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模造品のリナリア  作者: 主憐茜
第二章
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Episode.2-2:作戦会議

「.........して、どうしたものかね」

「んー、そうだねえ......」


 あの後、二人揃って泥棒よろしく音を立てないように家の中を移動し、今朝の悠姫の記憶を頼りに紫水の自室へと入り込んだ。そして、荷物を置き一呼吸置いたところで話を切り出したのだが、どうやら彼女はまだ今の状況に対応しきれていないらしく、ソワソワしながらそう生返事を返した。.........まあ、そりゃ当人ともなればそうなってしまうのは無理のない話なのかもしれないが、もうしばらくはこのままで居なければならないだろうし、早めに慣れて欲しいものだ。


「ま、取り敢えず改めて状況を整理してみるか」


 そう言いながら、俺はカバンの中からノートとペンケースを取り出し、この現象の詳細を箇条書きし始めた。.........しかし、三分もしないうちにその手は停止する。決して内容を覚えていないという訳ではなく、単純に量を書き出すほど情報を持っていないのだ。


 しかしそれは、目の前に座る彼女も同じこと。つまり今のままでは、これ以上詮索することは不可能なのだ。推論なんかはいくらでも立てられるが、今回に限ってはそんなものは何の意味も持たない。

 じゃあ、俺達が今やるべきことと言えば............


「紫水の親御さんに聞くしかない、か」


 大きく溜息を吐きながら、そう呟いた。

 中心人物の紫水本人が居ない今、一番情報を持っていそうなのは彼女の一番近くで過ごしていた両親しかいない。だが、やはり全くと言っていいほど気が乗らなかった。俺が今起こっていることを言った時、彼女らがどのような表情をするかは想像に難くない。


「............ん、どうしたんだ悠姫」


 しかし、そうは言うものの、このまま足踏みしていても仕方がないと思った俺は、出禁宣言覚悟で親御さんに事情聴取をすることを決意する。そして、そのために悠姫の力を借りようと思い彼女に視線を移したのだが、何やら彼女の様子がおかしい。


 俺がノートに書取りを始めるくらいまでは落ち着かない様子を見せていたのだが、今は石像のように身動きを取っていない。まあ、それだけなら先ほど俺の望んだ通りなのだが、その表情があまりよろしくなかった。端的に言うと、とても暗かった。まるでそれは何かに怯えているかのようで。


「............ねぇ、詩遠」

「あ、ああ。どうした?」


 そんな状態で急に口を開くものだから、俺は一瞬返事を詰まらせた。彼女は言葉を続ける。


「もし、もしも、だよ。..................私がこの身体を手放したくないと言ったら、詩遠はどうする?」


 これまた唐突で予想外の方向からの言葉であったからか、もしくは本能的に理解を拒否したからか、何にせよ俺がその言葉を咀嚼するのにはかなりの時間を要した。

 『紫水の身体』を今のまま手放したくないということ。それはわざと悪い言い方をすれば、悠姫が乗っ取ってしまうということで。

 ...............そう解釈したとき、悪寒が全身を奔った。


「さあ、な。急にそんなことを言われても分らねえよ」


 俺は現実から目を背けるように、そんな曖昧な言葉を返す。実際、急すぎて彼女がこの数分間で何を思慮し、何を結論としたのか、その選択を俺に委ねる意味は何なのか、その辺りが何も分からないため明言することは不可能ではあった。だが、それと同時に、そのような思考を続けるようであれば彼女と真正面から向き合わなければならない、なんていうことも、頭の隅では考えが及んでいた。


「まあ、そうだよね。.........実は、私も自分の気持ちがよく分かってなくてさ。この身体がどのようにして私を引き寄せて、これから先どうなるかはまだ分からないけど。

 でももし、私がこの身体をどうするかを決定することが出来たのならって考えたら............そんなこと許されることではないと解っているのに、どうしてか『蘭ちゃんに返す』と即答できない気がするの。

 もちろんそれは仮定の話。実際のことは何も分からないし、もしかしたら何かしらのタイミングで問答無用で引きはがされちゃうかもしれない。...............でも」


 ここまでほぼ一呼吸で話していた彼女は、そう言葉を区切ると大きく呼吸をして、何処かで見たことがあるような哀し気な笑みを浮かべながら、俺に語り掛けた。


「本当にそんなことが起こったら、私を殴ってでも止めてほしいなって」

「..................」


 彼女は優しい。時に、自分を殺すようなことをしてでも誰かに慈愛を与える。まるで女神の様で、逆に言えば、そこには人間らしさがほとんどなかった。唯一残った人間らしさと言えば、先ほどのような苦渋の決断をする時に見せる哀しい表情だけで。俺は悠姫のことが大好きであったが、その一部分に関しては時に怒鳴りそうになってしまうほどに嫌いだった。

 だから俺は、そんな彼女が見せる珍しい『わがまま』に対して、ほんの少しだけ意地悪な言葉を返す。


「.........俺は、別にそれが間違った選択だとは思わない。お前が紫水の身体を理不尽に奪い取ったのでなければ、それを選ぶ権利はあると思うよ」

「っ。......そ、そういう意見もあるのかあ」


 予想外の言葉を掛けられたからか、彼女は明らかに当惑していた。というか、こいつは俺が「ああ、殴ってでも止めてやる」とでも言うと思ったのだろうか。もしそうなんだとしたら、ほんの少しだけ悲しい。ほんの少しだけ、な。


