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103. 従魔はペットじゃない(市民視点)

 スラムが一掃されたのは一年ほど前のことだったか。領主様が街の衛兵隊を動員して、スラムの犯罪者を捕らえようとしたのが発端だ。


 散々悪さをするギャングのヤツら。事件を起こした下っ端が捕まることはあったが、スラムまで踏み込んでとなると珍しいことだ。下手すれば初のかもしれなんと当時は大きな騒ぎになった。


 どうなることかとハラハラして見守ったものだが、蓋を開けてみれば衛兵隊の大勝利。目的の犯罪者だけでなく、そいつを守ろうとしたギャングたちまで返り討ちにしそうだ。それだけでも快挙だっていうのに、余勢を駆ってスラムを制圧したってんだから驚きだ。


 当初は衛兵隊の功績を盛っているのかと思った。お貴族様っていうのはそういうところがある。この街の領主様は悪政を敷くようなタイプじゃないが、それでも貴族としての見栄ってものがあるからな。


 これは俺だけじゃない。他のヤツらもまぁそんなものだろうと本気にしてなかった。


 だが、それが間違いだと知れ渡るのに時間はさほど必要なかった。ギャングに関する犯罪がほとんどなくなり、俺や他の連中も悟ったんだ。ホラでも誇張表現でもなく、本当にギャングが一掃されていたんだって。


 動員した衛兵隊はそれなりの規模だったって話だ。だが、スラムを制圧するにはとても足りない。どうやら領主様が懇意にしていた隣国の勇者が力を貸してくれたらしい。その功績もあり、スラムは勇者開発特区と名付けられた。区域の運営もその勇者に委ねられているそうだ。実際には代理の人間がやってるんだろうが、かなり異例のことらしい。


 まぁ、誰が都市運営していようが、俺たちには直接的な影響はない。犯罪が減っただけでも御の字だ。当時はそう思っていたんだが。




 たまの休日だっていうのに、娘にねだられて買い物に出かけたら、何やら街が騒がしい。


「音楽が聞こえるー」

「そうだな。何かイベントでもあったか?」

「見に行こうよー」

「……あの中に、か?」

「うん!」


 ただでさえ混雑する大通り。音楽が聞こえる方向はさらに人が多い。何か目的があるならまだしも、野次馬根性であの人混みに突っ込まなければならないと思うとうんざりする。


 だが、娘には勝てない。仕事が忙しくあまり相手をしてやられないからな。もし、邪険にして“父さん、嫌い!”なんて言われたら立ち直れないかもしれない。実際、俺の同僚には深い傷を負ったヤツらがいるのだ。アイツらと同じ轍を踏まないためにも、できる限りは寄り添ってやれねば。


「よし、じゃあ、手を離すなよ。はぐれたら大変だぞ」

「わかったー!」


 元気の良い返事を聞いてから、覚悟を決めて人混みに飛び込む。押し合いへし合い。娘が潰されないように守りながら前に進む。幸い、体格はいいほうだ。少し苦労したが、どうにか騒ぎの中心までたどり着いた。


「うわぁ、凄い」

「本当だな……」


 途中からはっきりと聞こえるようになった音楽の演奏は、酒場で聞く吟遊詩人の演奏とはまた違う、大人数での大合奏だった。どこの楽隊かと思えば、演奏しているのはまだ子供だった。娘よりは大きいが、中にはまだ恩寵をもらっていないような子もいる。それが、大人顔負けの演奏をしているのだから驚きだ。


 ほとんどの子供は演奏しているが、そうでない子供もいる。先頭で何かを喋っている少年と少女もそうだ。なにやら、宣伝をしているらしい。


「特区で従魔と動物のサーカスをやりまーす!」

「デルグサーカスとの共同公演だ! 演目は違うから、ぜひ見に来てくれ!」

「「「チュウ!」」」


 宣伝と一緒に、黄色いスカーフをしたトビネズミが愛嬌たっぷりに手を振る。従魔と言っていたので、あのトビネズミがサーカスをやるのだろう。


 トビネズミが従魔か。あまり聞いたことがないな。人にできない仕事を代わりにやらせるための従魔だからな。力も弱い、賢くもないトビネズミを従魔にするメリットはほとんどない。


 だが、数を揃えてサーカスをやらせるというのは面白い発想だな。よく訓練されているのか、人に危害を加える様子はない。動きも揃っていて、見ていて微笑ましい。


 というか……賢すぎないか? 従魔だからって、人馴れしすぎな気もするが。


「あっちにもいるー」


 娘の声に視線を移すと、そこにはトビネズミとは別の生き物がいた。おそろいの黄色いスカーフをしているので、あれも従魔なのだろう。愛らしい姿をしているが……あれはバブルウォッシャーじゃないか!?


 今でこそ事務仕事をしているが、昔は危険地域の行商にも出かけたことがある。そこで遭遇したのがバブルウォッシャーだった。可愛らしい見た目とは裏腹に、とても凶悪だ。護衛の冒険者が優秀だったので事なきを得たが、戦いの最中は背筋が寒くなる思いだった。


 そのバブルウォッシャーを、しかも複数従魔にするとは……サーカス所属の従魔師はかなり優秀らしい。なぜ、サーカス団に所属しているのか不思議なレベルだ。


「うわぁ、凄い!」


 娘が歓声を上げる。バブルウォッシャーが、手を擦って泡を出したのだが……その泡をくっつけて動物の顔を再現しているのだ。何となく、バブルウォッシャーのようにも見える。


 え、いや……従魔ってここまでできるものなのか? 確かに、知性の高い個体が人に従いやすいと聞いたことはあるが……さすがにこれはおかしくないか?


 だが、気にしているのは俺だけのようで、周囲の人間は大盛りあがりだ。


「「「きゅう!」」」


 歓声に気をよくしたバブルウォッシャーたちが誇らしげに胸を張る。それに対抗心を燃やしたのか、トビネズミが花びらを舞わせた。それだけならまだしも、ひらひらと舞う花びらはどういうわけか、空中で絵を描く。こちらはトビネズミらしき顔だ。


「「「チュウ!」」」


 いや、待て。何をした。魔法か? お前たち、トビネズミだろ。


 そんなツッコミは圧倒的な歓声にかき消された。いろいろおかしいはずなのだが、周囲に人間は目の前の光景に喜ぶばかりだ。


 俺がおかしいのか……? いや、そんなはずはない、よな?


 結局、その集団は大盛況で宣伝を終え、別の場所に移動して行った。娘は大興奮だ。結局、買い物もせず、家に戻ってもその集団について話していた。


 少々困ったのは、娘がトビネズミを飼いたいと言いはじめたことだ。


「あれでも魔物だからな。危険なんだぞ」

「いや! 飼うもん!」

「困ったな……」


 結局、勇者開発特区でやるというサーカスに連れていくということで、どうにか納得させた。だが、サーカスを見せたら余計に飼いたい欲求が高まる気もするな。問題を先送りにしただけか? やれやれだ……。

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