116. 高コスト化キャンセル技
「へー、こんなので布が作れるんだー」
「不思議ですねぇ」
キャルさんとカトレアさんが、マテリアルデュプリケーターをしげしげと観察する。見た目は金属の箱だからね。これで布を量産できるというのが信じられないみたい。まぁ、僕だって仕組みは理解できないんだけど。何度か見せてもらったけど、今でも不思議だ。
「作るというか複製なんですけどね。複製元の登録が必要なので、最初のひとつが必要なんです」
「うんうん。ちゃんと持ってきたよー」
キャルさんがくるっと筒状に丸まった布地を掲げて見せる。マテリアルデュプリケーターを使わせてもらえると聞いてから、取りに戻ってもらったんだよね。
エネルギー源となる魔石も商会を通して確保してあるよ。まずはお試しだから、それほど数はないけど。
「じゃあ、リック」
『オッケー。これを複製するんだね』
キャルさんから布地を受け取って、そのままリックに手渡す。リックはそれを金属の箱に押し込んだ。ずぷりと沈むように布束が消える。
「おー、消えた」
「消えましたね……」
『登録完了だよ。あとは魔石をセットして……複製スタート!』
ワクワク顔のキャルさんと、驚くカトレアさん。そんな二人にニコッと笑いかけて、リックがデュプリケーターのスイッチを入れた。
ゴウンゴウンと音を立て、箱が揺れる。しばらくすると、さっき見たのと同じ布束が箱から出てきた。
『はい完了……って、あれ? 思ったよりもエネルギー使用量が激しいな』
狙い通り、複製はできた。けれど、ただの布にしては、エネルギー消費が激しいみたい。下手したら、エネルギーシールドや宇宙船の修理に必要なアラグリウムを複製するよりも高コストなんだって。そうなると、さすがに量産性に問題がある。
『普通の布なんだよね?』
「そうだと思うけど……」
神殿服屋で取り扱っている布地だ。キャルさんたちは庶民にも手が届くように安価で服を提供しているから、素材となる布地も特殊な物は使っていないはず。
だけど、僕の予想は外れた。キャルさんはこてんと首を傾げ、カトレアさんはやれやれと首を振っている。
「ふつーでは、ないと思うけどー?」
「そうですね。それはロイ様が一番ご存知では?」
僕が知ってる?
一瞬、何のことだろうと思ったけど、すぐに思い至った。
「ああ、因子か。たしかに、普通の布とは違うね」
キャルさんのお店で扱う布には僕が定期的に因子付与をしている。付与する因子は布のグレードにもよるけど、多くの場合はこんな感じ。
・頑丈(Lv10)
・打撃耐性(Lv10)
・高品質(Lv10)
・滑らかな質感
・自浄作用(Lv10)
・洗浄力アップ(Lv10)
たしかに、普通の布とは言えないかな。
複製された布の因子を確認してみると、因子ごとコピーされていた。たぶん、これがエネルギー増加の原因だろうね。
というわけで、今度は因子を減らして試してみた。勝手に汚れが落ちる不思議機能が高コスト化の原因と思って、それらを排除。ついでに“打撃耐性”もカットして因子を半分にした。残った因子は3つ。
・頑丈(Lv10)
・高品質(Lv10)
・滑らかな質感
「どう?」
『うん。必要エネルギーはかなり減ったよ。普通の布と比べるとまだまだ高コストだけどね』
今度は現実的なエネルギー消費だったみたい。とはいえ、量産化を考えるとまだ高コストだ。
「どうします?」
「うーん。最悪、因子はなくてもいいけどねー」
「しかし、今より品質が明らかに落ちますよ」
以前は僕の因子なしで服を作っていたのだから、それでも構わないとキャルさんは考えているみたいだ。ただ、一旦上がったクオリティを下げるとなると反発が予想される。カトレアさんはそれを懸念しているようだ。
まぁ、普通の布に、後から僕が因子を付与するという形でもいいんだけどね。ただ、量産となると作業量が増えるからなぁ。因子が付与されたままで量産できるならそのほうがいい。
「あ、そうだ」
ちょっと思いついたことがあって、因子を組み替えてみた。
「リック。これを登録してみてよ」
『構わないよ。これは因子を省いたヤツ?』
「ちょっと違うんだけど、まぁ見た目は同じかも」
『ふーん?』
見た目が貧相なのは、反転加工した因子を追加してあるからなんだよね。
・頑丈(Lv10)
・高品質(Lv10)
・滑らかな質感
・頑丈(Lv10)〈反転〉〈時限〉
・高品質(Lv10)〈反転〉〈時限〉
・滑らかな質感〈反転〉〈時限〉
元の因子を打ち消す形だ。ついでに、時限加工もつけてるから時間経過で反転のほうの因子は消えるってわけ。
意図を説明してから、再び複製処理に入る。結果は……
『うん! 必要エネルギーはかなり少ないよ! たぶん、普通の布と同じくらいだ!』
「よし!」
狙いはうまくいった。因子もそのままコピーされてるから、時間が経てば反転因子は消えるはず。今回は待つのが面倒なので、僕が因子操作で削除する。すると、布クオリティが一気に変化した。
『おお、凄いね!』
「さーすが、ロイ君!」
「これなら問題なさそうですね」
この結果には、キャルさんもカトレアさんも大喜びだ。
……ところで、僕、とんでもないことを思いついてしまったかもしれない。




