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模造品のリナリア  作者: 主憐茜
第五章

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Episode.5-8:彼女を動かす"違和感"

 結局あれ以降紫水に関する話題には触れないまま、帰宅時間まで時が経過する。もはや考え込んでも無駄だと悟っていた俺は、むしろ今までよりも幾分か気が楽になっていた。


 適当に悠姫と駄弁りながら高校から駅までの道を歩く。文化部運動部に関わらず基本部活停止期間なので、周りにはほとんど人が居なかった。少しだけ物寂しさを感じなくもないが、うるさすぎるよりはマシだとも感じる。


 それなりの勾配の坂道を降りきり、もう少しで駅というところまで来ると、突然悠姫は今まで話していた話題をぶった切って俺に声をかけた。


「あそこの公園、取り壊しちゃうのかな」


 彼女の目線に従うようにして、左に目を向ける。そこにあったのは、ひと目見ただけでその内部をすべて把握できそうなほどに小さな公園と、その入口に置かれた数個の赤いカラーコーン及び侵入を妨げる虎柄のバーであった。


 よくよく見るとそのバーには張り紙が付けられており、とても簡単な工事の概要が記載されていた。どうやら隣の空いているテナントをコンビニとし、この公園のスペースを駐輪場とするようだった。少し狭いような気もしたが、駅前だとそんなものだろうか。


 なぜ悠姫がこれに関心を持ったのかは不明だったが、取り壊される理由も判明して少し気分がスッキリした。さあそれじゃあ帰ろうかと足を駅の方へと向けた時、隣にあった人影は俺の向く方向とは逆に歩き出した。


「ちょっとくらいならバレないよね......?」

「あっ......おい悠姫、急にどうしたんだよ」


 あろうことか彼女は、一切の迷いも見せずに公園の方へと足を進めたかと思えば、自分の膝より少し高いくらいのバーを跨ぎ公園内へと侵入する。まだ工事は全く進んでいないようで迷惑になり得る可能性はかなり低いだろうが、それにしても彼女の行動は依然として謎のままであった。


 仕方なく彼女の後を追う。すると、悠姫はとある花壇の前で立ち止まった。


「取り壊されるって知ったら、もう一回だけこの花壇を見たくなってさ.........懐かしいよね」


 優しげな笑みを浮かべながら、悠姫はそう語りかける。しかし、俺の頭には疑問符が浮かんでいた。もう一度も何も、こんなところへ来たことがあっただろうか?

 俺の言動があまりにも分かりやすかったのだろう。彼女は今度は呆れたような表情を浮かべながら、言う。


「え、まさか覚えてないの? ほら、ここであの子と逢ったじゃん。ほら、あのー............」


 しかし、それ以降悠姫の口から言葉は紡がれない。喉元まで出かかった言葉が思い出せないようだ。この流れ、もしかして.........


 俺には彼女の言わんとしている記憶が生憎存在していないので、その疑惑が本当なのかどうか分からない。だが、なんとなく、直感で、長年の付き合いから、悠姫は『紫水と逢った』と言いたいのではないだろうかという気がした。


 このチャンスを逃すわけにはいかない。俺は急いでポケットからスマホを取り出し、電源ボタンに親指を当て、指紋認証を完了させる。そして、慣れた手つきでカメラアプリを起動させると、内カメラモードをオンにさせ、まるで手鏡を差し出すかのようにしながら彼女に問う。


「その子、こんな顔してなかった?」


 瞬間、彼女は目を見開かせた。どうやら正解だったようだ。


「そう、この子............でも、なんで、私が......?」


 カメラに映る自分を、化け物か何かでも見るかのようにして眺める。まあ、その反応は無理もなかった。自分で見たはずの人間の姿が、自らの身体と一致しているのだ。違和感どころの騒ぎではないだろう。

 どうだろうか、今ならもしかしたら、あの名前に反応してくれるのではないだろうか。


「......おそらくその子の名前は、『紫水蘭』。俺達の後輩だ」

「紫水、蘭.........後輩...............っ!!」


 俺の言葉を呟くように復唱したかと思えば、両手で頭を抱えて苦しそうに唸る。思わず、フラつき尻もちでも付いてしまいそうな悠姫の体を抱くように支える。これはおそらく、あの亜空間で俺が経験したものと同じ。即ち、紫水に関する記憶が戻ろうとしているのだろう。


 てっきり花言葉の効力でのみそれが起こるのかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。やはり分からないことだらけではあるが、強い違和感とそれを引き抜くためのトリガーが必要なのだと考えればとりあえずの合点は行く。......まあ、結局それではリナリアの力が『幻想』ではなく記憶を忘却、あるいは封印するだけとなる気がするのだが、もはやその真実は紫水家の人間にしか分からないのだろう。


 十秒程度の時間が経過した後、悠姫は荒い息を漏らしながら俺に対して礼を告げ、まだ少しフラフラとした足取りで少し奥にあるベンチへと腰を掛けた。そして、虫の羽音かのような弱々しい声音で、告げる。


「.........全部思い出したよ。私、なんで忘れちゃってたんだろう」


 酷く悲しげな声であった。優しい悠姫のことだ。きっと大切な後輩を忘れてしまっていたことが不思議で、そして悔しくてならないのだろう。彼女がいつから紫水に関する記憶を持っていなかったのかは分からないが、少なくとも記憶が消える原理については知らないはずだ。これだけ振り回してしまったのだ。彼女に全てを説明する義務があるだろう。


 俺は彼女の隣へと腰を下ろし、少しだけ言葉を整理してから話し始める。紫水の母親から聞いたことや、紫水自身から聞いたこと。今回の件に関して知っていることを、できるだけ簡潔に伝えた。


「そっか、そんな事があったんだね」

「.........えらくすんなりと信じるんだな」


 俺の話を全て聞いた悠姫は、その言葉を特別咀嚼するまでもなく納得する。俺からした話ではあるのだが、そこまで簡単に信用されると逆に心配になる。

 それに対して彼女は、柔らかい笑みを浮かべながら言葉を返す。


「まあ、詩遠の言葉だからね。......それとも、君はこんな時にまで何かを誤魔化すための嘘を吐く人なのかな?」

「.........そんな訳ないだろ」

「うん、知ってる」


 先程の表情を全く崩さずに、まっすぐと言葉を紡ぐ。......いつもは緩い言葉を紡ぐ彼女だからこそ、こういう時の悠姫と喋っているとどうも調子が狂ってしまう。


「......でもさ、蘭ちゃんって私達の中から自分の記憶を消したかったんだよね。.........思い出しちゃっても良かったのかな」


 それからしばらくして、悠姫は少し考え込むようにしながら俺にそう問いかけた。彼女は彼女で、紫水のことを忘れるのは寂しいがそれでも本人の意志も尊重したい等と考えているのだろう。その気持ちは分からなくもないが、今回に限っては駄目だった。


 実は、先程悠姫に対して行った事情説明では隠していたことがまだ存在した。どうやって打ち明けようかと迷って結局言わなかったのだが、彼女の言葉を聞いている内にどうも悪い気がして、気がつけば口を開けていた。


「悠姫」

「? 何かな?」

「俺は...............」


 そう一人称を紡ぎながら、未だに俺の頭では『どう誤魔化そうか』等とふざけた事を考えていた。でも、それでは駄目なのだと挙がった案を全て蹴り、心底からの言葉をそのまま告げる。



「俺は、これからを紫水と歩みたい。そのために、悠姫に協力してもらいたいんだ」

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