Episode.4-6:事情聴取
「.........意外と話が長引いてしまいました。申し訳ない」
紫水の母親からは、特に気にしていないとも呆れているとも取れた。まあ、実のところは分からないしどうでもいい。追い出されていない時点でこちらの勝ちなのだ。
特に会話を交わすことなくリビングの奥の方にあるダイニングテーブルまで進み、先日と同じ椅子に着席する。どうやら、父親の方は居ないようだった。
俺が座り一息吐いたところで、溜息交じりに彼女は言った。
「それで、蘭について聞きたいことって?」
まあ、そうなりますよね。さてはて、どうやって切り込もうか。いきなり今回の件について話しても困惑されるだろうし.........と思ったが、どうせどんなタイミングで言ったところで同じ反応になるに違いないのだ。少なくとも、俺の話術ではそうなってしまうだろう。あまり長い時間悠姫を外に放置するわけにもいかないし、それなら初めからその話題でいこうじゃないか。
「質問に質問を返すようで申し訳ないんですが、お母様は最近蘭さんを中心に起こっていることをご存じですか?」
「起こっていること.........?」
再び疑問形で返される。この反応を見るに、当然彼女は今起こっていることを知らないのだろう。それ即ち、紫水は家族にも何も言わずに実行したということで。まったく、何という親不孝な娘なのだろうか。
まあ、それはいい。俺に今できることは、事実を淡々と述べることだけ。それ以外の自我は出さないようにするだけ。それを念頭に置き、俺は会話を続けた。
「ええ、単刀直入に言いますとね————」
何度目かの説明ともなれば、あまり言葉に迷わずに進めることができた。ただし、今となってはその中に欠落がないとは言い切れないので、途中途中で深く思考をしながら、全てを話す。今日の朝にあったあれも含めて、全て。
何分経過したかは分からないが、随分と長い間話していた気がする。その間、彼女は全く口を挟まなかった。時々一瞥し様子を伺ったのだが、それこそ紫水と同じように、ほとんど表情を動かすこともなく、ただじっと、俺の話を聞くだけで。
しかしこの反応の無さ、もしかしたら今起こっていること自体は知らなくとも、これに関する何かしらのことを知っているのではないだろうか......?
こちらからの話が一区切りついた後、彼女の反応を待ちながらそんなことを考えていた。
俺の話が全く伝わっていない可能性もあるにはあるが、それだったらさすがに最後までそれを看過するなどということはしないだろう。
それに根拠なんてものは無いが、時間が経つにつれて、やがてそれは俺の中で確信へと変わっていく。なかなか言葉を発さない紫水の母親に対して、こちらから言葉を引き出すような形で、問う。
「もう一度問います。お母様は最近蘭さんを中心に起こっているこれらのことをご存じですか?」
すると彼女は、小さく息を吐くと、ようやく口を開いた。
「起こっているということは全く分からなかったけれど、何が起きているかは大体理解できた。君に言われなければ恐らく、一生思い出せないままに終わっていたかもしれない」
「終わっていた、というと、それは.........」
「ええ、蘭がやろうとしていることが親である私たちにも知られないままに成功して終わる、ということ」
その言葉が聞こえた瞬間、悪寒が奔った。『何が起きているかは大体理解できた』と言う紫水の母親がそう言うのなら、それは間違いないのだろう。勿論、当事者は気づくだろうが、その周りの人がそれを信じるとは限らない。そのまま、紫水の言う『おわり』が来てしまったのならばそれまでだ。
たとえそれが実親であろうと、その対処法を知っていようと、まず気づかないことにはそれは何の意味も為さない。
だが紫水よ、少し詰めが甘かったな。そのまま終わらせたければ俺に何も話さなければ良かったものを、中途半端に話した結果、俺は最強の味方を手に入れたぞ。と、今もどこかの亜空間にいるであろう彼女に向かって、内心ほくそ笑む。
そして、その最強の味方に、再び質問を投げる。
「それで、どうやったら元に戻るんでしょうか?」
また忘れてしまわぬようにと、スマホのメモ帳を開きながら答えを待った。だが、それに対する彼女の反応はあまりよろしいものではなく。むしろ、思考を続けるにつれて、表情がだんだんと暗くなってゆくような。
やがて、本当に申し訳なさそうに彼女は告げる。
「ごめんね詩遠君。それが、理解した『大体』から外れている部分なの」
