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141. 火の手が上がる

「――ウ、チュウ!」

「……んー。ビネ?」


 耳元で騒がしい声がする。夢うつつでもビネの声だということはすぐにわかった。


 だけど、妙だ。彼は意味もなく騒ぐようなことはしない。これはおかしいぞと思い至って、急速に僕の意識は覚醒した。


「何か、あったの?」

「チュ、チュウ! チュチュウ!」


 ビネは短い手をバタつかせて、かなり慌てた様子だ。よほどのことが起きてるみたい。


 僕が泊まっているのは、先日から引き続きラーベルラの宿の一室だ。本当は今日には街を出るつもりだったのだけど、予定を変更して滞在期間を延ばすことになった。トールさんと領主との交渉が長引いているみたいだ。


 部屋の中は真っ暗。ぐっすり眠った感じもしないし、まだ真夜中だと思う。


「チュウ! チュウチュウ!」


 ビネが身振り手振りで状況を伝える。その内容を聞いて、僕はびっくりした。


「えっ、放火犯が出たの?」

「チュウ!」


 僕の言葉にビネが頷く。正解しても全然嬉しくない。この宿には僕ら以外にも多くのお客が泊まっているんだ。建物に火がつけば多くの人が被害を受ける。


「それで、その犯人は? 火は消し止めたんだよね?」

「チュウ!」


 当然だと言わんばかりに、ビネは力強く頷く。それなら一件落着かと思ったのだけれど、ビネの表情はまた曇った。


「まだ何かあるの?」

「チュ、チュチュウ」

「単独犯じゃないってこと?」

「チュウ!」


 ビネの説明によると、僕らの宿に火をつけようとした犯人には他にも仲間がいたみたい。見張りのアライグマ隊が犯人を取り押さえた頃、同じくらいのタイミングで街のあちこちに火の手が上がったそうだ。


「そんな! 大変じゃない!」


 僕は慌てて起き出した。窓の鎧戸を開け放つと、遠くの空が赤く染まっているのが確認できる。


 部屋を出ると、同じ宿に泊まっていたオードさんも目を覚ましたところだった。


「ロイ、お前も気づいたか」

「うん、ビネに起こされて」

「複数の場所への火付けだ。計画的な犯行だな」


 オードさんの顔は深刻だ。僕たちは揃って宿の外に出た。


 この世界には電灯なんて便利なものはない。明かりの魔道具はあっても、それを普段使いするような人は貴族か、よほどの大金持ちだけ。必然的に、夜の街は本当に真っ暗になる。


 だけど、今、街は赤々と照らされていた。思った以上にあちこちで火の手が上がっているようだ。宿への火付けは食い止められたけれど、安心できる状況じゃなさそうだ。このままでは街全体が焼け野原になってしまう。


「ビネ、アライグマ隊を率いて消火活動にあたって」

「チュウ!」


 指示を出すと、ビネは力強く返事をする。水魔法が得意なアライグマ隊なら、きっと鎮火の助けになるはずだ。


 不安要素は、彼らが人の言葉を話せないことだ。従魔とはいえ、彼女たちは魔物。街の住人が不安に思う可能性はある。


「あいつらだけじゃ、不安だな。俺たちがフォローに回ろう」


 僕と同じ懸念を持ったのか、オードさんが申し出てくれる。合流したイリスさんたちも、頷いてくれた。


「それなら僕も……」

「いや、ロイは避難してろ。アイツらのこともあるだろ」


 オードさんがちらりと宿を振り返る。それで誰のことを言ってるのか、わかった。


「そうだね。じゃあ、頼んでいい?」

「ああ、任せろ」

「この非常事態にのんびりもしてられないしね」

「高貴なる者の義務ですわね! あ、私は一般小民ですけど」

「そうと決まれば急ぎましょう」


 オードさんたちが、アライグマ隊とともに街に散っていく。それを見届けて、僕は宿に戻った。オードさんが言ってたアイツら――リック、ルーナ、レグザルを連れ出すためにだ。


 異星人である彼らは目立つ。できれば、人目にさらしたくないのだけど、この状況では仕方がない。あまりに火の回りが早すぎるんだ。最悪、この宿も火災に巻き込まれてしまう可能性がある。退避せざるを得ない。


 まずはリックの部屋に向かう。異変を感じ取って彼も目を覚ましていた。簡単に事情を説明して、彼にはルーナのもとに向かってもらう。僕はレグザルの部屋だ。


『何が起きている?』


 レグザルもまた目を覚ましていた。見張りについていたアライグマ隊も消火活動に出ている。非常事態だとわかっているみたいだ。


「火事……というか、放火みたい。あちこちに火の手が上がってる」

『複数……ということは偶然じゃないな』

「そうだね。ここも安全じゃないから、逃げないと」

『そうか。わかった』


 レグザルは事情を知ると、素直に僕の指示に従ってくれた。リック、ルーナと合流して宿を出る。ルーナがレグザルを見て、顔を歪めたけど、今は我慢してもらわないと。


 火事に気付いた人も増えて、街はパニック状態だった。悲鳴を上げながら右往左往する人たち。何をすべきかわからずに立ち尽くす人たち。混乱は火災以上に危険だ。


 こんなときには感情因子だ。僕は"平穏"の因子をできるかぎり広範囲に付与した。


「皆さん、落ち着いてください! まずは街の外への避難しましょう」


 感情因子のおかげで、多くの人たちは平静を取り戻したみたい。逃げる人たちは整然と街の外へ向かった。ブルスデンの冒険者も何名か現れて、避難の手助けをしてくれる。さすがは冒険者だ。こういう時の対応が早い。


 アライグマ隊の活躍もあって、火の勢いは多少抑えられている。けれど、徐々に燃え広がっていた。街全体をカバーするには人手が足りていないみたいだ。

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