Episode.1-3:金村悠姫と彼女の記憶
「私も本当に混乱してるから何を話せばいいかすら分からないんですけど、とりあえず一つだけ聞きたいことがありまして.........」
何とも抑揚がない声は、通夜のように静かな教室内に響いた。
俺達が無言で首肯すると、彼女は本当に言いづらそうにしながらも、ゆっくりと口を開く。
「.........私はもう、既に死んじゃったん、だよね?」
『私』が誰を指しているかなんて、もはや聞かないでも判りきっていた。そのような疑いがかけられるような人物は、少なくとも俺が知っている範囲だと一人しか存在しない。
「............ああ、『金村悠姫』は今年の夏、亡くなった」
その発言を聞いて一番驚いたのは、隣に座る質問主ではなく目前に座っていた二人であった。まあ、その反応も無理はないであろう。彼女が亡くなってしまった後、一番哀しみそれを認めることがなかなか出来ずにいたのは、何を隠そうこの俺であるのだから。だからきっと彼らは、俺が誰よりも早くそれを認めるような言葉を放ったのが驚いて仕方ないのだろう。
というか、俺としてはそんな二人の反応よりも、紫水の皮をかぶった悠姫の反応の方が驚きであった。『自分が既に死んでいる』とはっきり、それも幼馴染に明言される瞬間は、そう驚かないものなのだろうか。いや、一番目にこのような質問が出るんだ。もしかしたら起きた時点ですぐに異変に気づき、ある程度仮説などを立てた後にここへ来ているのかもしれない。
俺達は彼女の反応を待つ。こちらからアクションを起こすということは今の時点ではまだすることが出来なかった。話を持ってきた彼女ですら『分からない』と言ってるのに、本当に何も分からない俺達が何を問うことが出来ると言うのだ。
ひたすらに彼女の言葉を待ったが、やはりと言うべきか、咀嚼し飲み込むのにはかなりの時間を要するようで、俺はその間、少しだけ今与えられた情報だけで脳の整理を行う。
全ては『これが紫水の演技でない』という仮定の基での話ではあるが、今、紫水の身には亡くなってしまったはずの悠姫が宿っていると考えるのが自然なのだろう。一寸の迷いもなくこの席に着いたような動作も、口調や声音も、全て俺が知っている彼女のそれと重なるのだ。
まあ、何故そんなことが起こっているのか、なんてのは一切分からないけれど。
「......今日の朝、私が目を醒ました時、そこは私が知る場所ではありませんでした」
そうしているうちに、彼女はゆっくりと、自分の頭の中でも状況の整理を並行して行うように語りだした。
~~~~~~~~~~~~~~~~
私が最期に記憶していた場所は病院です。誰にも何も言わずに、睡眠を取るため瞼を閉じたことを覚えています。適温に調整された部屋でした。恐らく、私はその日以降目を開けることはなかったのでしょう。
今日の朝に目を醒ましたときは不思議と違和感がありませんでした。永い間眠っていたからでしょうか。けれど、明らかにその身体が私の物ではないことは、寝ぼけ眼なその時でも理解できました。頭が痛まない、腕にしっかりと肉が付いている、そして何より.........お胸がある。
しかし、それらに気づいたのは良いんですけど、私の身体じゃないなら誰の身体なのか、何故そんなことになっているのか、なんていうものは、当たり前ですが瞬時に理解することは出来なくて。
それについて考える、と言うよりは何も分からずにただ呆然としていると、部屋の外から女性の声が聞こえてきました。
「蘭、そろそろ起きる時間じゃないのー?」
と。ここで私は、もしかしたら、と思いました。
もし私が既にこの世から居なくなっていて、それが何かしらの因果によってこの世界へと戻ってこれたとしたならば、彼女の言う『蘭』はあの子しかありえない、と。
その後、鏡で何度も自分の顔を見ましたが、その予感は的中してしまっていました。詩遠や先輩方がそうしたように周りの人は私のことを『蘭ちゃん』として接してくるので、これはもう確定なのだろうなと思いました。
けれど、私は蘭ちゃんが持っていたであろう記憶を全く持っていませんでした。故に、ここに来るまでにかなりの時間を要したし、校舎に入ってからは人目を避けるようにしてここだけを目指して来ました。.........それが、今日あった出来事です。登校途中、私も何が起こっているのかを少し考えてみようとしたのですが、全く頭が働かず.........。