った。壊れた心を修復するためか、経験したことのない記憶が次々に蘇ってきたんだ。


 あれが僕の前世なのか、それとも全く関係のない人の記憶なのか、それすらよくわからない。新しい記憶が押し寄せてきたせいか、これまでのロイとしての記憶さえ朧気になっている。だけど、そのおかげで僕の心は壊れなかった。正常とは言えないかも知れないけど、それでもどうにか生きていける。それだけでもありがたいことだ。


「ははは!」


 恩寵がこんな形で、ゲームのウィンドウみたいに表示されるのは、きっとその記憶のせいだろう。前世……なのかな。この記憶の持ち主は、どうやらゲーム好きだったみたい。そのせいでなんだか、ちょっとワクワクしてきた。


 ゲームの記憶はどれも楽しかった。登場する人物は誰もが英雄みたいで、勇気と不屈の精神で世界の危機を救うんだ。僕にも、この力があれば、この理不尽な生活から抜け出せるかもしれない。それだけじゃない。ゲームの英雄たちのように、僕もきっと――――


 僕はかじりつくような勢いで、ウィンドウに目を走らせた。文字は……読める。知らない文字のはずなのに、不思議と意味が頭に入ってくる。最初に飛び込んできた文章は……


“使徒目標:今日も元気に世界を混沌へと導きましょう”


 ああ、うん……英雄になるのは諦めた方が良さそうだね。

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