32. 大注目の水球
さて、ネズミは倒せたけど、討伐依頼はまだ終わっていない。報告するまでがお仕事です!
街に戻るためには門るを通るがあるけど、冒険者の仕事として出入りするときに通行税は必要ない。ギルドから渡された木札を見せれば通してもらえる仕組みだ。
「仕事戻りです。これが木札です」
「あ、ああ」
門の前に立っている衛兵のおじさんに木札を見せるけど、視線はルクスの背後に浮かぶ水球に釘付けだ。
「あの……木札は?」
「え、あ、そうだったな。はいはい、大丈夫だよ」
もう一度呼びかけると、ようやくおじさんが木札を見た。何だかうわの空でちゃんとチェックしたかどうかわからないけど、まぁ一応通行の許可はもらえた……ってことでいいんだよね?
「……通りますよ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。アレは何なのかな?」
おじさんの目はやっぱり水球に向いてる。
「ルクスの魔法ですよ」
「魔法……? あの浮いてるのは?」
「納品物です」
「納品物……?」
おじさんが首を傾げるから、もう一度木札を見せてあげた。
「ああ、ギルドの。跳び鼠の討伐依頼か」
「そうです」
初めて気がついたという反応だね。やっぱりちゃんと見てなかったんだ。
おじさんは納得がいったという顔をしたあと……また首を傾げた。
「魔法って、あんなことできるのか?」
それは僕も知らない。少なくとも、僕には無理だね。水球で包むまでならともかく、そのまま浮かべることはできない。
ルクスは大したことないと言ってたけど、やっぱり凄いことなんじゃなの?
「ねぇ、まだー?」
「通っていいの? 駄目なの?」
「え、ああ、どうぞ。通っていいよ」
痺れを切らしたライナとレイネがおじさんに詰め寄ると、ようやく正式に許可が出た。
おじさんはまだ水球を目で追ってるけど、さすがに付き合っていられない。みんなで目配せし合って、門をくぐった。
「何だか見られてる気がするんだが……」
門の先でも、ルクスの水球は人目を集めている。多くの人が足を止めてこっちを見てるし、指差してくる人もいるから間違いない。
「気のせいじゃないと思うよ。やっぱり、ルクスの魔法は凄いんだって」
「そう、なんだろうか。恩寵があれば誰にでもできると思うんだが……」
ルクスの実感としてはそれほどでもないみたい。でも、恩寵に加えて、高レベルの魔法の才能と水魔法適正まで持っているからね。ここまで組み合わせることってなかなかないんじゃないかな。
「ど、どうする? やめるか?」
「運ぶの大変そうだし、このまま行こうよ」
「そ、そうか」
目立つ行為だと自覚したルクスがもじもじしはじめたけど、いまさらだよね。気にせず、そのまま冒険者ギルドに向かう。
「ライナとレイネは……」
「「ついていくー!」」
「うーん、まぁいいか」
双子にはギルド前で待ってもらおうと思ったけれど、ついてくるというので、二人を伴ったまま中に入った。
ギルドは3つの棟に分かれていて、正面にまっすぐ進めば受付がある。左の棟は酒場で、右の棟が素材買い取り所だ。
僕らはまっすぐ進んで、一番左端のカウンターに座っているお爺さんに声をかける。
「アダンさん、仕事終わりました。これ、通行札です」
「おう。じゃ、こっちが受付札だ。まぁ、待ちはいないからすぐだぞ」
通行用を札を返却して、受付用の札を受け取る。札には番号が書いてあって、順番が来たら、その番号で呼ばれる仕組みだ。
「ずいぶん、珍しい運び方をしてるな。あれは魔法か?」
「はい。ルクスの」
「あんなけったいな魔法、初めてみたぜ」
アダンさんは元冒険者だ。引退してからも、受付としてたくさんの冒険者を見ている。そのアダンさんから見ても、珍しい光景みたいだ。
「そうなんですよ。ルクスは凄いんです!」
「なんでお前が誇らしげなんだよ」
アダンさんが呆れ顔でツッコんでくる。そりゃもちろん、家族が褒められたら嬉しいからだよ。
「おい、やめろよロイ……」
ルクスが恥ずかしそうにしているから、ほどほどにしないとね、とは思うけど。
受付のお姉さんたちもビックリしたみたいで、少しの間、仕事の手が止まっていた。けれど、そこはプロだ。すぐに我に帰って、仕事を継続。僕らの出番が来た。
「こんにちは、ベルさん」
「は、はい。こんにちは。無事、仕事を達成できたみたいですね」
対応してくれたのは、朝、依頼を受けときにも僕らを担当してくれたベルさん。少し動揺しているようだけど、きっちり仕事をこなしてくれる。
跳び鼠の討伐は、肉を納品するまでがセットの仕事だ。討伐依頼という形式だけど、素材納品依頼に近い。脅威だから排除するっていよりは、肉の確保と増えすぎないように間引いているという感じかな。
今回はルクスの活躍で肉の品質が良い。買取カウンターで売却すれば少し色がつくかもって言われたけど、そのまま納品した。
だって、もともとの報酬が1体につき大銅貨2枚なんだもの。そこに多少色がついたところで、ね。僕らの金銭感覚もすっかり変わっちゃったなぁ。
納品のあとは、次の仕事について相談させてもらう。もっと手強い魔物と戦いたいと言ったら、ベルさんは顔を曇らせた。
「ロイ君たちは見習いって位置づけだから、強い敵と戦わせわけにはいかないわよ」
「そうですか。うーん」
冒険者のランクはFから始まって、E、D、C、B、A、Sの順に昇格していく。僕らの位置づけはそのいずれでもなく、Fの以下の見習いというランクだ。十七才以下の冒険者は強制的にこのランクにとどめ置かれる。安全面を考慮してのことなので、仕方がないことだとは理解するけど……
「教えてやれ、ベル。ソイツらを杓子定規なやり方で扱っても無駄だ。それだけの力があるならEランクくらいまでなら平気だろ」
思わぬ援護は隣のカウンターから。アダンさんだ。
しかし、ベルさんも引かない。
「彼らはまだ子供ですよ。そっちの子たちは見習いですらないんですから。ルクスさんだけが強くても……」
「レイネも強いよ!」
「ライナもだよ!」
ルクスだけと言われたのが聞き捨てならなかったのか、双子がぴょんぴょん跳んで訴えた。それだけなら良かったんだけど、実力を見せるとばかりに魔法を使いはじめた。
「でかいの、作るよー」
「作るー!」
ライナとレイネが協力して、巨大な水球を作る。あっという間に、人が数人すっぽりと収まるほどの大きさになり、ベルさんが慌てて止めた。
「わかった! わかったわ! だから止めてちょうだい!」
「「はーい」」
返事とともに水球が弾ける。飛沫は床に届くより前に溶けるように消えていった。
「「えへん!」」
「あ、あなたたちも凄いのね……」
ベルさんが驚いた顔のまま双子を褒めて……その視線が僕に向いた。
あ、あれ?
もしかして、僕も何かやらないと流れ?




