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16. モルック粉の売り込み

「はぁ……何だか、妙に疲れたぁ」


 キャルさんのお店をあとにして、僕は盛大なため息をついた。


 有意義な時間ではあったんだけどね。混沌神の教えを聞いて、今後の活動のイメージがわいた。キャルさんの活動も参考になったしね。でも、最後にとんでもない爆弾を落っことしてくれるんだもの。


 マイペースの極みみたいな人だよね。悪い人ではないと思うけど。


 同僚のよしみで服をくれようかって提案してくれたのも嬉しかった。女性服が多いけど、男性用も少しは作ってるんだって。


 まぁ、今回は固辞したけど。ルクスたちを差し置いて僕だけっていうのは居心地悪くなっちゃうからね。理由を説明したら、みんな連れてきていいってことだったから、そのときはお言葉に甘えようかな。


 ちょっと心配なのは、キャルさんがみんなを混沌神の使徒に引き込もうとしないか、だけど……まぁ、ルクスは水神の恩寵を得てるし、双子が神授の儀を受けるのはまだ先だ。だから、大丈夫なはず。


 さて、大きな寄り道をしてしまったけど、まだ日は高い。予定通り、モルック粉を買ってくれる人を探そう。まずは、宿屋だ。


「おじさーん」

「……坊主か。どうした」


 タイミングよく、おじさんは宿の外にいた。薪割りをしていたみたい。薪はお店だと割れた状態で売られているけど、その手間の分ちょっと高い。おじさんは、知り合いの木こりから加工前の丸太を買い取って経費を浮かせているみたい。そこまで節約するのは……もしかしたら僕らに施してくれることが原因なのかも。そう思うと少し心苦しい。


 なのに、今また、お願いを聞いてもらおうとしている。ちょっと迷惑かけ過ぎかな?


 でも、特製モルック粉が売れれば、ちょっとは恩を返せるかもしれないよね。まずは、相談という形で話してみよう。


「実は見てもらいたいものが。これなんですけど」

「モルック……か?」

「はい。正確にはこれを粉にしたものですね」


 今回は灰汁抜きしたあとの状態のものを葉っぱに包んで持ってきた。まだ因子を付与してないから、正真正銘普通のモルックの実だ。


 粉の状態だと持ち運びに不便だし、何より得体の知れない粉を口にするのは抵抗があると思って。原型が分かる状態から加工した方が安心出来るよね。


 宿の台所を借りて、粉づくり。すりこぎ棒があったので、それを貸してもらった。“脆い”、“甘味アップ”を付与して、すり潰す。売り物としては“バランス栄養食”は抜いておくつもりだ。ただの調味料にそこまで求められてないだろうし、食べすぎで栄養過多になっても困るから。


「ただの、粉だな」

「そうなんですけど……ちょっと舐めてみて下さい」


 出来上がった粉をおじさんに勧める。訝しげな表情を浮かべながらも、おじさんは躊躇うことなく指先ですくいとった粉を舐めた。


「ほう……甘い」

「ですよね!」


 良かった。一般市民のおじさんにも、ちゃんと甘いと思えるレベルではあったみたい。スラムの住人は食べ物への評価が甘くなりやすいから心配だったんだ。あ、この場合の甘いは厳しくないって意味ね。


「この粉を調味料代わりに使えないかと思って。この宿で使ってみてもらえませんか? 宿で使う分は無料で提供しますから、興味をもってくれたお客に売ったりとか、できません?」

「ふむ……」


 僕の話を聞いたおじさんは、ほんの少し驚いた表情をしていた。答えを待つ僕の頭に手を置くとグラグラ揺らし始める。


「あの……?」

「よく喋る。元気になった、な」


 ああ、そうか。以前の僕はあまり喋らない子だったものね。自分の意識としてはあまり変わった気がしないけど、おじさんからするとびっくりするか。昨日も会ったんだけど、そのときはルクスが主に喋ったからね。


「いろいろあって、元気になりました。いつも良くしてくれるおじさんのおかげです」

「そう、か」


 お礼を言うと、おじさんの口の端がほんの少し上がった。笑ってる……んだよね? おじさんは無口な上に、表情に乏しいんだ。言ってはなんだけど客商売には向いてない。


「これは……」

「はい?」

「同じように作れる、のか?」


 あ、モルック粉の話に戻ったのね。


 まぁ、気になるのはそこだろうね。僕がやったことは、一見すると、ただモルックの実を潰して粉にしただけ。たまたま拾ったモルックの実が甘かっただけと見ることもできる。というか、それが普通だ。


「実は、この間授かった恩寵で食べ物を甘くすることができるようになったんです」

「恩寵で甘く……?」


 おじさんの眉がへにょった。この表情は最近よくルクスがよくしてる。“何を言っているんだ?”の顔だ。


 まぁ、そういう反応は予想している。そこで僕は、まだ潰していないモルックの実を用意して、半分に割った。その片方に“甘味アップ”を付与する。


「こっちがそのまま、こっちが甘くしたものです。食べ比べて見て下さい」

「ああ……」


 おじさんはまず普通の実を食べると、軽く頷く。続いて、因子を付与した実を食べて、目を見開いた。


 ふふん。違いをお分かりいただけたようですね。


 おじさんは顎に手をあて、何かを考える素振り。少しして考えがまとまったのか、いつになく大きな仕草で頷いた。


「これは、モルック以外でも、できるか?」

「はい。たぶん、食べ物なら、なんでも」

「……そうか。今、あるものは、買い取ろう。また、持ってくるか?」

「ありがとうございます! 明日も用意できます!」


 おお、思ったよりもトントン拍子に話が進んだぞ。予定通り、ルクスが実を取ってきたなら、明日も買ってもらえそうだ。


「坊主……名前は?」


 え、あ。そういえば、僕らお互いの名前も知らないんだった。


「僕はロイです! ……おじさんは?」

「俺は……リッドだ」

「リッドさんですね。よろしくお願いします!」

「ああ……」


 ふふふ。これで僕らはビジネスパートナーだ。まだまだ小さな取引だけど、僕らもリッドさんも大儲けできるように頑張ろう!

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