99. 実は区長(代理)です
決めておかないといけない話はそれで終わりみたい。だから、今度は僕からの提案だ。
「デルグ団長、実は相談があるんですけど」
「何でしょう」
団長は少し丸い顔に笑顔を浮かべて聞いてくれる。おかげで切り出しやすいね。
「共同公演のことなんですけど、最初は勇者開発特区でやりませんか?」
「ほほう。元スラムで、開発中の地区と言うやつですね」
デルグ団長は興味深そうに身を乗り出した。これは良い手応えかも。
「そうなんです。あの区域は娯楽に特化した区画にしようと計画してまして。だから、サーカスの公演はぜひお願いしたいんです」
「娯楽地区ですか! いいですね! 我々としても、そういう区域で仕事ができるのは歓迎ですよ」
ニコニコと笑顔のデルグ団長。すんなりと話が進みそうだ。と思ったんだけど、思わぬところからストップがかかった。
「それは難しいですよ、団長。以前、興行の許可を取ろうとしたとき、そちらは管轄外だからと断られたじゃないですか」
呆れた表情でそう言ったのはリーヤムさんだ。指摘されたデルグ団長は眉を下げて首を傾げた。
「おっと、そうだったかな?」
「そうですよ。ちゃんと報告はしたと思いますが……」
「いや、すまないね。でもまぁ、そういうのは、リーヤム君に任せているから」
「私が実務を担当するのは構いませんが、最終的に方針を考えるのは団長です。ちゃんと情報は頭に入れておいてください」
「ははは……いやはや、すまないすまない」
「まったくもう……」
謝りつつも軽くいなす団長に、大きなため息を吐くリーヤムさん。このやりとりだけで関係性が透けて見えるよね。
でも、待って。
「特区でのサーカス興行は断られたんですか?」
「ええ。こういうのは商業ギルドが領主様から委託されて取り仕切っているのですが、勇者開発特区だけはその範疇から外れているのだそうです」
リーヤムさんが解説してくれた。
たしかに、勇者開発特区の運営は勇者であるトールさんに任されている。領主のラウル様が口を出せないかと言えばそんなことはないと思うけど、ちょっとしたことでいちいち介入したくはないだろうね。だから、商業ギルドがサーカス興行の許可を出さなかったのも、それが理由かな。
でも、そういう理由で断られたなら、特に問題はない。
「だったら、トールさん……勇者の許可さえあれば、興行はやってもらえるんですよね?」
「え、ええ。それは構いませんよね、団長?」
「それはもちろん! ぜひ、やらせて欲しいくらいだよ」
デルグ団長が大きく頷く。あまりに勢いが凄いので、バネ仕掛けのおもちゃみたいだ。
一方で、リーヤムさんは思うところがあるのか、まだ不安そうな顔をしている。
「何か心配ごとがあるんですか?」
「いえ。ですが、勇者様は世界に平和をもたらすために飛び回っていると聞きます。都合よく許可をいただくことはできるでしょうか?」
あ、なるほどね。
「大丈夫ですよ。ちょうど戻ってきてますから。あそこを娯楽地区にしようというのもトールさんの発案なので、サーカス興行を断るようなことはないですよ」
「そうなんですね」
僕が言うとリーヤムさんがほっとしたような顔をした。これで話がまとまるかな。
「なぁ、ロイ」
ここまで黙り込んでいたルクスが僕の名前を呼んだ。なぜか、呆れたような顔で見られている。なんで?
「どうしたの?」
「どうしたのではなくて……なんで、こんなまだろっこしいやりとりをしてるんだ?」
「え?」
言ってる意味がわからずルクスの顔を見つめると、ふぅとため息を吐かれちゃった。
「あの」
ルクスがデルグ団長とリーヤムさんに声をかけた。二人も何を言われるかわからずに困惑顔だ。
「何でしょう?」
「いや、実はですね。ロイはトールさん……勇者の弟子で、開発特区の区長代理なんです。だから、ロイが言えば問題なく興行の許可は下ります」
「「え?」」
ルクスの言葉を聞いたデルグ団長とリーヤムさんがポカンと口を開いたまま固まる。まるで初めて聞いたかのような反応だ。
「あれ? 言ってませんでしたっけ?」
「「聞いてません!」」
おお。デルグ団長とリーヤムさんの言葉がピッタリ重なったよ。
「そりゃ、言ってたらこんなやりとりにはなってないだろ」
ルクスが呆れたような……いや、間違いなく呆れられているね。呆れた顔で僕を見た。そして、不思議そうに首を傾げる。
「というか、言ったと思っていたなら、なんでロイはトールさんの許可を取ろうと思ったんだ?」
「それはまぁ、僕はあくまで代理だし、トールさんがいるなら本人の許可を取ったほうがいいかなと思って」
「いや、その必要はないだろ。あの人、全部ロイに任せるって言ってたし、代理ってのはあくまで名目だって」
ここまで話してから、ルクスは少し考え込むような仕草をした。
「とにかく、トールさんには事後報告でいいよ。話を進めてしまおう」
「うん」
僕が頷くと、ルクスがリーヤムさんに向き直る。
「さっき言ったことは事実です。とはいえ、急には信じられないかもしれないですので、また後日、開発特区の行政府の建物まで来てください。ロイから話を通しておきますので」
「え、ええ。わかりました」
リーヤムさんが目を白黒させて頷く。これで開発特区でのサーカス興行はどうにかなりそうだね。
さすが、ルクス。やっぱり頼りになるね。




