Episode.5-5:ネタばらし
キスからそれなりの時間が過ぎた頃、俺はふと口を開いた。
「.........というか、『最後の大切な思い出』ってどういうことだ?」
紫水が俺にキスを望むときに口にした言葉が、頭の中でどうも引っかかっていた。あの時は何をしても口を割らなさそうだったし、何よりあまり雰囲気を壊さないほうが良いだろうと敢えてツッコまなかったのだが、落ち着くとやはりそれが気になってきてしまう。
それに対して紫水は、哀しそうに笑いながらも淡々と告げる。
「ああ、私、多分もうここから出られないんです」
「......は? どういうことだよ、それ」
聞き捨てならない言葉であった。......もしかして、俺の言葉に対して紫水がだんまりになってしまったのは、このことが言い出せなかったからなのか?
「本当に残念なことに、私の使ったリナリアはもう、効力が残っていません。それに、あなたが使ってくれた花ではおそらく、『私を思い出すこと』はできても、私や悠姫先輩の魂には干渉できません。......ちょうどいいです。どうせ最後なんですし、全部のネタバラシをしちゃいましょうか」
そう言うと、彼女は語り始める。
「私の家系が持つ能力については、あらかた聞いているでしょうか? ああ、お母さんからですか。ではそこは省略しましょう。
今回私が使った花は『リナリア』です。......はい、部室に飾ってあったあれです。リナリアの主な花言葉は『私の恋に気づいて』。悠姫先輩が詩遠先輩に恋情を抱いていることを知っていたからこそ使えた花でした。
.........え、なんで知っていたのかって? .........まあ、がーるずとーく、というやつです。
そして、リナリアはもう一つ、少しマイナーな花言葉を持ちます。それが、『幻想』です。花弁がすべて散ってしまう頃には、私は文字通り『幻想』となりました。......だからまあ、忘れるというのとはまた少し違うんですけどね。本当に、初めから居なかったように世界が回っていくということ.........だと思っていたので。
詩遠先輩が感じた『違和感』はおそらく、物理的に幻想とはなり得なかった私の残滓でしょうか。......あれだけ入念に準備したのに、なかなか上手くはいかないものですね。あはは。
それで、ここからが本題なのですが。詩遠先輩がここまで来るのに使用した花というのは.........ああ、『紫苑』ですか。ふふ、お名前と同じ読みの花だなんて、なんだか親近感を感じますね。たしか紫苑の花言葉は『追憶』や『遠くのあなたを想う』、みたいな感じでしたっけ? ならばやはり、その役目は私を思い出した時点で終わりなのだと思います。
まあ、そもそも赤の他人が別の人間の魂に干渉する、ということ自体がかなり難しい話だと思います。......はい。なので私がもう一度現世に降りるには、おそらくまた誰かと魂を交換する必要がありますが、もちろん、その当人は私に対して花を使うことが必要となります。......でも、私の残滓を違和感として覚えている人はおそらく、詩遠先輩を除けば家族くらいでしょうか。部の皆さんは............そう、ですか。いや、仕方ないですよ。私からそうなるように仕向けたのですから。詩遠先輩が覚えていてくれるだけで、私は十分ですので」
そう言うと、話は終わりだと言わんばかりに黙り込む。大方の理屈は把握したが、あまり納得はできなかった。原理上ほぼ不可能であるということくらいは俺とてさすがに理解していたが、それでもやはり、簡単には諦めることが出来なかった。
「.........紫水はさ、どうしたい?」
「私ですか? 私は——もし許されるのなら、もし可能なのであれば、先輩とこれからも過ごしたいです。ですが——」
「おっと、それ以上は言わなくていい。......わかった。俺もなんとか道を探してみるよ」
「............」
「絶対に無理だって顔してるな? まあ、俺もわからないことばかりだけれど。ファーストキスまで取られたんだ、何としてでも俺の言葉を信じてもらうぞ」
「............ぇ、ファーストキス、ですか?」
「あー.........そうだよ。お前にとっても今回のが初めてだったかも知れないけど、それは俺も同じだ」
「へぇ.........えへへ、それじゃあおそろいですね」
「何だよ、悠姫と恋人になったのにキスの一つすらしていないからって馬鹿にしているのか?」
「いえいえ、そんなことはないですよ~」
文句を垂れながらも、俺の口元は緩む。悠姫と会話するのとはまた違った心地よさが自然とそうさせたのだろう。
「.........先輩、紫苑の花の効力が消えるまで、もう少しだけお話しませんか」
「ああ、もちろん良いよ」
その後俺達は、紫水がいない間のことや昔話など他愛のない話を延々と繰り返した。
そして。
「......っ!?」
突然、眩い光が俺のみを包む。いっそのこと紫水をも連れて行ってくれたらどれだけいいことかと願うが、そんな都合の良いことはやはり起こり得ない。
かれこれ四回目ともなれば、ほとんど驚きも生まれなかった。これから待ち受けていることは少々大変なことかも知れないが、それでも、前感じていた時のような不安は一切感じていなかった。
「先輩っ! ............また、逢いましょうね!」
まるで「いってらっしゃい」とでも言うかのようにして、紫水は元気よくそう俺に声をかけた。もちろんだと声を返すが、果たして彼女にその声は届いたのだろうか。やがて、俺を包みこんでいた光は薄くなっていき————




