133. 導師の誤算
「おお、導師様!」
「導師様がいらっしゃったぞ!」
男の登場で、邪教徒たちの士気が俄かに上がる。導師っていうのは、組織の階級かな? やっぱり、邪教徒の中では立場のある人みたい。
「みな、落ち着いて対応なさい。悪魔レグザルより授かった兵器があれば、叡智を理解せぬ愚物どもなど物の数ではありません。さあ、無敵兵器たちよ、侵入者たちを殲滅せよ!」
両手を掲げて、導師が大げさに宣言する。お芝居みたいな仕草だけど、意味のない行動ではなかったみたい。ロボット……導師が言う無敵兵器の稼働音が激しくなったんだ。
「うおっ!? なんだ!」
「気をつけろ! パワーが上がっているぞ!」
ロボットと戦っていた冒険者の一人が驚きの声をあげ、別の一人が警告を発する。その言葉通り、ロボットはパワーアップしたみたい。力だけじゃなくて、動きも機敏だ。
「ははは! 無駄だ、無駄だよ。人の身で抗える力ではない。3号よ、そのまま押しつぶしてしまえ!」
導師の指示で、ロボットの一体がさらに出力を上げた。掴みかからんとするその手を冒険者が武器で必死に押しのけようとする。
「ぐ……ぐぐ……これはしんどいぜ!」
さすがはロボット。“力自慢”が付与されていても、対抗するのは厳しいみたい。狙われた冒険者はいなすような形でどうにか攻撃を逃れ、肩で息をしている。その攻防を見た導師は……ポカンと口を開けて呆けるいる。
「あ、いや、しんどいでどうにかなるような力ではないはずなんだが……故障か?」
よほどロボットの性能に自信があるのか、冒険者の力で真っ当に抵抗したとは思っていないみたい。故障を疑っている。
「ぐわっ!」
別の場所では、衛兵隊の一人がロボットの攻撃を受けてしまったみたい。衝撃を受けた体が宙を舞う。それを見て導師はにんまり笑う。
「ふふふ、そうだ……そうです。無敵兵器の力を以てすれば、侵入者の迎撃など容易いのです。さあ――――あ?」
勝ち誇るような宣言は途中で途切れることになる。なぜなら、勢いよく飛んだ衛兵さんが平然と立ち上がったからだ。
「ふぅ。危なかった! さすがに肝が冷えたな!」
「おい、油断するなよ!」
「ははは。いつもより体が良く動くから、ついな! 気をつける!」
さらに、何事もなかったかのように戦線に復帰。実際、負傷の影響はまったくなさそうだ。“頑強”や“溢れる生命力”が効いてる証拠だね。
事情を知ってる僕らからすれば不思議なことでもないけど、導師にとってはそうではない。少しパニックになりながら、導師が叫ぶ。
「なっ!? 何故だ! 何故、あの攻撃に耐えられる!? ……そうだ! 無敵兵器よ、光の矢を放て!」
光の矢と聞いてイメージするのはレーザー攻撃だ。同じことを思ったのか、トールさんが叫ぶ。
「例のが来るぞ! 光の盾を展開しろ!」
光の盾は、リックに用意してもらったエネルギーシールドだ。大元のシステムはリックが管理しているけど、端末は衛兵や冒険者の一部が所持して、自身の前方に展開できるようになっている。全員分はないけど、端末がない人も展開した盾の後ろに回れば身を守れるってわけ。
予想通り、ロボットの頭部から眩い光が射出された。しかし、盾の展開が間に合ったので被害はゼロ。エネルギーシールドはしっかりとその役目を果たしたみたい。リックと視線を交わして成功を喜ぶ。
さて、ここまでは上手く対応できている。けど、ロボットの存在は予想外だったし、そのせいで少し苦戦中だ。ここは僕らも支援したほうがいいかも。
「みんなも手伝ってあげて」
「チュウ!」
僕が呼びかけると、ビネがアライグマ隊に指示を出す。どうやら、半数がリックの護衛のために残り、残り半分が戦いに参加するみたい。ビネは護衛のつもりなのか、僕の頭の上で戦いの行方を見守るようだ。
『きみたち! 水を使うならアレの中を水浸しにしてみて! 』
「「「きゅう!」」」
アライグマ隊にリックからアドバイスが飛ぶ。ロボットが単純な機械なら、浸水に弱いかもってことかな。
あちこちに散ったアライグマ隊が、それぞれ「きゅう!」という掛け声とともに魔法を放つ。一見するとただの泡を飛ばしているだけみたいに見える。被害は小さいと見たのか、ロボットたちは積極的に避けもしない。だけど、それが失敗だった。彼女たちの魔法の腕を見くびっちゃいけない。弾けた泡は水になる。その水を操って、機械の隙間から内部に侵入させているみたいだ。
「お、なんだ?」
「ナイスアシスト!」
「何か知らんが、チャンスだな!」
リックの狙いは当たったみたい。ロボットの動きがおかしくなってきた。完全に止まるようなことはなかったけど、動作が不安定になって、動きが鈍くなっている。
「……その姿! まさか、お前たちも悪魔の力を!?」
アライグマ隊の関与に気がついた導師が慌てふためいた様子で叫ぶ。見た目が見た目なので、そういう誤解は仕方がない。けれど、当のアライグマたちにとっては何を言ってるのかさっぱりだ。
「「「きゅう?」」」
「……ただのバブルウォッシャーみたいだな。いや、ただのか?」
導師が混乱している。そのタイミングで、ガツンと大きな音が響いた。
「ははっ! 切り飛ばしてやったぜ!」
「やるじゃないか、オード!」
オードさんが大剣をフルスイングして、ロボットの腕を切り飛ばしたみたい。冒険者や衛兵隊たちは大盛り上がりだ。
「なっ……馬鹿な!?」
一方、邪教徒側の士気は下がる。ロボットは変わらず戦意旺盛だけど、人間はそうもいかないからね。邪教徒たちは明らかに怯んでいる。
「導師様! ここは危険です! お逃げください!」
「馬鹿な! 無敵兵器をこの数揃えて負けるなんてありえない! ここで逃げたら私の立場が!」
邪教徒の一人が進言するけど、導師はきっぱりと拒否する。だけど虚勢なのは明らかだった。だって、顔色が真っ青だもの。
「オードに負けるか!」
「やれー!」
「でっかいだけの人形なんて怖くねぇぞ!」
勢いづいた討伐隊が攻勢に出る。追加で何体かのロボットが破壊された。トールさんなんて、光を帯びた剣で真っ二つだ。
そうなるとさすがに虚勢も張れなくなったみたい。
「くっ……仕方がありませんね! ここは明日の勝利のため、一旦退きましょう!」
「そうはさせない!」
しかし、それを見逃さないのがトールさんだ。剣からビームを射出して、導師を狙い撃つ。
「ぬわぁ!?」
「っち!」
狙いは正確だった。けれど、導師は生きている。ビームが当たる直前、光り輝く壁に阻まれてしまったんだ。それを成したのは――――
「おお、悪魔レグザルよ。助かりました」
「危ないところだったな、導師ホーテンス。また討伐隊とやらか?」
「そのようです」
導師が安堵の表情で呟く。どうやら、悪魔の助けを得て生き延びたみたい。
暗がりから悪魔レグザルと呼ばれた者が姿を現す。その外見はまるでアライグマだ。やっぱり、リックの同郷人なんだろうね。




