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107. 商機を見出す(商人視点)

 特区。元はギャングが支配するスラムだったというが、その名残は感じられない。


 サーカスの開催で賑わっているせいもあるだろうが、それだけではないだろう。道端や路地裏を見ればわかる。貧困地域なら、みすぼらしい格好をした者たちが座り込んでいるのが常だ。しかし、ここではそれがない。


 さすがは勇者トール。彼の人は慈愛の心を持つだけでなく、都市運営にも優れた手腕を持っているらしいな。


「さて、どうするか……」


 サーカスには目もくれず、私はロルレビラ商会の扉を叩いた。目的はもちろん、あの冒険者に飲ませてもらった酒を買うためだ。しかし、例の酒は売れないの一点張りで商談にもならなかった。


 どうやらロルレビラ商会は、勇者の代理として特区を運営している彼の弟子がトップを務めているらしい。そのため、商会も全面的に都市運営に協力しているのだとか。例の絶品酒も、特区住人やその協力者に卸すためのもので、それ以外の商人に販売するほどの量がないそうだ。


 住人に卸すよりも高値で買うと申し出たのだが、取り付く島もなかった。あくまで住人を慰撫するために販売しているだけで、儲けは考えていないということだろう。


 あの酒なら、いくらでも儲けることができるだろうに欲がないことだ。商人としては落第点だが、為政者としては優秀なのだろうな。その証拠に、住人の顔はみな明るい。さすがは勇者トールの弟子だけある。


 そういう事情なら酒については諦めるしかない。だが、せっかくここまで来たのだから、何かを仕入れて帰りたいところだ。


「……なんだ、この香ばしい匂いは」


 食欲を誘う香りに、腹がぐぅと鳴る。誘われるまま、私は近くの屋台へと足を運んだ。


「ほほう……このソースの匂いか」


 屋台では鉄板の上で平べったい何かが焼かれていた。ある程度焼いたところで、黒いソースがかけられる。そのソースが焦げる匂いが、私を誘ったのだとわかった。


「よう、商人さん。食べていかないかい?」


 調理をしている男に声をかけられた。厳つい顔だが、満面の笑顔のせいで、印象は柔らかい。客商売には慣れていそうだな。


「興味はありますね。これは何という料理ですか?」

「特区名物……になる予定のお好み焼きだよ」

「予定?」

「今、売り出し中ってことさ。まぁ、食べてみなよ。味は保証するよ」

「へぇ」


 腹は空いているし、何よりソースの香りが凶悪すぎて、味を確かめずにはいられない。値段も手頃だったので、ひとつ注文してみることにした。


「ほいよ。食べ終わったら、プレートは返却してくれ。間違ってもその辺りに捨てるなよ」


 お好み焼きとやらは木のプレートに乗せて提供された。しかも、このプレートを返却すると、無料で団子がもらえるらしい。返却しないとネズミの祟りがあるとか。祟りについてはよくわからないが、団子がもらえるなら返却しない理由もない。


「うまい!」


 一口食べただけで、強烈な味わいが口の中を支配した。香りだけではない。味も凶悪だ。もちろん、悪い意味ではなく、良い意味で。決め手はやはりソースだろう。


「すみません! このソースはどこで買えますか!」

「ははは、やっぱり食いついたか。商人さんはみな口を揃えてそれを聞くね」


 むむ……私より先に聞いた同業者がいるのか。まぁ、そうだろうな。


 店主が教えてくれたところによると、このソースもロルレビラ商会が扱っている商品らしい。酒と違って、こちらは一般販売もしている。しかし、あくまで特区住人が優先。区外への販売量はさほどではないようだ。


 となると、厳しいな。私より先にこのソースの価値に気づいた商人が買い占めてしまっているはずだ。あとでもう一度商会を覗いてみるつもりだが、仕入れられる可能性は低い。


 く……出遅れたか。だが、諦めるのは早い。この特区、他とは何か違う。きっとまだ、商品価値の高いものがある気がする。


 見つけなければ。他の商人よりも早く。このチャンスを逃すわけには……!


「おい、商人さん。大丈夫かい」

「あ、ああ、すまないね」


 急に黙り込んだ私を心配してか、屋台の店主が声をかけてくる。取り繕うように答えて……私の目は店主の服に釘付けになった。


 調理をする関係で店主はエプロンをしている。そのせいで、気づかなかったが、彼の着ている服は上等なものだ。しかも、デザインが斬新だ。貴族が着ているものとは違うが、かなり洗練されている……ような気がする。


 よく観察してみれば、特区の住人はみな同じような服を着ている。流行っているのだろうか。


 正直に言えば、私のセンスは人に自慢できるほどではない。だが、商人の勘が囁くのだ。これは商機だと。


「おい、あんた。本当に大丈夫か?」

「ああ、もちろん! それより店主さん、その服はどこに行ったら手に入る?」


 おっと、少し落ち着かなければ。店主が私の問いに目を白黒させている。それでも、必要な情報は教えてくれた。どうやら、神殿服屋という場所で手に入るらしい。


 店主の反応からして、服屋のことを聞いたのは私が初めてのようだ。だとしたら、チャンスだな。


「ありがとう! 世話になったな」


 店主に礼を言って屋台を離れる。こうしてはいられない。他の商人が目をつける前に服屋に向かわなければ。


 あ、でも、プレートは返却しよう。お好み焼きもうまかったし、団子にも期待できそうだ。他にも興味を引く屋台があるな。向こうには……酒の販売まで!?


 誘惑が多い。だが私は負けんぞ!


「すみません、一杯ください」


 ……はっ!?

 口が勝手に!!

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