108. 神殿服屋と交渉(商人視点)
神殿服屋とやらは、特区の大通りに面して一等地に店を構えていた。人目を引くためか、カラフルな布で飾り付けられているが、それ以外に変わったところはない。なぜ、神殿服屋などという名前なのかは謎だ。
店の壁面は全て棚になっており、ところ狭しと畳まれた布が置かれている。どうやらオーダーメイドではなく、既製品を販売する店のようだ。それならば、交渉の余地はあるだろう。
店の中央には、いくつかの像が置かれている。その像に服を着せることで、商品をアピールしているようだ。なかなかおもしろい展示方式だな。
「いらっしゃいませ。新しい服をお求め……というわけでもないようですね?」
まずは商品をチェックしようと、あちこちの棚を見ていたら、店の者に声を掛けられた。店長だろうか。どことなく高貴さを漂わせる若い女性だった。私よりもかなり年下だと思うが、不思議と気圧されるような感覚がある。
とはいえ、私も熟練の商人。ここで怯んではいられない。腹に力を込めつつ、顔は笑顔で応対する。
「ははは……わかりますか。私は行商を生業としていまして。こちらの住人のかたが珍しい服を着ているようでしたから、興味を持ちまして」
「なるほど。それでどうですか? あなたのお眼鏡にかないましたか?」
言葉とは裏腹に鋭い眼光。試されていると感じた私は、心の中で背筋を伸ばす。
若いと侮ってはいけない。あくまで謙虚にいこう。
「……私に服飾を評価するようなセンスはありません。しかし、上質な仕立てであることはわかります。値段次第ではありますが、ぜひ仕入れたいなと」
「そうですか……」
女性は微かに目を細めた。威圧感は和らいだが、代わりに値踏みされているような気配がある。それでも笑みを浮かべたままでいると、女性が頷いた。
「いいでしょう。実際にお売りするかどうかはともかく、店長に紹介しましょう」
この女性は店長ではなかったらしい。だが、商談成立の一歩は踏み出せたようだ。
女性の案内で応接間に通される。しばらく待っていると、彼女が別の女性を連れてきた。やはり珍しい服装をしている。
「やぁやぁ、あーしが店長のキャルルムだよ。よろしくね」
「これはどうも。私はこの近辺を渡り歩いております行商のウルバンと申します」
「私はカトレアです。一応は副店長という肩書ですが、店長の補佐だと思っていただければ」
店長はかなり親しみやすい雰囲気だ。これが熟練の商人ならば表面上のものと疑うところだが、彼女の場合は素だろう。だからこそ、補佐役のカトレア女史が厳しめの態度で相手を見極めるのだろう。悪くないコンビだ。
「ええと、ウルバンさんは、あーしの作る服に興味を持ってくれたんだって」
「なんと! こちらの服は店長さんが?」
「そーそー。新しい子も育ててるところだけど、今のところ、ほとんどはあーしだね」
なるほど。店長を兼任しているが、本質は服飾職人なのか。職人には、物作り以外のことに興味が薄く、店の経営に向かないものも多い。方針はキャルルム店長が決めて、それをカトレア女史が形にするという役割分担だろう。
「そうなると、数は作れませんよね?」
「いーや、そんなことはないよー。オーダーメイドほど作るのに時間はかからないからね。それに作り慣れてるから」
行商として売り歩くなら数がいる。一人で制作しているなら商品確保の点で問題があると思ったが、本人曰くそうでもないらしい。そう言われてみれば、店舗には多数の服があった。特区住人の衣服も彼女が用意したのだとしたら、確かになかなかの生産能力だ。材料となる布地の確保にも何かしらの伝手があるのだろう。
「あーしの方から質問してもいーかな?」
「もちろんですとも」
「ありがとー。ウルバンさんは、あーしの服を見て、どう思った?」
ふむ、製作物への評価か。職人としてそれが気になるのはわかる。
相手が気位の高い人間ならば、ここはとにかく褒めるのが得策だが……彼女がどういった人間なのか、私はまだ測りかねていた。どういった対応が正解なのか。私は直感に任せて、素直な感情を伝えた。
「デザイン的な良し悪しについてはわかりません。ただ、今までにない面白い服だと思いました。私は商人なので売れるかどうかが判断基準です。この服は売れる……多くの人に気に入ってもらえると思っています」
正直に伝えると、キャルルム店長はニッコリと笑った。悪くない感触だ。
「そう言ってもらえると、嬉しいな。あーしはさ、この服を多くの人に着てもらいたいんだ。だから、売ってもいいんだけど、それには条件があるよ」
はて、なんだろうか。だが、ここまできてチャンスを逃すわけにはいかない。
「伺いましょう」
「ええと……カトリン、パス!」
「はいはい、わかりましたよ」
やはり交渉事は苦手なのか、具体的な話についてはカトレア女史からされることになった。それによると、キャルルム店長は彼女の作る商品や貴族や富豪の服にしたくないらしい。庶民にも手が届く価格で販売すること。それが、彼女の服を取り扱うための条件だった。
「なるほど。ですが、私も商人です。利益がなければ生活ができません」
「それは承知しております。輸送費も含めると、上乗せ分は――」
「悪くはないですが、それでも少量だと利益が――」
カトレア女史との交渉の結果、私は神殿服屋の衣服の取り扱いを認められた。
正直言って、価格の制限をされるのは行商としては痛い。街を離れればいくらで売ったかなど簡単には調べられないのだ。誤魔化すことはできるだろう。だが、私はこの約束を守り通すことにした。
私の足で新たな流行を生み出す。そんな経験、なかなかできることではない。そして、彼女たちの野望がどこまでうまくいくのか、この目で見てみたい。そう思ったのだ。
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ウルバンによって、神殿服屋の服が近隣に広まり、キャルデザインの服の知名度も上がります。流行に敏感な人々の間では、ブルスデン勇者開発特区が聖地と呼ばれるようになり、聖地を一目見ようと訪れる人も増えたとか。