38. 混沌神の服屋
善は急げ。いや、本当に善なのか、ちょっとだけ自信がないけど、とにかくキャルさんのお店にお邪魔する流れになった。
「あれが目的地だよ」
「すご〜い! ひらひら!」
「きれい〜!」
「あ、あれがそうなのか? あれは……なんなんだ?」
括り付けられた色とりどりの布が風にはためくのを見て、ライナとレイネが喜ぶ。
一方で、ルクスは混乱している様子だ。
気持ちはわかる。けど、僕にも聞かれても、ね。それはキャルさんに聞いて欲しい。
「まぁまぁ。とりあえず、中に入ろうよ」
みんなを落ち着かせて、中へと促した。
「布がいっぱいある!」
「なんの布?」
「これは……服か!」
中に入ったら入ったで、みんな大騒ぎだ。ルクスも混乱よりは興味が勝ったみたい。キョロキョロと辺りを見回している。
「これはロイさん。いらっしゃいませ」
出迎えてくれたのはカトレアさんだ。けど、キャルさんはいない。
「おはようごさいます。もしかして、キャルさんはお出かけ中ですか?」
「店長でしたら奥で仕事をしていますよ」
キャルさんが……仕事!?
いや、でもそうか。キャルさんって自由人ってイメージだけど、実際には神官で服屋の店長でもある。仕事を持っていても不思議ではない……というか持ってないはずがないんだ。
「そういうことなら出直したほうがいいですね」
「ああ、いえ、いいんですよ。むしろ、ちょうど良かったかもしれません。連れてきますね」
カトレアさんはさっさと行ってしまう。まぁそういうことならと待っていると、しょぼくれた様子のキャルさんを連れて戻ってきた。
「やー……ロイ君」
「店長、お客様の前なんですからしっかりしてください」
「ど、どうしたんですか、キャルさん?」
「んー……? ちょっとねー……」
「新しい服のデザインが煮詰まっているようですよ。店長はときどきこうなるのでお気になさらず」
カトレアさんは慣れた様子だから、言葉通り珍しいことではないんだろうね。でも、こんなテンションだと相談しづらいな。
「それはそうと、みなさんでいらっしゃったということは服を?」
「それもあるんですが……」
「まぁ、聞きましたか、店長! 新しいモデルですよ。刺激になるのでは?」
「モデル!」
相談があると切り出す前に、カトレアさんがキャルさんの肩を叩く。モデルを聞いて、キャルさんが気力を取り戻した。
「ふん? ふんふん?」
ターゲットとなったのは、ルクスだ。キャルさんはふんふん言いながらルクスの周囲をぐるりと回る。
「な、なんでしょう?」
「いいね! キミ、いいよ! お名前は?」
「ルクスですが……」
「ルクス君、サイコーだよ! あっちでお着替えしよーねー?」
「は? いや、ちょっと……。ロ、ロイ!」
戸惑うルクスが僕に助けを求めるけど……あの勢いのキャルさんを僕にどうにかできるわけがない。
「ま、まぁ、キャルさんは悪い人じゃないから……」
「そーそー。あーし、悪い人じゃないよー。全部、任せてくれればいーから!」
「ロイ!? おいちょっと……ロイィィ!」
無力な僕は、ドナドナされていくルクスを見送ることしかできなかった。ごめんね、ルクス。
「なるほど、店長はそちらを。では、私は……」
呟きが聞こえた。声の主はカトレアさんだ。彼女の目がキランと光った気がした。
「お二人の服も用意しませんとね?」
「レイネの?」
「ライナも?」
「ええ、ええ。そうですよ。レイネさんもライナさんも、新しい服を着てみましょうね?」
「「着るー!」」
カトレアさんが、双子の手を引いてどこかに誘っていく。状況が状況なら事案発生の光景だ。
「あ、あれ?」
気がつけば、僕は一人取り残される結果となった。いや、いいんだけどね。
意外というか、そうでもないというか。キャルさんと服屋をやるために城を飛び出しただけあって、カトレアさんも相当濃い人みたいだね。
「あの、男性用はこちらにありますので……」
「あ、はい。すみません」
「こちらこそ、店長と副店長が……」
一応、他の店員さんが僕に合いそうな服が置いてあるところまで案内してくれたので、待ちぼうけにならずにすんだよ。
やっぱり、キャルさんのお店の服は出来がいい。素材の品質だけじゃなくて、裁縫の技術も高いんだろうね。本来なら、庶民の手に入るような服じゃないと思う。
「こんな感じかな」
「まぁ。お似合いですよ」
「ありがとうございます」
僕はズボンと薄手の服、そしてジャケットのような上着を選んだ。お世辞かもしれないけど、店員さんも似合っていると言ってくれる。
「お連れの方は……まぁ、あの様子だとしばらく時間がかかるかもしれませんね。こちらでお待ち下さい」
従業員用の休憩スペースみたいな場所に案内されて待つことしばらく。ノックのあとに、得意顔のキャルさんとニコニコ笑顔のカトレアさんが部屋に入ってきた。
「やっほー、ロイ君! お待たせー!」
キャルさんにしょぼくれた雰囲気はもうない。しゅたっと手を上げ、ご機嫌な様子だ。
「せっかくなのでお披露目を、と思いまして。準備はよろしいですか?」
「え、はい」
反射的に頷いたけど……準備って何の?
「ではまず、レイネさんとライナさんから。どうぞお入りください」
カトレアさんが背後に呼びかけると、扉からタタタと双子が駆けてきた。
ギャル路線ではなくて、二人に合わせた可愛らしい服装だ。何といえばいいのかな。ちょっとお姫様みたいだ――――二人ともが。
「あの、カトレアさん? ライナは男の子ですよ?」
「だから何だと言うのです! そんなこと、カワイイの前では些細なことですよ! 常識にとらわれてはいけません!」
鑑だ! この人、信徒の鑑だよ!
いやまぁ、本人たちは楽しそうにしているからいいんだけど……いいのかな?
「どっちがライナでしょー?」
「でしょー?」
双子がニコニコ笑顔で尋ねてくる。普段は違う服を着てるからわかりやすいけど、同じ格好をすると見分けるの難しい。
いや、でもわかるけどね。
「こっちがレイネで、こっちがライナでしょ」
「「せいか〜い」」
名前を呼びながら頭を撫でると、二人はきゃっきゃっと喜んだ。
まぁ、ずっと一緒にいるとさすがにね。ちょっとだけ積極的なのがレイネで、ほんの少し控えめなのがライナだ。
「おーし、じゃあ次はルクス君ね。おーい!」
今度はキャルさんが呼びかける。しばらくして、モジモジしたルクスが出てきた。
半袖シャツにショートパンツ。それだけ聞くと普段と変わらなさそうだけど、やっぱり服の出来が違うのかしっかり女の子とわかる。髪型も整えてあるから余計にだ。
「どーよ」
「いいですね。可愛いと思います!」
「でしょー?」
キャルさんがドヤ顔するのもわかる。
いや、もともとルクスは美形というか、ちゃんとした格好をすると光るんじゃないかと思ってはいた。でも、これは予想以上だ。
うん、可愛い。自分のことじゃないのに、なんだか誇らしくなってくるね。
「似合ってるよ、ルクス」
「そ、そうか」
直接言うと、ルクスはそっぽを向いてしまった。恥ずかしがり屋だからなぁ。
それでも「お前も似合ってるぞ」と言ってくれるあたりは優しいよね。
いやぁ、来て良かった。
……あ、違うや。本題はGPの相談だった。




