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模造品のリナリア  作者: 主憐茜
第四章

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Episode.4-7:紫水蘭という人間

 その後、とりあえず紫水に会いに行くという方針の下、リビングでは再び情報交換および考察が行われた。それらが正しいかどうかはもはや判断のしようが無いが、内容を思い出す限り、そこまで的外れだというわけでもないと思った。......まあ、結局その根拠すらない訳なんだけど。


 俺はひとまず紫水の部屋を借りて、それらの情報が記憶から離れてしまわないうちに、スマホのメモへと必死に打ち込んでゆく。


『タイトル:紫水の件について

 以下に、紫水の母親と行った考察を示す。ただし、その情報の正確性は未知数である。

 

 一、彼女が使用した花の種類について

 現象からの特定は困難を極めた。紫水の母親の知識を以てしても、死者を自らの身体に宿すことができる花言葉は分からなかった。

 可能性として、今朝俺が亜空間へと飛ばされることとなったリナリアも考えたが、この花が持つ主な花言葉は『この恋に気づいて』であるらしい。そこからこの効果に繋がることは考えづらい。......が、今のところの最有力候補である。


 二、記憶が消えてしまう効果について

 紫水に関する記憶だけが抜けてしまっているのは、やはりこの事象による弊害である可能性が高いらしい。もしかしたら、だんだんと紫水が現世との関わりを持てなくなってきている証拠なのかもしれない。

 また、これに関する情報の摺り合わせをした際、進行の度合いは彼女に関する記憶が多ければ多いほどに遅いのではないかという仮説が生まれた。その証拠に、紫水の母親は幼少期の頃の記憶がなくなってしまっただけだという。

 余裕があれば、彼女の学友にも確認したいところだ。


 三、彼女らが育てる花について。

 彼女らの能力は、厳密に言えば『花言葉を使うこと』ではなく、『花言葉を実現することができる花を育てることができる』であるらしい。そしてそれらの花は、通常の花と同じようには枯れず、能力を発揮し、それが無事役目を終えたところで散るのだそうだ。


 四、紫水華菜さんについて

 紫水の母親の妹に、紫水華菜さんという方が存在する。この人も同様に力を使うことができるのだが、どうやらそれを使って住宅街の外れで花屋を営んでいるようだ。行き詰まったら彼女に話を聞いてみると良いかもしれない。』


 ここまで書くと、小さく息を吐きながらスマホから目を離した。若干ぼやける視界で、壁に掛かる丸いアナログ時計を見る。書き始めた時の詳細な時刻は覚えていないが、ざっと十分強はスマホと向き合っていたようだ。


 伸びをしながら今度は窓の方を向き、少しの間ぼうっと遠いところを眺めると、再びスマホに目を移した。点滅を続けるキャレットに「もう入力は終わったのか」と問われているような気がして、今一度入力内容を確認する。


 ...............。


 まあ、こんなものだろう。そもこれを見るのは紫水の記憶を失くしたあとの俺だ。あまり細かいところまで書いても活字恐怖症の俺は読まないだろうし、これくらいでちょうど良い。


 そう思い込み、電源ボタンを軽く押しスリープ状態にすると、ベッドに向かって下から軽く投げる。ぽふりというオノマトペが似合いそうな跳ね方をすると、壁ギリギリのところで着地した。


 .........さて、今やらなければならないことは取りあえず終わりだ。

 そうなればさっさと悠姫を迎えに行ってやりたいところなのだが、そんな意に反して俺の腰はなかなか浮き上がらない。

 しかしそれは、疲れただとか、面倒くさいだとか、そんな安っぽい理由ではなかった。


 一つ、決着をつけなければならないことがあったのだ。

 それ即ち、紫水と悠姫、どちらを選ぶかという問題。

 決して表には出しはしなかったが、先ほど紫水の母親と会話をしている時からずっとそれを考えていた。


 もちろん、紫水の方に関してはその選択を取ったとしてどうやって元に戻すのかが分からない限りはそれは叶わないのだけれど、いざというとき、覚悟をしているのとしていないのとでは対応に大きな違いが出てしまう。


