Episode.5-1:いつもどおりの朝、ノイズ付。
朝。その日の朝は久しぶりに寝覚めが良かった。身体をムクリと起こし、伸びをする。掛け布団の外の冷たい空気に触れ、一気に身体が起床する感覚を感じながら、一つ、違和感も同時に覚える。
何だかいつもよりも視線が低いような。そう思って左右を向くと、その原因が分かる。
「誰か泊めてたっけ.........?」
普段俺が使っているベッドで、何者かがすやすやと寝息を立てていた。のそりと立ち上がると、寝ぼけ眼を擦りながら、その顔を覗き込むようにしてその正体を確認する。
「悠姫.........?」
誰かと思えば、そこにいたのは俺の十年来の幼馴染である金村悠姫であった。なんとも幸せそうな表情を浮かべながら、気持ちよさそうに眠っている。......またの名を、アホ面とも言う。
まあ、そんなことはどうでも良くて。なぜ彼女が俺の家に泊まっているのだろうか。必死に昨晩のことを思い出そうとするも、うまく頭が働いてくれない。寝起きなせいかもしれないが、酷い頭痛までもが俺のその行為を遮った。
仕方がないので、壁にかかる時計を見てちょうどいい時間であることを確認すると、彼女の肩を揺らして起こす。数秒揺らし続けると、なんとも可愛らしい声音で唸り声のようなものを上げながらまぶたを開けた。そのまま数回パチクリとして、俺の姿を確認したようで、蕩けてしまいそうな笑みを浮かべながら、一言。
「あれえ、詩遠だ。おはよう、えへへ」
...............可愛い。
いや、そうじゃなくて。
「おはよう、悠姫。.........んで、お前なんでここにいるんだよ」
それに対しては、ゆっくりと身体を起こしてから答えた。
「ええとね.........あれ、なんでだったっけ? 昨晩詩遠と告白し合って、こ、恋人になったことは覚えてるんだけどなあ」
自身の頬を掻き、恥ずかしそうにしながら彼女はそう告げる。こ、恋人か。いや確かに言ってることに間違いはないのだけれど、今更ながらなんだか恥ずかしくなってきたな。
まあ、それはそうとして、二人とも昨日のことについてよく覚えていないのなら仕方がないだろう。そう思い、二人して朝の用意をし、学校へと向かった。
悠姫とは朝のホームルーム前に廊下で別れ、その後はいつも通り授業を受け、いつも通り昼食を取り、いつも通り篠原と会話し、いつも通り帰りのホームルームを受けた。
そして、いつも通り二人で部室までの廊下を歩く。期末テスト二週間前ではあるが、やはり地域研究部は普段通り活動中であった。
「詩遠はちゃんとテストの勉強してる?」
二人の足音が刻むリズムのみが文化部室前廊下に響く中、隣を歩く悠姫が、俺の顔を見上げながらそう問うた。
「ん、まあ............そこそこは」
「嘘だね~」
俺の言葉を受けて、悠姫はそれをやんわりと否定する。さすがは十数年の付き合い。この程度の嘘は簡単に見破られてしまうようだ。......まあ、これも悠姫なりの気遣いの形なのかもしれないが、俺が勉強をしていないことが分かっているのなら初めからそのように忠告してほしい。
まあ、それもこれも、毎回数科目で赤点すれすれの点数を取っている俺が悪いんだけども。
そして、そんなこんなで俺達は地研部室へと到着する。ガムテープが何重にも巻かれているが、それでもなお重力に負けそうになっているネームプレート。潰れてしまったせいで強引に破壊された鍵。三回に一回は引っ掛かる開き戸。二、三か所割れたままになっている窓ガラス。
やはり何もかもがいつも通りであった。少し勢いをつけて、戸を開く。するとそこには、一人の女子生徒が静かに机に向き合っていた。
彼女は戸が空いたことに気がつくと、顔を上げてこちらを見ては、にこやかな笑みを浮かべ、言う。
「あ、詩遠君に悠姫ちゃん。こんにちは」
「こんにちは。今日はお一人ですか?」
「ええ。カナは教室で世界史の岡村先生とマンツーマンレッスン」
「.........要さんも大変っすね————って」
先客である椿さんと適当な世間話を交わしながらいつもどおりの席に着こうとすると、俺はとある違和感を覚えた。......いや、違和感と言うにはそれはいささか大きすぎるものなのかもしれない。
思わず、会話を中断して椿さんに問う。
「......誰か新しい子でも入ってくるんですか?」
俺が覚えた違和感は、数回でもこの教室に通った人間ならば誰しもが感じるようなものであった。とても端的に言えば、一つ、机が多い。
我らが地域研究部の部室には、椿さんの机と要さんの机が隣り合ったものと、俺の机と悠姫の机が隣り合ったもの。合計四つの机が向かい合わせになるようにして配置されていたはずである。がしかし、今の机の配置はというと、その大きな長方形の短辺に亀が頭を出すように一つ、机が追加されている。
俺がそう問うことによって悠姫も気がついたのか、同じようにして椿さんに期待の眼差しを向ける。この時期に入部してくるというのはなんとも不思議な話ではあるが、今年度入部者零人のこの部では、そんな悠長なことは言っていられなかった。来る者拒まず、去る者は少し追うだ。
だが、そんな俺の質問を受けて、椿さんは当惑した様な表情を浮かべた。
「......それ、私も思ってたんだよね。だから、君たちが来たら何か知らないかを聞こうとしてたんだけど、その様子じゃ知らないかあ」
なるほど......? まあ、よく考えてみればもう既に部長は俺なわけだから、話が来るとしたら俺の方なのか。この部には役職なんてあってないようなものだから、すっかり忘れてしまっていた。
しかし、となると要さんも知らないだろうし......誰かのいたずら?
「それはないでしょ~。こんな端っこの教室で、私達四人に見られるためにいたずらって、効率が悪すぎるじゃん」
名推理を披露していると、けらけらと笑いながら悠姫にツッコまれてしまった。いやまあ、そりゃあそうなんだが。もうそれくらいしか可能性がないというか。
「......ま、別になんでもいいか」
そう言いながら、俺はその五つ目の机を少し教室の端に寄せる。邪魔だとは思わないが、どうも違和感を覚えていつも通りに過ごせないと感じて仕方がなかった。中身の入っていない机は教材が山程詰まったクラスの自席と比べると驚くほどに軽く、押した勢いが死なずに余って、そのまま倒れてしまいそうなほどであった。
しかし、そうまでしてもその机が活動中何回も視界の端に映っては、なんだか少しだけ、寂しそうにしているように見えた。




