Episode.4-12:詩遠が出した答え
「え? 急にどうしたの」
「ちょっと、外じゃないと話せないようなことがあるからさ」
きっと、こんなところで布団にくるまったまま話したら、顔が熱くなりすぎて熱を出してしまうだろうから。
不思議がりながらも了承してくれた悠姫は、俺が貸したダウンを羽織って俺の後ろをてくてくと小動物のように付いてくる。リビングで談笑している親にバレないように、静かに廊下を抜け、玄関を抜けた。
必要以上に離れた複数の街灯が、淡い光でアスファルトの道路を照らす。この時間になったら子どもたちはおろか、大半の働きに出ている父母も帰宅しているため、辺りを歩く人は誰もいなかった。時たまどこかの家から笑い声が聞こえてくるとか、そのくらいのものだ。
本当は二人の思い出の場所なんかで言うのが粋なのかもしれないが、残念ながらそんな場所は存在しない。
「少しぶらつこうか」
ただ、自宅前だけは避けたかった。万が一、親に見つかったら何年引きずられるか分かったものじゃない。
何か良い話題を持っているわけでもないが、ゆるりと二人歩き出す。まだまだ本格的な冬ではないとは言え、この季節に上を羽織らないのはかなり冷える。内側からいつも以上の熱を発しているということと、外からの冷気を遮断するということはどうやら別のことのようであった。
「......昔、ここの辺りでよく遊んだよな」
世間話とも言えないような軽い話を悠姫に投げる。彼女は「そうだねえ」と言いながら、優しそうに目を細めた。俺は更に「悠姫が遊べた頃はここらにも同年代のやつがいっぱいいたよな、田中とか、如月とか」と言葉を返すも、今度は彼女からのリアクションはない。.........ううん、話が持たない。
もう無駄な引き伸ばしはやめようか。どうせ、いつかは言わないといけないのだ。そう思い、前へ前へと進めていた足をぱたと止めた。すると、悠姫もそれに気づいたのか、更に数歩足を進めたところで立ち止まり、こちらを向く。
「どうしたの?」
「言ったじゃないか、外じゃないと話せないことがあるって」
「......うん」
そう言いながら、彼女は身体の前で指を組み、少し俯いた状態で俺の言葉を待った。
頭の中には様々な前口上が浮かんでくるが、それらは全て棄却する。そんな言い訳は後からでもいい。まずは悠姫を安心させてやりたかった。彼女はきっと今、不安なのだろう。ただでさえ俺に対して負い目を感じているのに、さっき、加えて俺に対する恋情を告白してくれた。俺から嫌われるかもしれないと思いながら、勇気を出して。
もしかしたら今も、自分との関係を断ち切るために外へと連れ出したと思っているのではないだろうか。それは俺の完全なる妄想に過ぎないが、そう思うと、不思議と口からスラスラと言葉が溢れ出てきた。
「単刀直入に言う。俺は.........俺は、悠姫のことが好きだ」
「...............ぇ」
俺の告白に対する悠姫の表情はというと、鳩が豆鉄砲を食ったような驚きようで、小さい声とも呼べないような声が漏れ出した。先程まで彼女の口から出ては四散していた白い息が、一瞬だけ止まる。
そんな彼女をよそに、俺は言葉を続ける。
「太陽のように笑う悠姫も、俺の学校での話を楽しそうに聴いてくれる悠姫も、ちょっと俺を誘おうとして失敗する悠姫も、全部。愛おしくて愛おしくて仕方がない」
彼女は依然として、言葉を失ったかのように何も言葉を発さない。それをいいことに、俺は更に自分の正直な言葉を紡ぐ。
「でも、ずっと言えなかった。悠姫から与えられた俺の使命が『道具』であることを、いつしか悟っていたから。すなわち、悠姫は俺のことなんか好きじゃないって、そう思っていたから。
でもその時はそれで良かった。悠姫に魅せられた俺は、傍にいて話ができるだけで、幸せだったんだ」
告白をして受け入れてもらうということより、そこからもう一歩踏み込んで、関係性が壊れてしまうというリスクを、俺は忌避した。
「でも、気づくべきだった。悠姫から受け取っていた無機質な感情というのは、少しずつ、少しずつ温かいものへと変わっていったことに。それがどういう意味かを理解しさえすれば、悠姫がこんなことに負い目を感じる必要なんて無かったのに.........」
そう呟くと、突然、突撃するようにして悠姫は俺に抱きついてくる。そして、服に埋もれてくぐもる声で、必死に声を出す。
「............詩遠だけのせいじゃないっ.........!」
もはや、そんな声すら愛おしく聞こえた。俺は左手を彼女の背中へと回し、右手を頭に置く。そして、彼女の言わんとすることを理解すると、できるだけ優しく頭を撫でながら、ぽつりと呟いた。
「......んまあ、確かにそうなのかもな。俺達二人の、似た者同士な二人のせい、ってところか」
「.........うん、そう。私達二人のせいなの」
すると、急に顔を上げた悠姫が、満足そうに笑みを浮かべながらそう言った。
それはまるで、彼女の中の負い目が晴れたかのようで、俺は久しぶりに彼女の本当の笑顔をこの目で望む。ああ、そうだ。やはりお前にはこれが似合う。
そんな彼女の表情を眺めて口元を緩めていると、彼女は満を持してといった様子で、俺へと提案をしてくる。
「それじゃあ、私達ようやくお付き合いができるということで、いいのかな.........? えへへ」
照れ笑いながら、上目遣いでこちらを見てくる。
そんな、これからが楽しみで仕方がないという風な悠姫に対して俺はと言うと、一気に気分が急降下した。......両想いであるとわかればこの様な提案をしてくると容易に想像がつくはずなのに、なぜ俺は準備をしてこなかったのだろうか。
俺はもう、悠姫とこの世を過ごすことはできないのに。
また、俺は彼女を悲しませてしまうのだろうか。
悠姫に勘付かれないように、短い時間で答えを、逃げ道を探す。
いつもの俺なら成し得なかっただろうが、彼女への想いの強さからだろうか。良さげな案が俺の脳裏に浮かんだ。
「..................ああ」
かなり時間を開けてしまったが、俺は彼女の質問に対して確かに首を縦に振る。
結論から言うと、思いついたのはそんなに良い策ではない。何なら、ただただ姑息で逃げの策だ。でも、ここまで嬉しそうな彼女の顔を見ていると、到底駄目だなんて言えなかった。
俺は、一晩だけ悠姫と付き合おうと思う。明日にはこの件についての決着を付けて、元の世界へと戻ろう。そうすれば、悠姫を悲しませることもないし、俺が再び悠姫へと依存してしまうということもない。何かあるとすれば、俺が少しだけ、寂しいということ。.........でも、今更俺にそんなことを言う権利はない。
......だから、それまでは恋人でいよう、悠姫。にっこりと微笑む彼女に対して、俺はそう心の中で語りかけた。