「......まあ、それは冗談だとしてもさ、二人の身体や命について俺が言及する権利なんて、どこにもないと思うんだよな」


 小さくため息を吐きながら、今度は意地悪が混ざっていない本音を彼女に伝える。確かに俺は今この事象の解明に積極的だが、それはなにも『紫水を取り戻すため』に行っているのではない。ただ真実を知りたく、その結末に対する『覚悟』を早く養いたいだけなのだ。.........改めて自分の行動理念を確認すると、悠姫のと比べてえらく人間らしいというか。悪く言えば、とても格好が悪い。


 ......いや、よくよく考えたら、それで何が悪いというのか。俺はそれでいい、人間だもの。なんて開き直りをするが、さすがにそんなことを口には出せない。

 と、ここで悠姫は浮かべていた哀し気な表情を何処かへと置いて、にへらと笑いながら言う。


「.........案外、詩遠が私をこの世に引き寄せたのかもよ?」

「そんなワケねえ.........とは言い切れないのがまた嫌なことだな」


 そんな言葉を皮切りに二人の間では小さな笑みが生まれ、重苦しかった部屋の空気が少しだけ軽くなった。そして、その笑い声が落ち着いたタイミングで、話を戻すのならタイミング的にここしかないと思い、俺は再び口を開く。


「何にせよ、そんなことを考えるのはまだ早すぎる。まずは、誰が『覚悟』を決めなくてはいけないかを解明しないとな。............そしてそのために、今から紫水の親御さんに協力を仰ごうと思う。協力してくれるか?」


 そう言った瞬間、彼女は少々顔を歪めた。


「確かに私はそのためについて来てほしいって思ってたけどさ、やっぱりちょっと.........」


 まあ、そう思うのも無理はないだろう。朝も顔を合わせているはずの母親に背中から声を掛けられただけであのビビりようだ。そしてそれに加えて、先にも言ったように彼女は少なくとも暫くはこの家で清水家の一員として過ごさなくてはならない。そんな状況でこれが失敗したら、悠姫がこの家に居づらくなるのは避けられないことだろう。


 そういうリスクも考えたら、鉄砲玉として起用することが出来る俺が単騎で突っ込むのがいいのではないだろうかと思うが、そうなってくると今度は信用が足りない。.........いや、どうせ目の前にいるこいつも赤の他人であることをばらすわけだし、彼女が一緒にいたところで変わらないのか?


 ううむ、どうするべきか。正直、どの選択肢を選んでも何かしらのリスクを背負うこととなるのは確定なのだが、だからこそどれを選ぶべきかという決断をしきれない。


「......そもそもさ、詩遠は蘭ちゃんの親御さんに何を聴こうと思ってるの?」


 腕を組みながらうんうんと唸っていると、悠姫がそう問うてきた。まあ確かに、どのような形式で突撃するとしてもそれは考えておかないといけないか。

 一旦直前まで考えていたことを頭の隅に置いておいて、今度は悠姫に問われたことを考え始める。


「そうだな、例えば......ここ一週間の行動は重要な手掛かりになるんじゃないか?」

「んー、確かに手掛かりになるかもしれないけどさ。それ、何も親御さんに聞かなくてもいいんじゃない?」

「と、言うと?」

「考えてみてよ。詩遠の生活範囲で一番時間を占めてるのはどこ?」

「まあ、起きてる時間だけで言えば、俺の場合は学校、だな。............ああ、そういうことか」


 ここまで誘導されてようやく気が付いた。紫水のここ最近の行動を知るのは大切なことだが、確かにそれは親御さんが知りえないことも多い。勿論、家でしか見せない、あるいはできない行動や、十数年付き合っているからこそ気付く機微もあるだろうが......


「ここを頼るのは最終手段ってこったな」


 そう言うと、彼女は自分の言いたいことがようやく伝わったとでも言いたげに、満足そうにうなずいた。すまんな、頭の回転が悪くて。

 というか、何故初めから気付かなかったのだろうか。まさか親御さんがこの現象について知っているわけでもなかろうて。そもそも何か知っているなら、娘である悠姫に俺がついてきた時点で何か話すだろうしな。


「まあ、でもさあ.........」


 そう結論づいたところで、悠姫は先ほどにも見たにやけた笑みをこちらに向けながら言葉を発する。何だか嫌な予感がするな。


「お母さんたちと親しくなっておくのはいずれ役に立つだろうからさ」


 その先の言葉はなく、彼女はただ笑顔を浮かべたまま俺に向かってサムズアップを示した。こいつの言うことはもっともであるが、なんだかムカついて仕方がない。


「私はここで蘭ちゃんの勉強をしておくから、私がどういう人なのかを今よりも詳しくなってきてくれないかな?」


 果たして『紫水の勉強』は何をすることを指すのだろうか。......それは今はいいか。何にせよ、俺は紫水の親御さんとただただ世間話をしてこればいいんだな。先ほどと比べたらかなり難易度が下がったが、それでもやはり、異性の後輩の親と話すというのは少々緊張してしまう。


「まあ、あんまり成果は期待しないでくれよ」


 そう言いながら立ち上がると、彼女は先ほどとは違った、純粋な笑みを浮かべて「うん」と言った。.........ああ、こりゃあ相当な勉強が必要だな、と普段の二人を知っている俺は苦笑いしながら告げた。当たり前だが、それに対して悠姫は首をかしげていた。

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