149. 領主代行
「ロイ殿、ラーベルラの街の領主代行をやってもらえませんか?」
「はぇ?」
あまりにも予想外なことを言われたので、変な声が出ちゃった。でも、それも仕方がないと思う。
久しぶりに会って早々に妙なことを言い出したのはラウル様だ。場所はラーベルラの街の領主館の応接室。僕とラウル様のほかにはトールさんとキースさんが同席している。
ブルスデンの領主であるラウル様が何故いるかというと、ラーベルラの今後について話し合うためだ。もちろん、僕とではないよ。
ラウル様の来訪に合わせて、王家からも使者が来ている。その両者にトールさんを加えた三者でラーベルラの統治について話し合ったみたい。
僕は話し合いに参加していない。ただ、ある程度の方針が決まったことは昨日トールさんに聞いた。その流れで、ラウル様が僕に話があるって言われたんだよね。
邪教徒討伐に端を発した事件だから、討伐に参加した僕にも無関係じゃない。だから、決まったことについて教えてくれるために呼び出したと思ったんだけど……実際に聞かされたのがさっきのセリフってわけ。
いや、さすがに冗談だよね?
ラウル様の表情を窺うと、なんてことないような顔でニコニコ笑ってる。とても11歳の子供に領主代行を押し付けようとしてるようには見えない。
も、もしかして、聞き間違えただけかも……?
「ええと……すみません。もう一度、言ってもらえますか?」
「構いませんが……たぶん、何度聞いても同じですよ。領主代行をお願いします」
あ、うん。聞き間違いではなかったね。
ただ、ラウル様もニコニコ笑顔は崩れて、苦笑いになっている。とんでもないことを言っている自覚はありそうだ。
隣を見ると同じソファに座ったトールさんはバツが悪そうな顔だ。その隣に控えているキースさんはしれっとしている。驚いた様子もないから、知っていたみたいだ。
「あの……よくわからないです。何故、僕が領主代行に?」
どう考えても人選がおかしいよね。だって、僕はまだ子供だし。ブルスデンの開発特区の区長代理をやってるだけでも普通じゃないのに、今度は街丸ごと任せるって? どう考えても普通じゃない。
正気ですかとはさすがに言えない。せめて、そういう結論になった経緯を知りたい。ラウル様は心得ているとばかりに軽く頷き、口を開いた。
「ラーベルラの領主であったロワクロ殿だが……今回の件の咎で爵位を剥奪されることになりました」
「爵位の剥奪ですか……」
「ええ。事件の大きさを考えれば、軽い処分でしょうね」
重い罰だと思ったけど、ラウル様の評価は真逆だった。場合によっては一族郎党が処刑されてもおかしくはなかったみたい。街に火をつけたことに加えて、領内に邪教徒を匿っていたことが問題になっているそうだ。敵国に与する行為に準ずると判断されたんだって。
それでも死罪にならなかったのは、本人の意志ではなく操られた結果だと推定されたから。"邪教の聖痕"のことについては、トールさんを通して、王家の使者やらラウル様にも伝えられている。また、少し前に意識を取り戻したロワクロ様には聞き取りも行われた。総合的に判断して、事件当時は操られて正常な状態ではなかったと認められたそうだ。
とはいえ、領主として邪教徒に操られたという事実は大きな過失だ。命は失わずに済んだけど、貴族としては落第となったみたい。
「ご子息はいないんですか?」
「いますよ。今はロワクロ殿と一緒に牢に囚われています」
「ああ……」
それで僕も察した。きっと後継者にも“邪なる痕跡”があったんだね。
それはまぁそうか。あの事件のとき、屋敷にいた人は漏れなく例の因子がついていたもの。あのとき見た誰かが、跡取りだったみたいだ。
当主だけじゃなくて、次代にも邪教の影響が及んでいる。そんなわけで当主交代ではなく爵位剥奪となったんだろうね。
「そんなわけで、ラーベルラの統治を誰かが引き継がなければならないのです」
「それはわかりますけど……だったら、トールさんに任せれば」
今回の件は邪教徒討伐の延長だ。ロワクロ様の捕縛にも関わっているし、トールさんの功績は大きい。勇者の肩書もあるし、ぴったりの人材だと思うんだけど。
でも、当のトールさんは首を横に振った。
「そういうわけにもいかないんだよ。面倒くさいという本音は別にしても、所属の問題があるからな」
実際、トールさんを貴族にしてラーベルラを任せようという話はあったらしい。でも、トールさん自身がこれを辞退した。
貴族になるってことは、この国に仕えるってことだからね。隣国所属のトールさんがこれを受けるわけにはいかない。もちろん、恩とか義理とか投げやればできなくはないけどね。ただ、トールさんは自分を保護してくれたことを感謝しているみたいだから、そんなことはしたくないよね。
まぁ、自分で言った「面倒くさい」というのが一番の理由な気がするけど。
「トール様が辞退されたので、次は私に話が回ってきたわけです」
苦笑いでラウル様が説明を引き継ぐ。
討伐隊を率いたのはトールさんだけど、兵力を出したのはラウル様だ。トールさんが功績を譲れば、当然ラウル様にって話になる。それでも、いきなり街を任せるっていうのは異例らしいけど。
「普通ならこれ幸いと適当な領主を据えるのでしょうが……王国としてはあまり手を出したくないようですね」
ラーベルラは邪教徒の巣窟になっていた。いや、過去形とは限らない。まだ潜んでいる可能性は高いんだ。
つまり、ラーベルラは火の中であぶられた栗のようなもの。いつ弾けるかわからないから、自分では拾いたくないってことみたい。だから、体よくラウル様に押し付けたんだね。
とはいえ、ラウル様にはブルスデンがある。直接統治するのは難しいので、代官を置くのだけど……そこで何故僕の名前が出たのか。
「いや、僕も特区の区長なので」
「それはわかっているのですが……」
僕が言うと、ラウル様は頷きつつも、困り顔になる。その視線がちらりとキースさんに向けられた。キースさんは軽く頷く。
「ロイ殿には負担をかけるが、お願いした。邪教徒にもかかわることなのでな」
キースさんが僕を推す理由を説明してくれた。
ラーベルラには邪教徒潜伏の可能性が高い。僕ならば因子をチェックすることで"邪なる痕跡"を見分けられる。それが一番の理由だ。
それに加えて、僕はアライグマの神の使徒として街の住人から支持されている。邪教徒に怯える人々を安心させるためにもうってつけの人材というわけだ。
「街の運営に関しては、特区と同じように補佐をつけますので」
ラウル様から重ねて是非と頼まれる。
それでもうーんと唸っていると、頭にちりっとした。凛と澄んだ声が聞こえる。
『あれは危険です。世界を混沌どころか破滅に導くでしょう。それでは面白くありません』
混沌神様の声だ。邪教を危険視しているみたい。これは、引き受けてできるだけ痕跡持ちを探せってお告げかな。
何だか、とんでもないことに巻き込まれている気がするなぁ。
とはいえ、世界の破滅は僕も望んでいない。だったら、できることはしなくちゃね。
街の運営は大変そうだけど、特区でやってたことを規模を大きくすると思えば……なんとかなるかも?
「ええと、そういうことなら、仮の領主代行ってことでお願いします」
「おお、ありがとうございます! なに、ロイ殿なら立派に領主代行としてやっていけますよ」
そんなわけで、僕はラーベルラの暫定的な領主代行を引き受けることになった。




