114. 珍しいお客さん
サーカスの興行は続いているけど、さすがにお客さんの数は落ち着いてきた。とはいえ、今でも満席に近い客入りなんだけどね。予定ではそろそろ興行回数を減らしていこうかってことになっていたけど、もう少し様子を見ることになった。
そんな状況でもお仕事はある……というか、人の出入りが激しくなったからこそ、仕事が増えるんだよね。実務は行政官の人たちがやってくれるけど、方針なんかは僕が決めないといけない。だから、それなりに忙しいんだ。
そんなわけで、今日もいつも通り、午前中は執務室に詰めている。そしたら、ゴードンがやってきて、僕に来客を告げた。
「面会要請? 珍しいね」
「当区はほとんどが商会の従業員ですからね」
僕の言葉にゴードンさんが苦笑いで頷く。元スラムの住人は、ロルレビラ商会で雇っているから、何かあれば商会経由で話が上がってくる。小さな用事なら、普通に街を歩いてるときに話してくれるしね。
商会関係者でないのは、ごく一部だ。冒険者として活動している住人と、あとはゴードンさんを初めとした行政官の人たちかな。行政官の人は仕事で執務室にくることも多いけど、わざわざ“面会”なんて言い方はしない。冒険者も区長としての僕に用事があるとは思えないけど……。
「要請は誰から?」
「神殿服屋のキャルルム店長とカトレア様からです」
「ああ、なるほどね」
キャルさんたちか。彼女たちは特区に住んでるわけじゃないけど、店舗を出してるから関係者ではある。面会があってもおかしくはないね。
とはいえ、普段から服屋には顔を出してるんだけどな。わざわざ、面会にくるってことは、重要な話なのかな?
「わかりました。二人は?」
「応接室にお通ししましたよ」
「ありがとうございます。すぐに行きます」
取り急ぎやらなきゃいけないこともないので、面会を優先することにして応接室へと向かう。ノックして部屋に入ると、二人はくつろいだ様子でソファに座っていた。
「お待たせしました」
「ぜーんぜん待ってないよー。すぐ来てくれてありがとー」
「お忙しいところ、すみません」
キャルさんがパタパタと手を振り、カトレアさんが律儀に頭を下げる。それを見て、僕も対面に腰を下ろした。
「お二人がここに来るのは珍しいですね」
服屋を出店するときも道端で会話した流れですませたのに。
「いやさー。カトリンがちゃんとやりなさいっていうからー」
「今回は区の支援をお願いしたいという話ですからね。筋を通さなければ」
ははぁ。ここに来たのはカトレアさんの意向か。たしかに、そのほうがらしいね。
でも、“区の支援”が必要なの? キャルさんのお店は順調って聞いてるけどなぁ。
「どういうことです?」
「えーと……カトリン、お願い」
「では、経緯から説明しますね」
なんでも、最近になって、キャルさんたちはとある行商人と知り合ったんだって。その行商人は、キャルさんの服に惚れ込み、商品として取り扱いたいと打診。だけど、キャルさんにはこだわりがあった。庶民の手が届かないような値段にはしないという条件を飲めるならと交渉したらしい。行商人もキャルさんの理念に共感し、契約を結んだそうだ。
「そうなんですね! じゃあ、これからは他の街にも?」
「そーゆーこと。でも、それで、この街に卸す服が減っちゃうと問題でしょー?」
キャルさんが神妙な顔で話す。問題というか、困るのは事実だ。キャルさんが提供してくれる安くて質の良い服のおかげで、特区の住人はだいぶ助かってる。別の区でも愛用者は多いだろうし、供給量が減ったらちょっとした騒ぎになるかもしれない。
「たしかに、そうですね」
「そこで支援をお願いしたいのです」
カトレアさんの望む支援とは布地の安定供給のことだった。恩寵で得た道具を利用するので、キャルさんの服作製速度はかなり早い。量産するときにネックとなるのは、作製速度よりも材料の確保なんだって。
「独自の伝手もありますが、他の街にまで手を広げるとなりますと、とても足りません」
「とゆーわけで、ロイ君に助けてもらおうと思ったんだ」
「もちろん、ロイ様にもメリットはあります」
カトレアさんから提示されたのは、特区向けに一定量の服を確保してくれるという約束。今までは、なあなあでやっていたことを明確にした形だ。特区の住人もキャルさんの服にすっかり馴染んだし、今さら低品質な服には戻れない。安定供給が約束されるのは素直にありがたいよね。
「さらには、街の発展にも寄与できるかと」
カトレアさん曰く、他の街まで出回るようになればキャルブランドは一気に人気が出るだろうとのこと。そして、そのブランド服が一番流通しているのが、この特区ということになる。いわば、ファッションの聖地だ。
まぁ、今はまだそこまでじゃないけど、本店が特区にある――いつの間にか、神殿じゃなくて特区のお店が本店になってた。いや、あっちは神殿だから当たり前なのかな?――ので、ゆくゆくはそういう形にしたいことらしい。
ファッションを娯楽と言っていいのかはわからないけど、人の興味をかき立てることには違いない。街を発展させる一助となるとカトレアさんは力説する。
「なるほど。たしかに」
そもそも、今までもかなり無理を聞いてもらっているから、その恩を返すという意味でも協力はしたい。区の発展にもつながるというならなおさらだ。
とはいえ、布地の安定供給か。商会を通して買い付けることはできるけど、それもなかなか難しい。まとめ買いで安くなるどころか、足元を見られて高額を要求されるかもしれないんだよね。そもそも、紡績業が発達してないから、布って結構な高級品なんだ。
「わかりました。何とかできるかわかりませんが、知り合いに相談してみます」
少し考えたあと、僕は頷いた。僕には妙案は思い浮かばないけど、彼なら何とかできるかもしれない。




