155. 広々とした空間
「「広〜い!」」
ライナとレイネがくるくる回りながら同時に声を上げる。その隣ではルクスが真上を見ながら呟いた。
「天井も高いな……」
ここはさっき作ったばかりの建物の中。まだ家具もない殺風景な空間だけど、広さだけはかなりのものだ。というか、広すぎかも。
見上げた天井は遥か彼方にある。僕が背丈10倍の巨人になっても全然手が届かないと思う。視線を巡らせば、周囲の壁もはるか遠くに見える。
規模がデカすぎて、まるで僕らが小人になったみたい。いや、実際そうなのかもしれない。どういう原理なのかよくわかってないから何とも言えないけど。
何故ならここは亜空間収納の中だから。どうしてこんなことになっているのかというと、ライナたちの疑問が発端だ。
「ねぇねぇ、ロイ。お家をマジックバッグにするとどうなるの?」
「いっぱい入るの?」
レンガを複製して壁材を用意したところで、二人が首を傾げながらそんなことを言った。
「さすがに家をマジックバッグにするのは無理じゃないか?」
ルクスはそう言うけど、僕の意見は違った。だって、家だって容器みたいなものだ。瓢箪型の容器がマジックバッグにできるなら、家だって大丈夫じゃないかと思ったんだ。
「いや、できるんじゃないかな? 試してみようか」
因子は付与するだけで機能を発揮するので試すのは簡単だ。失敗したって損はないからね。
『家? バッグ? 何?』
僕らの会話がよくわからなかったみたいで、ルーナが混乱している。翻訳機は一応機能しているけど、精度は低いみたい。
「おいおい、家を作るんじゃないのか?」
オードさんが呆れた様子を隠さず指摘する。いやまぁ、そうなんだけどね。
「でも、気になるし。ひょっとしたら家作りにも役に立つかもしれないよ」
「そうかぁ? ま、ロイの好きにすればいいけどな。家がなくたって、宿に泊まればいいんだから」
指摘はするけど、止めるつもりはないみたい。オードさんは「で、どうするつもりだ?」と聞いてきた。
「まぁ、実験だし、小さめサイズの建物を作ってみようよ」
僕が提案すると、みんな頷いて協力してくれる。オードさんたちも何だかんだ言って興味があるみたいで、“亜空間収納”を付与したらどうなるか予想を口にしていた。
「よし、こんなものでいいかな」
素材を細かくディプリケーターに登録・複製することで作業時間は大幅に短縮できる。あっと言う間……と言ったら大げさだけど、さほど時間をかけることなく小さめサイズの建物が出来上がった。
「家というか小屋ですわね」
「これじゃ、寝転ぶのがギリギリだよね」
エリザさんとイリスさんが評する通り、建物はこぢんまりとしている。縦横高さ、いずれも2mくらいの大きさ。サイコロみたいな真四角の建物だ。
でも、問題はない。これが実験だからってこともあるけど、“亜空間収納”が正常に働けばかなり量の荷物が収納できる。小さな瓢箪容器にすらUFOが収納できるくらいなんだから、中は広々してるんじゃないかな?
