42. 酒場で演奏会
ターブルに絡まれたことについては、アダンさんやベルさんに報告しておいた。あの件で大きな問題が起きたわけじゃないけど、この先どうなるかわからないからね。
こういうのは根回しが大事だ。僕らは巻きこまれた側、被害者だってしっかりアピールしておかないと。今後、彼らと争いになったとき、印象が変わってくるからね。
あと、重要なのは冒険者の人たちに交流を持つことも大事だ。見知らぬ他人と、親しい知人。味方をするならどちらかと言えば、もちろん後者だからね。
僕らは冒険者になりたてだから、知り合いがオードさんとイリスさんくらいしかいない。これを機に冒険者の知り合いを増やしたいところだ。
というわけで、やってきました!
冒険者の酒場です!
まぁ、ギルドに併設されている酒場ってだけなんだけどね。利用者はほぼ冒険者に限られるから、同業者と仲を深めるにはうってつけの場所だ。
「意外と人がいるんだね」
「本当だな」
今はまだお昼には少し早い時間帯。多くの冒険者は仕事に出かけている……と思いきや、酒場にはそこそこの冒険者がいた。食事をとっている人もいるけど、ただ座って話しているだけの人たちも多い。
「あ!」
キョロキョロしていたレイネが、壁際の席を指さした。そこに座っているのは、オードさんだ。
「こんにちは」
「おう、お前らか。こっちにくるのは珍しいな」
挨拶すると、オードが笑顔で応じてくれる。その手には見覚えがない……だけど既視感のある道具があった。
これ……もしかしてギター?
いや、でも形が違うかな。弦楽器には違いなさそうだけど。
僕の視線に気づいたオードさんがニヤッと笑う。
「お、ロイはこれに興味あるのか?」
「はい。これ、楽器ですよね」
「なんだ知ってるのか」
僕の言葉にオードさんはつまらなさそうにする。けど、双子が「なになに?」と聞くと嬉しそうに「ギタラだ」と答えた。
うーん。知らない楽器だ。僕の知識にないだけか、それともこちら独自の楽器なのか。弾き方はギターとあまり変わらなそうだけど。
「ギタラか。オードさんは弾けるのか?」
「もちろんだ」
ルクスに聞かれて、オードさんは自信満々に答える。けれど、隣のテーブルから即座に野次が飛んだ。
「下手の横好きだろ!」
「うっせー、お前に言われたくはねぇよ!」
オードさんも即座に言い返す。荒っぽい言葉だけど、顔は笑ってるから仲は良いみたい。
「弾いて弾いてー」
「聞かせてー」
「おう、いいぞ!」
双子にねだられて、オードさんもまんざらてはない顔で頷く。
まさか、ここで弾くつもりなの? ……と思っていたら、そのまさかだった。他にお客さんもいるのに、オードさんはギタラをベンベン奏ではじめる。
苦情がこないのか心配だったけど、むしろ好評みたい。もちろん興味なさげな人もいるけど、そういう人も演奏をやめろとは言わなかった。ここでは珍しくないことみたいだ。
下手の横好きと言われていたけど、オードさんの腕前はなかなかのものだと思う。弾いてる曲は知らないけど、物悲しげな旋律だ。普段のオードさんを知ってると、ギャップに驚いちゃうよね。
曲が終わると、疎らながらに拍手が起こる。僕も便乗して手を叩いた。
「ってなもんだ」
「すごーい!」
「じょうず!」
「ははは! だろ?」
双子に褒められて、オードさんは上機嫌だ。続けて2、3曲弾いてもらったけど、やっぱりうまい。
ただ、どれも曲調が暗めだね。それが悪いってわけではないけど、双子には物足りなかったみたい。
「他はー?」
「もっと楽しいのがいい!」
困ったのはオードさんだ。
「いや、俺もそれほど曲を知ってるわけじゃないからな。レンサーはどうだ?」
「俺だって同じだよ。知ってるだろ、一緒に習ったんだからな」
「まぁ、そうだよな」
レンサーというのは、さっき野次を飛ばしていた人だ。どうやら、同じ人に師事したみたい。
そこからレパートリーを増やしたりは……まぁ、しないか。オードさんたちは冒険者であって演奏家ではないものね。
「うーん、楽しい曲……そうだ、お前らが弾いてみたらどうだ?」
困ったオードさんは代替案を出した。なかなかの無茶振りだよね。まぁ、適当に弾くだけでも楽しめるだろうってことなんだろうけど。
「ライナ、弾けるー?」
「レイネはー?」
二人は顔を合わせて、小首を傾げる。そして、見事なシンクロで僕を見た。
「「ロイ、弾いてー!」」
「え、僕?」
そんなこと言われても。過去の記憶は朧気だけど、ギタラという楽器に触れたことはないと思う。
でも、これは冒険者の人たちと友好を深めるチャンスだよね。オードさんの演奏は概ね好意的に受け止められていた。同じように弾けたら、僕も人気者になれるかもしれない。
「ちょっと貸してもらってもいい」
「お、いいぞ。弾き方はわかるか?」
「たぶん」
オードさんの演奏を見る限り、弾き方自体はギターと変わらない。弦は6本。弾くと音が出る。弦を押さえる位置で、音の高さが変わる点も同じだ。
2つ、3つ鳴らしてみると、思ったとおりに音が出る。一部を指で押さえて全弦を鳴らしてみると……うん、聞き慣れた和音だ。形が少し違うだけで、ほぼギターと思って良さそう。
「なんだ。様になってるな」
「あはは、ありがとう」
オードさんにお褒めのことばをもらったので、少しはりきってみよう。
さて、何を弾こうかな。双子からのオーダーは楽しい曲だったね。幸いなことに、弾けそうな曲の心当たりは幾つもある。もしかしたら、前世は楽器演奏が趣味だったのかも。
とりあえず、賑やかなアニメソングを披露してみよう。きっと盛り上がるぞ!
「これでおしまいなんだけど……」
久しぶり……というか、今世ではたぶん初めての演奏だ。失敗しないように必死だったから気づかなかったけど、酒場が静まり返っている。
おかしいな。結構盛り上がる選曲をしたのに。失敗も……大きなヤツはなかったはずだよ。
「えっと……?」
なんか気まずい。僕、何かやっちゃった?
「凄い! 凄いぞ、ロイ!」
ドンと勢いよく体当たりをしてきたのはルクスだ。そのまま、バシバシ肩を叩かれる。
「すごーい!」
「かっこいいー!」
続いて双子も体当たりしてきた。ルクスを真似してか、ペシペシお腹や背中を叩かれる。地味に痛い。
三人の反応が呼び水になったのか、酒場にざわめきが戻ってきた。いや、ざわめきってレベルじゃないね。どっと沸いたって感じ。何を言っているのか聞き取れないけど、みんな笑顔だから評判は悪くなさそう。
はぁ、焦った。みんな黙り込むから何事かと思ったよ。
「ロイ」
安心していると、真剣な表情のオードさんに名前を呼ばれた。隣にはレンサーさんも似たような表情で立っている。
二人は目配せしあと、同時に頭を下げて言った。
「「俺たちを弟子にしてくれ!」」
……ええぇぇ!?




