131. 噂の発生源
4日間の移動を経て、ようやく邪教徒のアジトから一番近い街に到着した。ラーベルラという名前で、ブルスデンと同じくらい大きな街だ。
明日はいよいよアジトに向かう。その前に英気を養うという名目で、今日は休暇になった。自由行動で戦いに備えようというわけだね。まぁ、衛兵隊のほうは最後の準備があったりと忙しいみたいで、休暇なのは冒険者たちだけだけど。
僕は特に用事もないので、オードさんたちと一緒に行動することにした。知らない街だし、一人で行動しないようにとキースさんにも言われているんだ。
ごく普通の街だし、別に危険はないと思うけどね。あれ、そうじゃなくて、僕がトラブルを起こすと思われてる……? いやいや、まさかね。
「どこか行きたいところはあるか?」
「特にはないよ。初めてくる街だし、こうして見てるだけで面白いね」
キョロキョロしながら答えると笑われた。
「はははは、そうしてると普通の子供みたいだな」
「本当ですわね」
オードさんは遠慮なく声をあげ、エリザさんは微笑ましいといった感じ。イリスさんとルーグさんは何も言わないけど、やっぱり笑顔だ。
「だって、普通の子供だからね」
少し不満げに言うと、なぜかどっとウケた。いや、おかしいでしょ。
「チュウ?」
『うーん?』
ビネとリックまで首を捻ってる。それは、笑われたことに対してだよね? 僕が“普通の子供”って言ったことに対してじゃないよね?
目的地を定めず歩いていたら、冒険者ギルドが目の前にあった。せっかくなので、寄っていくことに。
「よその街のギルドか。どんな風になってるのかな? ちょっとワクワクするね。」
「あはは、どこも同じだよ」
イリスさんに笑われながら、ギルドに足を向ける。
「リック。わかってると思うけど、喋らないようにしてね」
『うん。わかってるよ』
僕が注意すると、リックは小さく答えた。ここは邪教徒の拠点に近い。アライグマ風悪魔の噂も広まっているだろうし、誤解されないようにしておかないとね。
「へぇ。本当に似たような作りなんだね」
「そうですね。街の規模にもよりますが、基本的には求められる設備は変わらないですからね」
ギルドはブルスデンと同じく賑わっている。中の印象もブルスデンとほとんど変わらない。イリスさんの言う通りだったね。ルーグさんが補足するように説明してくれる。必要な設備が同じなら、作りも似てくるってことだね。もちろん、細かいところに違いはあるけど。
そんな中、大きな声が聞こえた。
「ロイ区長が邪教徒? ははは、ブルスデンの冒険者でそんな噂信じるヤツはいねぇよ!」
何となく聞き覚えのある声だ。誰だったかなと思っていたら、オードさんが名前を挙げた。
「ヘルトンのやつだな」
ああ、たしかに。ヘルトンさんはブルスデンの冒険者で、今回の邪教徒討伐にも同行している一人だ。ここ一年くらいで移動してきたから、ブルスデンでは比較的新顔だけど、オードさんとのつながりで僕も多少交流がある。
「気になることを言っていましたね」
「そうですわね」
ルーグさんとエリザさんが指摘したのは、僕の名前と邪教徒の噂のことだろうね。邪教徒のアジトに近いこの街にも噂は流れているみたいだ。
ちょっと憂鬱になるけど、どうせなら直接話を聞いてみたい。そう思って、併設の酒場に移動する。
声の主はやっぱりヘルトンだった。そして、一緒にいる冒険者たちにも見覚えがある。かつてトラブルになったことがある彼ら……ターブルたちだ。
「おお、ロイ区長か! ちょうどいいところに――」
ヘルトンさんがこちらに気づいて、笑いながら状況を説明しようとする。けれど、すぐに不穏な空気に気づいたみたい。言葉を止めて、訝しそうな顔で僕らとターブルたちを見比べた。
「なるほど……」
そして、渋い顔で頷く。
僕も、そしてたぶんオードさんたちも察しがついた。きっと、僕が邪教徒だって噂の出元はターブルたちだ。
「お前たち……」
問い詰めようとしたのか、オードさんが一歩前に出る。だけど、その前にターブルが僕に向かって怒鳴る。
「お前……どういうことだよ? お前が区長? スラムの子がそんなものになれるわけないだろ! きっと邪教で領主をたぶらかしたんだ!」
ターブルの声に、酒場の他の客たちも注目し始める。僕は慌てて周囲を見回した。幸い、まだそれほど多くの人が聞いているわけではない。
「そんな無責任な噂を広めるべきじゃないな。邪教にたぶらかされているなんて嫌疑をかけられたら、貴族としては風聞が良くないからな。面子にかけて、デマを流布している人間を排除しようとすると思うぞ?」
ヘルトンが諭すように言う。その言葉を聞いて怯えたのはターブルよりも仲間たちだ。
「ターブル……さすがにマズイんじゃないか?」
「俺たちまで捕まるかもしれないぞ」
ドルフとザクが不安そうに呟く。ベンは黙ったまま、落ち着かない様子で周囲を見回している。
ターブルも、ようやく自分の発言の重大さに気づいたようだ。顔を青くして、逃げるように席を立つ。
「っち! 覚えてろよ!」
「あ! お前ら、逃げるな!」
捨て台詞を残して、ターブルたちは酒場から出て行く。オードさんが追おうとするけど、それは僕が止めた。
「いいよ、放っておこう」
「だが、あいつらはろくでもないぞ」
「そうだね。でも、今は邪教徒討伐を優先しよう。どのみち、噂は払拭しないといけないし」
発生源を断ったところで、すでに広まった噂が収まることはない。逆に、僕が邪教徒ではないという確固とした証明ができれば、誰もターブルの話に耳を貸すことはなくなるはずだ。
もちろん、ギルドにはターブルたちのことを報告しておく。そこそこランクの高いオードさんやヘルトンさんが証人として話してくれたから、すんなり聞いてもらえた。ギルドも巻き込まれたくはないから、きちんと対処してくれるはずだ。




