13. 幸せになれる粉作り
僕は暗い部屋で粉を作っていた。
「イヒヒ、イヒヒヒヒ!」
愉快だ。愉快だなぁ。この粉ができれば、みんな幸せになれるはずだ。イヒヒヒ、楽しいなぁ。
「ロイ……?」
「あっ、ごめん……起こしちゃった?」
つい気分が盛り上がって、イヒヒ笑いをしていたら、ルクスを起こしちゃったみたい。
「もー、あさー?」
「みゅぁー……」
それどころか、ライナとレイネまで目を覚ましちゃった。空が白んできてるけど、起きるにはまだ早い時間だ。迷惑かけちゃったかな。
「まぁ、もう起きてもいい時間だろ。それより、お前はいったい何をしてたんだ?」
朝に強いルクスは、起きたばかりなのにもう普段通りだ。呆れた様子で僕を見ている。
「何って……幸せになれる粉を作ってるんだけど?」
「なんだよ、その怪しい粉は。潰してるのは、モルックの実だよな」
ルクスの指摘通り、僕が潰しているのは殻をむいて灰汁抜きしたモルックの実。昨日のキノコ狩りで、拾った収穫物の一つだ。モルックの実は分かりやすく言うと、この世界のでっかいドングリだね。
ドングリ粉は別に珍しいものじゃない。でも、この粉は特別製なのです!
「イヒヒヒ、この粉は凄いよ……ヒヒヒ!」
「それだ! 俺が聞きたいのはその笑い声! いったいどうした?」
ルクスが気にしてたのは粉じゃなくって笑い声のほうか。いや、別に深い意味はないんだけど。
「強いて言えば……雰囲気を出すため?」
「いや、いらないだろ、そんなもの。双子が真似するからやめなさい」
「イヒヒー、イヒヒー」
「イヒヒヒー!」
「……確かに」
妙な笑い声を上げながらはしゃぐ二人を見て、僕は反省した。客観的に見ると危ない人だ。ライナとレイネがやる分には可愛らしい気もするけど、余所でやられても困る。
「で、なんでモルック粉なんか作り始めたんだ?」
「ふふふ、違うよ、ルクス! これはただのモルック粉にあらず! 特別なモルック粉なのです!」
へへんと胸を張ってみせると、ルクスもニヤリと笑う。
「つまり、何かの因子を使ってると?」
「その通り!」
僕は潰す前のモルックの実に3つの因子を付与した。“甘味アップ(Lv2)”、“バランス栄養食”、“脆い(Lv2)”だ。“脆い”は潰しやすくするためだから除外するとして、残る2つの因子によって、モルックの粉は劇的に変化する! ……たぶんね。
「甘くて栄養になる粉か」
「うん。調味料代わりに使えないかなって」
「へぇ。それはいいな」
ルクスが嬉しそうに笑う。スラム暮らしじゃ、調味料もなかなか手に入らないからね。生きるのに必須の塩ですら貴重品だ。ましてや、砂糖なんて手が届くはずもない。
そこで、このモルック粉が活躍するってわけ。今の時期ならモルックの実は手軽に拾えるし、ライナとレイネのおかげで必要な因子は無限に増やせる。砂糖の代用品として使えるんじゃないかって思うんだよね。
「甘いのー?」
「おいしー?」
甘いという言葉を聞きつけたライナとレイネがピタリと僕に張り付いた。目がキラキラと輝いてる。甘いものなんて滅多に食べられないからね。
「甘いはずだよ。朝ご飯に使ってみようか」
「やったあ!」
「食べるー!」
「まぁ、試すにはちょうどいいな」
というわけで、早速食べて見ることに。ご飯を食べるにはまだ早い時間だけど、好奇心には勝てないからね!
今日の朝食はいつ焼いたのかも分からないカチカチの黒パン。昨日、街の宿屋で残飯を漁っていたらもらえた。スラムの住人に厳しい目を向ける人は多いけど、時々はこうやって食べ物をくれる人もいるんだ。宿屋のおじさんは洗濯の仕事もくれるし、僕らの生命線だ。無愛想だけど、優しい人なんだよね。
「では、粉をかけまして」
「「かけたー」」
「こんなもんかな」
「いただきます!」
特製モルック粉をまぶしたパンに齧り付く……やっぱり、堅いなぁ。“脆い”を付与しとこう。因子なら粉から移し替えればいい。うん、これなら噛めるぞ。
モルック粉は……うーん期待したほどではないかな。甘いは甘いんだけど、ちょっと控えめな感じ。砂糖の代用品と考えたら物足りない。
でも、僕以外には好評だ。
「あまーい!」
「あままー」
「これはいいな!」
ライナとレイネはニコニコの笑顔でパンをモグモグしてる。ルクスだって、負けてない。普段はしっかりしてるけど、こういうところは年相応だね。
まぁそうか。みんなは砂糖を食べる機会なんてないから、甘さに慣れていないんだ。
僕だってそれは同じはずなんだけどね。それでも物足りなく感じちゃうのは、前世の記憶のせいでもっと甘味の強いものを知ってしまってるからだろうなぁ。便利な知識が得られるのはいいんだけど、こういうときは少し残念だね。
ま、何にせよ、これで少しは食生活も豊かになりそう。できれば、それ以外も豊かにしたいところだけど……そのために必要なのはお金だ。
「ねぇ、ルクス。これ、売れないかな?」
「この粉か? うーん……売れなくはないと思うけど、伝手がないとな……」
「やっぱり、そうなるよね」
砂糖の代用品としては物足りないけど、貴重な甘味だ。安く卸せば需要はあるはず。だけど、僕らがスラムの子どもってことが壁になる。普通の商人は信用のない相手とは取引しないんだ。買い取ったものが盗品だったとか、トラブルになりやすいから、当然の防衛意識だとは思うけどね。でも、僕らにとっては困ったことだ。
「まぁ、世話になってる人たちに話を聞いてもらってもいいんじゃないか?」
「そうだね!」
宿屋のおじさんなら、買い取ってくれるかも。そうでなくても意見は聞きたいよね。
「今日も宿屋に行ってみない?」
「ああ、いいぞ――って、モルック粉はどこに消えたんだ!?」
今日の方針が決まり、食事を再開しようとしたルクスが叫んだ。僕も慌てて、モルック粉を入れていたはずの器を見る。そこにあったはずの粉は綺麗に消え去っていた。
「ライナが食べてたー」
「レイネも食べたでしょー!」
「おしゃべりしてるからだよー」
「ねー」
「まだ一振りしかかけてなかったのに……」
ルクスががっくりと項垂れる。こんな姿を見るのは珍しいね。それだけ気に入ってくれたのなら、作った甲斐があったよ。




