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15. 禁呪指定の原因

「混沌? あーしは、当たり前をぶち壊すことだと思うよー」


 混沌とは何かをキャルさんに聞いたところ、返ってきた答えがこれだ。


 当たり前をぶち壊す。それはつまり常識を破壊することにも通じる。僕らの考えは間違ってはいなかったみたい。


「当たり前はさー、安定してるしー悪いことばかりじゃないけどーそればっかりじゃ進歩がなくなっちゃうんだよねー」


キャルさんが語ってくれた話は意外……と言っては失礼かもしれないけど含蓄のある話だった。


 当たり前や常識、それらが形作られるにはそうなるに至った歴史がある。何かあったときに、こうすれば上手くいったという習慣、知識の集大成ってわけだね。それに従う限り、たいていのことは上手くいく。


 ある意味では安定した状態だ。けれど、それは停滞を生む。特に考えることもなく“こうしておけば上手くいく”で対処すれば、それなりに良い結果は得られるかもしれないけど進歩がない。


 安定に胡座をかかず、進歩のために当たり前を破壊する必要がある……っていうのが混沌神の教えみたい。


 なるほどね、とは思う。個人の訓戒ならば、悪くないんじゃないかな。でも、それに世界を巻き込んじゃうのがなぁ。


 いやまぁ、当たり前の破壊が必ずしも迷惑行為とも限らないけどね。“水霊の加護”で水が出せるって知識だって常識の破壊だけど、誰に迷惑をかけるわけじゃないから。ない……よね?


「キャルさんが壊したい“当たり前”って何ですか?」

「あーし? 壊したいってゆーのとはちょっと違うけど、変えたいのはファッションだねー。みーんな同じ服着てるばっかじゃつまらないじゃん? みんなもっといろんな格好をしていーんだよって、教えてあげたい!」

「それで、この服屋ですか」

「そそ。いい感じでしょ?」


 キャルさんが誇らしげに胸を反らした。


 神殿はいまや、服屋になっている。しかも一般的に出回っているのとは一風変わったデザインの。


 カラフルな布に、技巧を凝らした装飾。僕には詳しいことは分からないけど、それでもこの世界の衣服としてはかなりクオリティが高いのを察することはできる。


 こんな高品質な服、普通なら一般庶民の手には届かない。けれど、このお店にはそこそこお客さんが入っていた。あの人たちも混沌神の信徒なのかなと思ったら、違うんだって。正真正銘の一般のお客さんがキャルさんの服を見に来ているんだ。


 何故か。それはもちろん、彼女たちに手が届くお値段で提供しているからだ。


 お手頃価格で斬新なデザインの服を普及させたい。さらには、それによってファッションに対する意識改革をしたい。それがキャルさんの願いみたい。


 その願いは、多くの人が抱いている“当たり前”を破壊する行為だけど、それで誰かを困らせているわけではない。むしろ、安価な衣服の提供は多くの人々にとってはありがたいはずだ。


 混沌神の使徒としての使命と、人々の役に立つこと。両者は相反する事柄ではなくて、両立できるんだって実例を見せてもらってる感じ。


 やっぱり混沌神の使命自体は悪いことじゃないんだ。すでに悪評を負っているから、使徒であることを大っぴらにするのは難しいかもしれないけど、それでもその活動を恥じることはない。そう思えただけでも収穫かもね。


「ところで、この服ってどうやって用意してるんですか?」


 前世の知識だと、衣服の量産が可能になるのは産業革命以降の話だ。それより前だと、作るのに手間がかかる高級品のはず。ましてや、色鮮やかな布地には、驚くような値がつくんじゃないかな。


 この世界では事情が違うのかもしれないけど、そう大きくは変わらないと思う。スラムの子供が死体から服を剥ぐのだってそれが理由だもの。要は“金目のもの”なんだよね。それを安価に提供するって……いったいどうやって?


 僕の意図はすぐに伝わったみたい。キャルさんはニパっと笑って説明してくれた。

 

「あーしにはスポンサーがいるんだー」

「スポンサー?」

「そそ。隣の国のおーじょ様があーしの服を気に入ってくれてねー」


 王女様がスポンサーなの!? それは景気の良い話だねぇ。


 そういうことなら、理解はできる。資金援助はもちろん、職人への伝手だって王家の人間なら用意できるだろうからね。


 ……あれ?


 でも待って。お隣の国では、混沌神が禁教扱いだって教えてくれたの、キャルさんだよね。それとも、別の国の話なのかな。さすがにそうだよね。禁教指定の混沌神の神官をサポートしてくれるわけないから。


「凄いんですね」

「でしょー? お城を飛び出して、今では一緒に服作りしてくれるんだー。いろんなところにツテがあるから、あーしは大助かり!」


 お城を飛び出して……?

 え、誰が?


 僕の頭が働くのを放棄した。猛烈に嫌な予感がしたから、きっとそれは正しい反応だと思う。


 聞かなかったことにしたい。だけど、キャルさんはそれを許してくれなかった。


「あ、ロイ君にも紹介しとこーかな。おーい、カトリン」


 キャルさんが、店員さんに手を振る。格好はキャルさんと余り変わらないけど、やたらと所作が美しい店員さんだ。


「どうしました、キャル店長」

「カトリンを紹介しようと思って。あ、こっちはロイ君。神様関連であーしの後輩ね!」

「あらまぁ、そうでしたか。私はカトレアと申します」

「あ、ロイです。どうも……」


 カトレアさんの綺麗なお辞儀にしどろもどろになりながら返事をする。なんだろう。にじみ出てる気がする……王家の風格が。


「キャル店長の後輩ということでしたら、カフーラ様の使徒、ということですよね。父がご迷惑をおかけしております」


 ……父?

 それってつまり王様だよね?


 混乱する僕をよそに、キャルさんとカトレアさんは仲よさげに話している。


「パパリン怒ってたもんねー」

「まったく。私は自分の意思で城を出たというのに、それで混沌神様の教えを禁教扱いにするとは狭量にもほどがあります」

「まーまー。そのうち、わかってもらえるってー」

「そうだといいのですが……」


 話の流れからすると、混沌神を禁教指定したのってカトレアさんのお父さん……つまり現国王ってこと!?


 最近のことじゃん!

 しかも、キャルさん、がっつり関わってるじゃん!


 一国のお姫様が出奔するきっかけを作ったんだもの。そりゃ、禁教指定されるよ。


 キャルさん、意外とまともかと思ったけど……とんでもない人だった!

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