 だから一旦、心の中で決断しておきたいのだ。

 ............とは言っても、それは難しい話であった。なんせ、記憶を失ってしまっているせいで、紫水との関係性や思い出はほとんど覚えていない。そんな中、十数年と付き合いがあり、かつ好意を寄せている悠姫が相手ともなれば、もはや択は初めから一つのようなものだった。


「......いやしかし、ううん」


 だから——と、そこで終わることができたのなら、俺は今頃悠姫の下へと駆けだしている。そう即決することができないから、困っているのだ。


 そもそも、記憶がなくなっていってしまうことが想定内ならば、ここの決断も紫水に掌握されていることとなる。このままじゃあ、全てが彼女の思うがままだ。良い悪いの話ではなく、『知っているはずなのに知らない』という事象に、ただただ気持ちの悪さを感じてしまった。

 それに加えて、俺は薄々と感じていたことがあった。


 それは、俺は紫水を選ぶ確かなる理由が存在しているのだという............仮説である。そう、あくまでも仮説であった。そりゃあ、記憶がないんだから断定なんてできない。けれど、それは割と高い確率で合っているのではないかと心の内では思っている。


 未だ残っている記憶があることや、そもそもとして、紫水がこんなことをするほどの仲であったということや、可能性を考慮し始めたらその要素の列挙にはキリがなくなる。


 しかし、やはり、それは朧気で恐ろしいほどに脆い確信であった。その『何か』が分からない限り、それは頭の中をふよふよと動き回って、単なるノイズにしかならないのだろう。


 その証拠に、思考としては紫水についてもしっかり思慮しているにも関わらず、頭の中に現れるシルエットには、悠姫ばかりが現れて、紫水の姿は一向に見えない。

 分からない。分からない。何も、分からない。こんな状態で、何をどう決断しろというのか。


 その漠然とした不安や焦燥は、やがて苛立ちへと変化していく。その矛の先端はくねくねと脳内を駆け、最終的に向かった先は、あろうことか紫水であった。


 .........お前は一体何がしたいんだ? お前にとって俺は何なんだ? 俺に、何をどうさせたいんだ? なあ、おい。答えろよ、紫水。


 その思考はだんだんと加速していき、組んでいたあぐらは荒々しく揺れる。


 影も形もない後輩に向かって、口にはせずとも、心の中ではそのような言葉を何度も何度も唱え続けた。やがて、もしかしたら初めから彼女は俺をこうやって苦しめるためにこれを実行したのではないかと妄想するくらいには、俺の沸騰した思考は暴走した。

 そして、それは終には体内のみにはとどまらず、声として体外へと放り出される。


「......お前が............お前が地研に入りさえしなければっ————」


 そこまで口にするも、自らの暴走にようやく気がつき、慌てて口を噤む。万に一でも母親に聞かれていてはまずいと思い、恐る恐る後ろを振り向く。......しかし、それは杞憂だったようだ。ひとまずは胸を撫で下ろすも、我ながら何という思考をしていたのだろうかと猛省する。


 誰に見られていたわけでもないのに、妙に居心地が悪い。

 俺はおもむろに立ち上がると、先ほど投げたスマホを回収して、悠姫へと電話をかけた。呼出音が三回ほど鳴ったところで、聞き慣れた声が聞こえてきた。


「.........あー、悠姫。すまん、やっと用事が終わった。.........うん、今から向かうから待っててくれ。.........ん、ああ、そこのコンビニね。はーい、それじゃあ」


 そう言い通話を終了すると、スマホをポケットへと仕舞い、早速迎えに行こうと思ったのだが、その前に、姿も形も顔も声も趣味も特技も口癖も何もかも知らない紫水に向かって、小さな声で謝罪を告げた。それは何の意味も持たないものだったが、俺の気を静めるために、これまた自分勝手に謝らせてもらった。そして、小さく息を吐くと、ドアのレバーハンドルをゆっくりと下げ、部屋の外へと出た。


 ............しかし、やはり紫水に対する根拠のない不信感というは全く消えないままだった。

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