Episode.4-8:お姫様とともに
「あっ、詩遠。もー、遅いよお」
コンビニの駐輪場前で季節外れのソフトクリームを舌を使ってちみちみと食していた悠姫は、俺を視界の端に捉えると地面へと向けていた視線をこちらへと移し、一瞬だけ表情を明るくさせたと思えば、すぐに頬を膨らませながらそう言った。
それに関しては彼女の言うとおりなので、素直に頭を下げる。
「いやあ、すまない。用事が思ったよりも長引いてしまってな」
それに対して、普段の悠姫ならば適当に許してくれそうな場面であったが、待たされていた時間が時間だったからだろうか。彼女はあまり納得のいってなさそうな顔を浮かべ、俺の言葉に返答した。
「それで、用事って結局何だったの?」
「あー............」
まあ、確かにそう来るか。そういえばさっき悠姫が家を出るとき、「全てを話す」と約束してしまったし、ここでそれを反故にするわけにはいかないよなあ。
とは言ったものの、困ったな。こうやって誤魔化そうとはあらかた決めているものの、その詳細はまだまったく定まっていない。彼女も馬鹿ではないし、俺が即興で考えた物語などすぐに見抜いてしまうだろう。それはどう考えても悪手だ。
そうなれば、取りあえず今できることは.........
「話したいのは山々なんだけどさ、ここで立ち話をするのも何だし、ウチに来なよ」
「ウチ......? さっきの家のこと?」
「いや、俺の家だけど。......嫌だったかな」
「んー、嫌ではないけど、これまたなんで?」
「どうせ話が長くなるだろうし、そっちの方が良いかなって」
そう言うと、彼女はどこか納得した様子で俺の隣へと立つ。まあ、このことがなくても元々俺の家へと連れて行くつもりではあったのだが、その流れをある程度自然な感じにすることができたし丁度良かった。
完全に紫水の記憶を失ってしまった悠姫を紫水の家へと置いておくわけにはいかないし、かといって、このまま金村家へと送還してしまうのも少し不安だった。だから、できればこのまま事態が収まるまでは俺の家へと置いておきたいのだが......まあ、多分悠姫が嫌がるだろうな、それは。
ともかく、少なくとも今日は何かと理由をつけて俺の家に寝泊まりしてもらう予定だ。そして、明日の内にけりをつけたい。学校はまあ......最悪切れば良いだろう。
「? どうしたの、詩遠」
悠姫は不思議そうな顔をし、俺をのぞき込むようにしてそう言った。不自然に思われてもそれは不利にしか働かないだろうと思い、取りあえず今の間は普通に金村悠姫と接することにした。
その後、俺たちは電車に揺られて移動した。駅から自宅まで移動する最中、紫水の母親から教えてもらった華菜さんが営む花屋を覗いてみようかと思ったが、どうやら日曜日は定休日のようだった。というか、ここって昨日悠姫とぶらぶらしている時に見つけた所だよな。いやはや、確かに変な売り文句を使っているなと思ったが、そういうことだったのかと謎の納得感を得たのであった。
「なんだか詩遠の家に来るのは久しぶりな気がするね」
お邪魔しますと小さく呟きながら玄関ドアを通ると、きょろきょろと辺りを見渡しながらそう言った。
まあ、入院していた時を含めて少なくとも一年近くは来ていないんだからな、と言いかけて口を噤む。そしてそれと同時に、そういえば彼女の記憶の中では自らが一度死んでいることはどのように処理されているのだろうかという疑問が頭の中に浮かんだ。あとで話の最中にそれとなく聞いてみるとするか。
悠姫は俺の自室へと移動する最中、母さんに挨拶をしたいなどと言い始めたが、なんとか阻止することができた。そもそもとして悠姫と母さんは謎に話が合い、一度話し始めるとこれがまた長い。それに加えて、今は特殊な状況なのだ。彼女らの認識のズレなんかがあったらさらに面倒くさいことになってしまいかねない。
そんなこんなで、俺たちは自室へと到着した。
しかし、ドアを開ける直前で、これから長話をするにあたって何もないのもどうかと思い、俺は茶とちょっとした茶菓子を持ってくると言い回れ右した。......まあ、リビングからキッチンも近いし、万が一悠姫が勝手な行動をしてもすぐに分かるだろう。
そう思いながらも、神経を研ぎ澄ませながら準備をし、それをお盆にのせて部屋へと戻る。何もいたずらをされていないことを祈るばかりだが。
そう願いながら少々行儀悪く肘と足でドアを開けると......。
「.........んまあ、そんなはずがないよな」
俺は半ば呆れながらそう呟く。そう、一見大人しそうに見えてすることはちゃんとする彼女のことだ。何もせずおしとやかに座っているなんて思ってはいなかったが。
「それにしても、この数分でよくもまあこんなに散らかせるものだなあ......」
俺の部屋は元々そこまで綺麗ではない方ではあるが、それでも机の上以外は整理整頓されていると言ってもギリギリ許してくれそうな位ではあったはずだ。それがまあ、ものの数分で泥棒が入ったかのような惨状になってしまっていた。一応、漁り終えた場所は彼女なりに元に戻そうとしたのだろうが、それでも『部屋を荒らされた』事実は簡単に分かるほどだった。
そして、そんな彼女は俺が帰ってきたことを察知すると、何の悪びれもせずに壁に立てかけられていた折りたたみ式の机をセッティングし始めた。ああ、そういうことはちゃんと覚えているのね。
俺は溜息を吐きながらも、コップやお茶請けを机に置く際に零れてしまった笑みを隠すことはできなかった。




