Episode.5-6:追憶
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「.........行っちゃったかあ」
詩遠先輩は光に呑み込まれるようにして消えていった。どれほどの花を元に願ってくれたのかは分からないが、思ったより長く先輩と会話をすることが出来たなと感じる。.........きっとこれが、最後の会話なのだろう。
先輩にはああ言ったが、正直なところ、私は彼ともう二度と会えないと思っている。それは決してあの人が私のことを『どうでも良くなる』ということではなく、物理的に、理論的に。先輩から話を聞く限り、私という人間が世に残した残滓はそこまで小さくなさそうだ。しかし、身体の主である悠姫先輩はなんとも思っていないという。そうなれば、望みはかなり薄い。
「でも、それも仕方のないこと、か」
そもそも私は現世に還るつもりはなかった。それをも承知した上で、今回の件を実行に移しているのだ。少しでも詩遠先輩のお役に立てるように。そして.........少しでも、悠姫先輩に対する罪を贖えるように。
一人残された亜空間で、私は昔の事を思い出す。
私が詩遠先輩を初めて認知したのは中学生の頃であった。
私はもともと消極的な性格だったのだが、小学校を卒業し、中学校に入学してからそれはより顕著になった。私が通った小中学校はいずれも公立で学区制だったのだけれど、私の住んでいる家の場所はそれが特殊で、小学校の時同じだった子は中学校ではほとんどが離れ離れになってしまった。逆に、私達の小学校以外から来る子たちはとても大所帯で、もはや中学入学時点でほとんどの子たちは顔見知り、グループも数多く形成されてしまっていた。
そんな輪の中に、私は入ることが出来なかった。基本的には一人で活動し、もはや存在すら感知されないように感情すら消してしまうようになってしまった。
全員強制的に入らされる部活動では比較的活動がなさそうな園芸部に入ったのだが、そこでもやはり馴染めず、校区内にある公園などの花壇に植えさせてもらっている花の世話の当番では、いつもいちばん遠くの場所へと一人飛ばされていた。
しかし、下手に誰かと組まされたり、顔見知りの居る近場よりはマシだった。
それから私は園芸を好むようになった。花や植物は、外的要因で枯れたりしてしまうことだってあるけれど、それでも人間に比べたら幾分か素直だ。私が何かを施せば、それに元気よく応えてくれる。私が家以外で唯一心を落ち着かせることが出来る場所であった。
......でも、やはりそれは、自分で自分の心を守るための戯言に過ぎなかったと気付かされる。
いつの日か、私は花々の様子を見ながら泣いてしまっていたらしい。花と接するのは楽しいが、やはりどこまで行っても根は年頃の女の子。虚しさを感じずには居られなかったのだろう。
と、そんなときに頭上から私を心配する言葉が降ってきた。ふと顔を上げると、そこには当時は名も顔も知らぬ男女である、詩遠先輩と悠姫先輩がいた。
彼らは泣きじゃくる私を必死にあやそうとした。なぜ私のためにそんな事をするのかと問うも、「俺達は地域研究部だからな」としか答えてくれなかった。今なら先輩らが言ったその言葉の意味もなんとなく分かるが、当時は更に疑問符が浮かんだ。
でもなぜか、私はいつの間にか彼らに心を許していた。友人関係のこと、性格のこと、抱えていた悩み事をぶつけていた。彼らは嫌な顔一つせず、その相談に乗ってくれた。今考えたらただの暇つぶしだったのだろうが、それでもとても嬉しく、安心したのだ。
その日以降再び会うことは無かったのだが、私は少しずつ前を向くことが出来るようになった。......まあ、人間関係はあんまりうまくならなかったけれど。
そんなこんなで無事中学校を卒業し、高校に入学する。
その高校はどうやら部活動が盛んなようで、まるで私立の中高一貫校のような自由さがあるらしかった。そんな高校なら、本当に私に合う部活もあるんじゃないかと、そう思い入学したのだ。
そして、部活一覧が載ったプリントを見て驚く。忘れるはずもない、彼が、詩遠先輩が言った謎の部活がそこに書いてあるのだ。他にも色々な部活を見学しに行ったが、やはり私は詩遠先輩に悠姫先輩、そして椿先輩に要先輩が居るあの空間が気に入り、入部することに決めた。詩遠先輩と悠姫先輩は私と一度会ったことを覚えていないようだったが、それで良いと思った。泣き顔を覚えられているだなんて恥ずかしすぎるからね。
そんな地研であったが、三年生の先輩方は進路に向けた様々なことがあるので毎日顔を出すということは基本なく、悠姫先輩も体調が悪くなることがしばしばあり、結果的に、部室には私と詩遠先輩の二人きりとなることが多々あった。
初めは緊張して本ばかりを読んでしまっていた私だったが、先輩は気を遣って独り言と称して色々とお話をしてくれたり、私が話しやすいような話題を考えて振ってくれたりした。すると、徐々に私は先輩と言葉を交わすようになり、初めて他人との会話を楽しいと感じた。しばらくすると、私の相棒であった文庫本は鞄の中で眠ることが多くなるくらいには。彼のことをもっとよく知りたいと、本心からそう思えるようになったのはその辺りからだっただろうか。
もちろん、他の先輩方と喋ることもとても楽しかった。まるで本当の家族かのような雰囲気は、私に幸せを与えてくれた。ずっと、こんな時間が続けばいいのにと、そう思った。
......けれど、そんな幸せは、間もなくいとも簡単に崩れてしまった。
悠姫先輩が亡くなってしまったのだ。
一日は泣き続けたと思う。それこそ、涙が枯れるくらいまで。それほどに彼女を亡くしたのは悲しい出来事であった。どんなときでも優しく、眩しいまでの笑みを振りまいていた悠姫先輩が居ない部室なんて想像できないというほどに。
.........でも私は、そんな感情と並行して、ふと心の何処かで思ってしまった。
これで、私が詩遠先輩の隣に立つことが出来るんだ、と。
その頃にはもう、私が詩遠先輩に対して向ける感情というのは、とっくのとうに恋情へと変化してしまっていた。だから、悠姫先輩が亡くなってしまったことに対して、ほんの少し、コンマ数秒だけ、嬉しいという感情が私の中で芽生えてしまったのだ。
もちろん、そんな邪念は私の中からすぐに消した。だがしかし、一度でも思ってしまったことには変わりはない。私の根には、そんな醜い感情が眠っているのだという事実はその一瞬だけで揺るぎないものへと変貌した。
悠姫先輩に対して直接何かをしたというわけではないが、その出来事というのは、私の持つ罪として、自らの心臓に深い傷をつけた。
そんな経緯で、今回の件は悠姫先輩への罪滅ぼしという面もある......というか、どちらかといえばそちらが本題と言っても良い。もちろん詩遠先輩の役に立ちたいというのは本心であるが、それは別の形で達成されるのかもしれない。だが、こちらはそうもいかないのだ。
誰が何を言ったわけでもない。しかし、少なくとも、私は私を一生許せないのだろう。
............だから、私はこれでいいのだ。詩遠先輩には少し悪いことをしてしまったかも知れないけれど。最後まで自分勝手な後輩で、本当にごめんなさい。......どうか、お幸せに。
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