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30. 謎の黒髪おじさん

「あいつ、女だったのか……」

「いつまで言ってるの」

「まぁスラムで生きるのは大変そうだからなぁ」

「そういうことだよ。ほら早く早く!」


 まだブツブツ言っているオードさんを急かす。スポポンと服を脱いで、僕のほうは準備完了だ。ライナの服も脱がせてあげる。


「服は籠に入れとけよ。貴重品といっしょにその箱に入れる」


 ようやく動き出したオードさんが、作法を教えてくれる。そこの箱と言われて、そちらを見れば鍵付きのロッカーがあった。


 うーん。こんなものまで。前世の銭湯みたい。考えすぎかな?


 準備ができたら、いよいよ浴場に。さすがにそこは、前世の銭湯と同じとはいかなかった。広い空間に、どでんと大きな浴槽があるだけのシンプルな造りだ。


 芋洗い状態とまでは言わないけど、お客はたくさん入っている。それはいいんだけど……みんな、かけ湯すらせずに浴槽に入っていくね。


「……入る前に体を洗ったりしないの?」

「何を言ってんだ。体を洗うために入るんだろ?」


 オードさんに不思議な顔をされてしまった。


 よく観察してみると、浴槽の中で体を擦っている人を見かける。あれって、もしかして垢を落としてるの……? うげげげげ。


「ふぅ…………染みるぜぇ」


 僕が躊躇っている間に、オードさんが浴槽に浸かってジジ臭いことを言ってる。でも、そんなことよりも、お風呂の水質が気になるよ。さっとチェックしてみると……


 ひぃ!?

 よくわからないものが、たくさん浮いてる!?


「ぎゃあ! なんだこれは! こんなの風呂じゃない!」


 僕の心を代弁するかのような言葉が浴場に響いた。この街では珍しい黒髪のおじさんだ。隣にいる金髪のお兄さんに静かにしろと叩かれている。


「まったく、風呂屋で騒ぐとは迷惑なやつもいるもんだなぁ」


 オードさんが顔を顰めているけど……これに関してはおじさんの味方をせざるを得ない。心の中でそっとエールを送っておく。


「ロイー、入らないのー?」

「ちょ、ちょっと待って」


 いつの間にかライナがオードさんの膝の辺りに収まっている。呼びかけられるけど、ちょっとまだ決心がつかない。


 というか……これは無理だ!!


 こんな湯船に浸かるくらいなら水浴びの方が何倍もマシ。だって完全に汚水だもの。絶対に耐えられない!


 とはいえ、ここで突っ立っているのもね。どうにかお風呂気分を味わえないものだろうか。


 そうだ、僕には魔法がある! 覚えたてだけど、お湯を作ることくらいは何とかなりそう。


 浴場の片隅には一応あった桶があったので、それをいくつか持ってくる。その中に魔法で生成した水を流し込んだ。魔法はイメージ次第で多少のアレンジができて、お湯にすることくらいはできる。


「ちょっとぬるいな」


 コントロールがいまいちなのか、ぬるま湯になってしまった。だけど、心配は御無用。火の魔法には、物を温める〈ヒート〉ってそのままズバリの魔法があるからね。


「おお、魔法でお湯を作っているのか。キミ、賢いな」

「え?」


 気がつけば、すぐ隣にさっきの黒髪おじさんがいた。僕の手元を覗き込んで感心している。


「お湯を全て入れ替えれば……いや面倒だな。浄化してしまうか」


 おじさんは立ち上がると、指をパチンと鳴らした。浴場だから、よく響く。普通ならそれで終わりだけど、そうじゃなかった。


 魔法を使えるようになった僕にはよくわかる。今のは魔法だ。しかも、かなり強力な。


「もしかして……」


 浄化と聞いて、僕はすぐに湯船を覗き込んだ。あちこちに浮かんでいた名状しがたいものがすっかり消え失せている。綺麗なお湯だ。


「凄い! 凄いよ、おじさん!」

「ふふふ、そうだろ!」


 にやりと笑う黒髪おじさん。その頭にゲンコツが落ちた。


「馬鹿か! こんなところで魔法を使うな!」


 さっきも黒髪おじさんを叱っていた金髪お兄さんだ。


「痛いな。風呂の湯を綺麗にしたんだから、文句を言うなよ」

「言うに決まってるだろ! 騒ぎを起こしてどうする!」

「キースが騒がなきゃ誰の仕業かなんてわかりゃしなかったのに……」

「ぐ……」


 実際のところ、お湯の変化に気づいたお客はざわざわしてるけど、それが黒髪おじさんの魔法だと理解している人はほとんどいなかった。金髪お兄さんが大きな声で叱ったから、今となっては手遅れだけど。


「とにかく、騒ぎになった以上、長居は無用だ。出るぞ」

「そ、そんな理不尽な! え、嘘だろ!?」


 嘆きの言葉を無視して、金髪お兄さんが黒髪おじさんを強引に引っ張って連れて行く。だけど、その前に黒髪おじさんが僕に何か投げてよこした。


「それをキミにあげよう! 真の風呂を愛する同志へのプレゼントだ。それを使えば、汚れが落ちやすいぞ!」

「お前は……! さっさと行くぞ!」

「ぐぇ……首を引っ張るのはやめろ!」


 騒がしいおじさんたちは立ち去って、僕の手元には薄っすらと黄色い固形の何かが残った。


「おおお……」


 これは、まさか石鹸? 素晴らしい!


 無意識に因子をチェックすると、こちらも悪くない。



■取り込み可能な因子■

・洗浄力アップ(Lv2)


◆洗浄力アップ◆

対象が持つ洗浄力を一定の比率で強化する。

強化率はレベルによる。



 いいねいいね。浄化作用と組み合わせれば、うまく使えそうだ。おじさんには感謝しかない。


 おっと、こうしてはいられないぞ。さっさと体を洗ってお湯につかってしまおう。じゃないと、すぐに汚水になってしまうからね!

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