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139. うらぶれた酒場で(ターブル視点)

 俺たちはラーベルラの街はずれにある、うらぶれた酒場にいた。


 薄暗い店内には安い酒の臭いと何とも言えない湿気っぽい空気が立ち込めている。壁や床のあちこちにナイフで抉ったような傷があった。テーブルや椅子も多くはガタついて使い物にならない。


 マスターに注文を告げるとギロリと睨まれた。仮にも客に向ける視線ではない。もっとも、そのあとオーダーした品は届いたので、注文を受けるつもりはあるようだが。


 客をもてなすという態度ではない。まぁ、立地を考えれば仕方がないが。


 この近辺は治安が悪い。下手に出ればつけあがるようなゴロツキまがいの連中が大勢いる。店主に必要なのは愛想ではなく、そんな奴らをビビらせるような強面と胆力というわけだ。


 金がないとはいえ、普段ならもう少しマシな酒場を利用している。だが、今ばかりは仕方がない。できれば、人目を避けたかった。


 とはいえ、あまり気分はよくない、この酒場はあの場所を思い出す。俺たちがもといた掃き溜め、ブルスデンのスラムを。あの場所から抜け出した俺たちが、結局また同じような場所で酒を飲んでいる。なんという皮肉だろう。自嘲の笑いが浮かんでくる。


 仲間たちも揃いも揃って、しけた面だ。それもこれも、みんなあのガキが悪い。


「討伐隊、戻ってきたみたいだな……」


 ポツリとドルフが呟いた。


 討伐隊が出発したのが昨日のこと。奴らはその日のうちに戻ってきた。


 作戦は成功したらしい。邪教徒は全員捕縛、しかも討伐隊に死者はいないという話だ。それが事実ならば、確かに大勝利と言えるだろう。


 這々の体で逃げ出したという前回と打って変わって、鮮やかすぎると言ってもいいほどの戦果だ。適当なホラかとも思った。


 だが、衛兵の連中が邪教徒らしき奴らを引き渡しているのをこの目で見た。討伐隊に参加した奴らの顔も明るい。多少は盛ってるんだろうが、概ね事実だと認めざるを得ない。


 っち、想定外だぜ……!


 まさか、ここまで一方的な展開になるとは思わなかった。討伐隊の実力を見誤ってしまったか。あんなガキにいいように利用されているのだから、無能集団に違いないと思ったんだがな。


「おい、噂はどうなってる?」


 俺は重苦しい沈黙を破って尋ねた。だが、仲間たちの表情は変わらない。いや、一層苦々しくなった。


「駄目だな」


 言葉少なにベンが首を横に振る。


 俺たちはあのガキ――ロイが邪教徒だという噂を広めた。それを奴は自身が討伐隊に参加することで払拭しようとしているらしい。だから、俺たちは追加で噂を流したのだ。ロイは邪教徒の仲間で、討伐隊を内部から混乱させようとしているってな。


 邪教徒討伐が失敗していれば、いやそうでなくとも討伐隊にも被害が大きければ影響はあったはずだ。だが、これほど鮮やかに勝たれては噂の信憑性も薄れる。戻ってきた討伐隊の奴らが何故かロイを絶賛しているのも良くない。強引に噂を流そうとすれば、逆に俺たちが白い目で見られることになるだろう。なにもかもがうまくいっていない。


 そこで、ザクが口を開いた。


「あの噂だが、妙なことになってるぞ」

「妙なことって何だよ」

「俺たちの噂が変な風にねじ曲がった結果なんだろうが……あのロイって奴、アライグマの神の使徒ということになってるらしい」


 重苦しい雰囲気を和らげようというのか、ザクが口にしたのは荒唐無稽な話だった。馬鹿馬鹿しいと思ったが、仕方なく、少しだけ付き合ってやることにする。


「なんだそりゃ」

「いや、知らねぇよ。俺の聞いた話だと、邪教徒が眷属を操って悪魔に仕立て上げようとしていたので、アライグマの神が激怒して使徒を遣わせたとかなんとか」


 意味がわからん。そもそも、アライグマの神とはなんだ。そんな神、聞いたこともない。


 すると、ドルフも言った。


「俺は別の話を聞いた。アイツはネズミの神の使徒なんだと。神の権能を使い、あらゆるネズミを超強化できるらしい」


 アライグマの次はネズミか。どうなっているんだ。


「馬鹿馬鹿しい」


 堪えきれず吐き捨てる。そんな噂などどうでもいいんだ。とにかく、あのガキに痛い目を見せてやらないと気が済まない。


 再び、重々しい空気が場を支配する。そこに怪しげな風体の男がふらりと現れ、声をかけてきた。


「先ほどから、なかなか興味深い話をしていますね」

「なんだ、お前」


 睨みつけても男は気にした様子もない。それにしても、こんな男、店にいただろうか。年齢は若くも見えるし、年老いても見える。容姿はごくごく平凡だが、その割に不思議と惹きつけられるものを感じる。


「俺たちに何の用だ?」

「まぁまぁ。いいじゃないですか。少し話を聞かせてくださいよ」


 男は隣のテーブルから椅子を拝借すると、俺たちの許可を得ることなく同じテーブルにつく。気がつけば、俺たちは聞かれるままに、ロイとの因縁や知り得る限りの情報を話していた。


「なるほどなるほど」


 話の間、男は軽く相槌を打つだけだった。しばらくすると、十分に満足したのか、にんまりと笑う。


「それは辛い想いをしましたね。どうやら、そのロイという少年は本物の使徒のようだ」


 男の言葉を俺は鼻で笑う。


「アライグマの神の使徒か?」


 もちろん冗談だ。しかし、男はニコリともせず、首を横に振った。


「いや、そうではないですよ。ともかく、その彼は神の力を利用しているのです。だから、今のままの君たちでは――彼には勝てない」

「なんだと!」


 俺は男に掴みかかろうとした。だが、男はするりと躱して、笑う。


「今のままでは、と言いましたよ。どうしょうか。私なら、君たちに力を授けることができると思いますが」

「力を……授かる?」


 思わず、俺たちは顔を見合わせた。


 怪しい言葉だ。だが、何故か抗えない魅力を感じる。


「力を……」

「そうです! その力を使いこなせれば、きっとその彼すら打ち負かすことができるでしょう」

「あのガキを……打ち負かす」


 気づけば、俺は頷いていた。男は満足そうに頷くと――――





「あれ?」


 唐突にドルフが言った。何か不審なことでもあったのか、キョロキョロと周囲を見ている。


「何だ?」


 俺が問いかけると、ドルフは首を傾げながら答える。


「今、他に誰かいなかったか? すぐ隣に。ほら、この椅子!」


 たしかに、ドルフの隣には不自然に椅子が置かれている。こんなもの、ここにあっただろうか。テーブルに備え付けの椅子は4脚……1つ多いことになるが。


「それ、あっちのだな。おおかた、誰かが蹴っ飛ばしたんだろ」


 ザクが隣のテーブルを指差す。椅子の数が1つ少ないので、そちらの椅子なのは間違いないだろう。


「なんだ。そうか」


 ザクの言葉で、ドルフは納得したらしい。だが、俺は何かが引っかかった。


 今は無人の椅子。だが、そこに誰かが座っていたような気がする。しかし、いったい誰が?

 

「気のせい……か」


 どれほど記憶をさらおうと、そこにいた誰かのことは思い出せない。結局、俺は些細な違和感を無視することにした。

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