「早く、早く〜!」
「どうなるのかな~?」
双子に急かされて因子を付与する。付与の手応えは……うん、問題なさそうだ。
「できたはずだよ」
「へぇ。建物にも付与できるんだな」
ルクスが興味深そうに呟いてから、首を傾げた。
「でも、どうやって使うんだ?」
うーん、たしかに。
「私たちのマジックバッグなら、蓋を外したあと、収納したい物に手をかざしつつ念じればいいですね」
「なるほど」
ルーグさんが使い方を説明してくれる。その言葉に従って、まずドアを開けた。
「うわ」
「「もわもわ!」」
『わー、妙な感じだね』
ドアの向こうは蜃気楼のようにゆらゆらと揺らめいていた。確かにそこにあるのに、はっきりとは認識できない。僕が思わず身を退いたあと、ライナとレイネ、リックが覗き込んで不思議そうにしている。
「待て待て、危ないぞ。中がどうなってるかわからないんだからな」
オードさんがライナたちを引き寄せた。リックも素直に従って、ドアから離れる。
「とりあえず、出し入れはできるみたいだね」
「本当ですわね」
そうこうしている間にイリスさんが収納を試したみたい。ドアから大きめの石が出たり入ったりしている。壁に手をついた状態で念じると入り口付近の物の出し入れができるようだ。
「ふむ……マジックバッグにはできたようですが、このままでは不便なだけですね」
ルーグさんの言う通りだ。マジックバッグの利点は持ち運べること。建物に付与したらその利点は失われる。入り口付近の物しか出し入れできないのもマイナスだ。まぁ、倉庫と考えれば便利だけどね。
「ちょ、ちょっとお待ちないさい! 今、虫が入りましたわよ!」
「なんですって?」
エリザさんの言葉にルーグさんが顔色を変えた。何をそんなに驚いてるんだろう。
「どうしたんです?」
「本来、マジックバッグには生物が収納できないんです。あ、いや、植物は収納できるので、動物は、ですかね」
なるほど。僕が以前の人生で読んだ物語でも、そんな内容があったね。それなのに、虫が家の中に入っていった。これは……どういうことだろう?
「イリスさん、虫を出すことはできますか?」
「んー……駄目みたいだね」
尋ねるとイリスさんは首を横に振った。石ころと同じとはいかないか。
そこで再び実験をしてみることに。別の虫を捕まえて、糸をくくりつけてから中に入れてみた。しばらくして、糸を引っ張ると――
「動いてるね」
「とりあえず、危険はない……のか?」
ルクスと顔を合わせて、結果について考察する。少なくとも外部からの干渉があれば出てくることはできそうだ。
次に気になるのは亜空間での時間の流れだ。前世で読んだお話では、マジックバッグの中は時間が停止して保存ができるって設定があった。もし、そうなら入った時点で時間が止まる。つまり自分の意思では出られなくなる。
この心配はルーグさんの言葉で杞憂とわかった。
「たしかにマジックバッグの種類によっては時間の流れが止まったり、ゆっくりになるものもあります。ですが、私たちの物にはそのような機能はありませんよ」
となると、そのマジックバッグからコピーした因子にも時間の流れを変えるような機能はついてないはず。というわけで、今度は従魔隊から有志を募って、中を探索してもらった。一応、虫と同じように紐を括り付けた上でね。
その結果、中は広くて出入りも可能だとわかったので、僕らも入ってみたわけ。それが今の状態だ。
「出入りできるし、家としても利用できそうだけど……このままだと快適とは言えないよね」
僕が足下を見ながら言うと、同じようにみんなも床を見た。
「たしかになぁ」
「がったんがったん!」
「でこぼこしてる!」
だよねぇ。
床は均一ではなく、あちこちに段差がある。元の家がレンガ造りだから、当たり前と言えば当たり前だ。そして、ここはそのレンガ作りの家が引き伸ばされてる感じの空間になっている。本来なら僅かなズレが、その影響でとんでもなく大きなってるんだよね。
「ドアもおっきい!」
「閉めたら閉じ込められちゃう!」
ライナとレイネの言葉に振り返ってみたら……うーん、たしかに。
そこには、やはりもやもやした外の風景と巨大なドア枠があった。今は開いているからいいけど、閉められたら自力で開閉するのはまず無理だ。
亜空間収納ハウス……うまく使えば便利そうだけど課題も多いね。いや、収納量はレベルに依存するらしいから、レベルを下げたら空間の引き伸ばしも控えめになるのかも。要検証かな。
「とりあえず、一旦出ようか」
あまり長時間いると、オードさんたちも心配するだろうからね。
入り口のもやもやに飛び込むと、僕らは普通の空間に戻った。




