44. はぐれ魔物
今日は久しぶりの魔物討伐。と言っても、前にやった跳び鼠狩りだけど。近場で見習いにも受注できる依頼となると、どうしても限られるんだよね。
以前と同じやり方をすれば、狩るのは難しくない。けれど、戦闘訓練という意味ではいまいちなんだよね。ルクスがネズミを見つけて、そこに水球を放つだけだもの。
だから、ちょっとチャレンジしてみることにした。
「今日は僕、魔法なしで戦ってみたいんだ」
「なるほど、実戦訓練か。悪くないな」
ルクスが頷く。その顔には不敵な笑みが浮かんでいる。ルクスもやる気みたい。
普段は魔法ばかりだけど、魔法なしの戦闘訓練も一応やってるんだ。ギルドの訓練所で、オードさんに教えてもらったりしてね。最近では、演奏会で知り合った冒険者も協力してくれるから、そこそこ形になったんじゃないかと思うんだ。
「レイネはー?」
「ライナも戦う?」
「二人は魔法で戦おうね」
「「はーい!」」
双子は正式な冒険者じゃないからね。訓練もしていないし、魔法なしで戦うと言われても困る。素直に従ってくれて良かった。
「お、いるな」
「本当? 全然分からないよ」
ルクスの言葉に足を止める。近くにいるらしいけど、草に隠れてネズミの姿はまったく見えない。こんな環境で、ルクスはよく気づけるよね。
「じゃあ、まずは僕から行くよ」
「ああ、任せた」
「「がんばってー!」」
一匹相手に複数で戦ってもしょうがない……というか小さな魔物を同時に攻撃しようとする思わぬトラブルが起きるので、相手をするのは僕一人だ。
ネズミが潜む草むらに、ゆっくりと近づいて行く。そろそろかなと思った瞬間、灰色の影が僕に向かって飛びかかってきた。
予想していた僕は冷静に対処する。右に半歩避けてから、手にしたナイフでネズミを斬りつける。残念ながら手応えはない。外したみたいだ。
「素早いなぁ」
とはいえ、居所がわかったので僕が有利だ。これで万が一にも不意打ちをうけることはない。
と思ったら――
「チュウ!」
ネズミは一声鳴いて、姿を眩ませた。
「えぇ!? 逃げたの?」
「いや、気配は遠ざかっていない。潜伏して機会を窺ってるんじゃないか」
ルクスが状況を教えてくれる。
なるほど。穴に潜ったのか。この辺り一帯は跳び鼠の巣だ。あちこちに巣穴があってもおかしくない。一度姿を見せても、すぐに身を隠すことができるってわけだ。跳び鼠、意外と侮れないぞ。
でも、消えた場所はわかっているんだ。そちらを警戒して近づけば――
「チュッ!」
「いて!?」
突然、背後からの攻撃を受けた。振り返ると、そこにはネズミの姿。
「新手?」
「いや、さっきのヤツだと思うぞ。穴を移動したんじゃないか?」
「そういうことか」
再び、ルクスからの助言。巣穴の出入り口は1つじゃないってことか。
「チュチュウ!」
「うわ、なんかイラッとする」
ネズミが僕を見てふんぞり返った。言葉はわからないけど、明らかに馬鹿にした態度だ。
「この!」
「チュウ」
隙を見て飛びかかるけれど、ナイフの刃が届く前に巣穴へと逃げられる。本当にすばしっこい!
その後も同じことを何度か繰り返すことになった。僕の攻撃は何度もかわされ、後ろから体当たりを食らうことになる。
「な、なかなかやるね!」
「チュ、チュウ……!」
戦況は実を言えば僕が有利。というのも、服にも僕自身にも“頑丈(Lv10)”が付与しているから、ネズミの体当たりくらいノーダメージなんだよね。“みなぎる活力”のおかげで体力にも余裕がある。
一方でネズミはそうもいかない。奇襲のために穴を走り回るから疲れるし、“頑丈”な僕に何度も体当たりをすれば体も痛むんじゃないかな。
攻撃されてるのは僕なのに、ダメージを負うのはネズミ自身という不思議な状況だ。このまま続けていれば僕の勝ちだろうけど……そんな勝ち方はちょっとね。
「代わるか?」
「いや、僕がやるよ!」
ルクスが聞いてくる。気配が分かるルクスからすると、もどかしいかもしれないね。でも、せめて一撃はいれたいところだ。
「がんばれー」
「負けるなー」
ライナとレイネも応援してくれてる。どうにかやり遂げてみせる!
「チュウ」
再び、ネズミが巣穴に潜った。
何処だ?
何処から来る?
警戒する僕を嘲笑うかのように、ネズミは姿を現さない。それでも油断なく構えて、攻撃を待つ。飛びかかってきた直後が、唯一のチャンスだ。
そのまま数十秒待ってみるけど……おかしい、攻撃がこないぞ。
「く……くくく……」
「ルクス……?」
急にルクスが笑い出した。
「いや、すまない。ロイが真面目な顔して身構えてるのがおかしくて」
「何で……もしかして、逃げられた!?」
「あ、ああ。ちょっと前にな」
魔物の多くは強い敵意を持って人を襲ってくる。けど、中には不利になると逃げ出すタイプもいるんだ。跳び鼠はそのタイプだったみたい。
「もう。そういうことは早く教えてよ」
「いやまぁ、そういうことも含めて訓練かなと思って。油断せずに構えていたのは悪くないと思うぞ」
「じゃあ、なんで笑うのさ!」
「ごめんごめん」
そう言いながら、ルクスは笑ったままだ。だけど、不意にその顔が険しくなった。
「どうしたの?」
「構えろ! 何か来るぞ!」
本気の警告に、僕らはひとかたまりになって身構える。ちょうど僕の目の前に飛び出してきたのは――――
「チュ、チュウ!!」
「さっきのネズミ?」
長く対峙していたせいか、なんとなく識別できる。コイツ、僕とさっきまで戦ってたヤツだ。
逃げたのになんで戻ってきたんだろう?
再戦を仕掛けてきたにしては様子がおかしい。まるで何かにおびえているような……
「油断するな! ソイツじゃない!」
ルクスが叫ぶ。少し遅れて草むらから細長いのものがにゅっと顔を出した。どんどん伸びるそれは、僕らよりも高い位置からこちらを見下ろしてくる。
現れたのは巨大なヘビの魔物だった。