「えっ............」
呼吸が一瞬だけ止まった。
俺が考慮していなかったというだけで、確かにそれは一つのパターンとして存在していたものではあったのだ。しかし、それすら分からずして、この事象の『大体』の理解などでき得るのだろうかという先入観はどうしても拭えなかった。......まあ、俺が何をどう捉えようと、でき得るのだろう。何も知らない俺の勝手な妄想よりも、彼女の言葉の方が正しいことは自明なのだ。
だが、そうなってくると..................まずいぞ。
スイッチがオンになったかのように、急な展開に対して溢れ出てくる焦燥が次なる疑問を解消すべく言葉を急かしてくる。けれど、かろうじて残っていた理性的な思考を用いて、冷静さを取り戻そうと試みる。落ち着け。その行為には何の意味もない。
次々と湧き出てくる疑問を一問一答形式で解消していったところで、残るのはぐちゃぐちゃに散らばった断片的な情報だけだ。それをまた一から整理して理解することが俺にできるか? そんな自問をし、さらに自分自身を落ち着かせる。
そこまでして、ようやく焦燥感は去って行った。......だからといって事態が好転した訳ではないが、無駄に焦るよりはよっぽどましだ。
一つ深い呼吸をすると、俺は再び口を開く。
「取り乱してしまって申し訳ないです。......今一度、紫水のお母様が知っている全てをお話しいただくことは可能でしょうか?」
彼女は優しい声音で答えた。
「ええ、もちろん。貴方がそれを信じようが信じまいが、私の持つ全てを貴方に託すつもり」
「託すって......」
「さっきも言ったけれど、私にはこれを元に戻す正確な方法は分からない。それがあるのかすら、断言することができないの。.........でも、もしそれがあるとするなら、それは貴方にしかできないことだと私は踏んでいる。だから、託すの」
「? それはどういう......」
「多分、聞いていれば分かるよ」
そう言うと、彼女は少々声のトーンを下げ、まるでお伽噺の語り部かのような声音で話し始めた。
「どこから話そうかをかなり悩んだけど、多分、最初にこれを言った方がいいかな。
......時に詩遠君、あなたは『花言葉』を知っているかな?」
「え、花言葉ですか?」
予想だにしていなかった言葉に、思わずオウム返しをしてしまう。知っているか知らないかを問われると、おそらく世間一般の人と同じくらいの知識量だと言えるだろう。全く知らない訳ではないが、胸を張って『知っている』とは決して言えない、その程度だ。
それよりも、今回ばかりは、その質問に対してこう問い返さずにはいられなかった。
「少しだけなら知ってますよ。.........でもそれになんの関係が?」
「それが大ありなの。だって、あの子.........いや、正確に言うと私たちは、その『花言葉』を使うことができるのだから」
「...............」
この人は一体何を言っているのだろうか。花言葉を......使う? 今更すっと咀嚼できるような言葉は出てこないのだろうと予測していたが、まさか全く理解できないとは思わなんだ。まあ、彼女とてその一言で伝わるとは当然思っていないだろうし、大人しく次なる言葉を待つとしよう。
数秒後、俺の反応が全くないこともあってか、彼女は予想通り言葉を付け加えた。
「概念として説明するのはちょっと難しいから、例を挙げるね。例えば.........この季節に花を咲かせる山茶花にしようか。山茶花には『困難に打ち勝つ』という花言葉があるの。そして、そんな山茶花を私が育てて......と言っても造花なんだけど、それを誰かが祈りながら飾ると.........」
「.........本当に『困難に打ち勝つ』、ということですか?」
「理解が早くて助かるよ」
彼女は仄かに笑みを浮かべながらそう言う。まあ、この会話の流れならば、そう言葉が続くのはもはや必然だろう。......と、そういう考えになる時点で、俺はだいぶ彼女たちの常識外れな話に毒されているのだろうな。
そんなことを思い内心苦笑しながら、次はどんな方向から言葉が飛んでくるのだろうかと考えていると、彼女は逆説の接続詞を言ったかと思えば、少々強張った顔で告げた。
「でもそれは、そうなったらいいな、という程度の、本当におまじないのような能力なはずなの。それですら、短距離走を全力で走るくらいの体力を消費しちゃうものだからさ」
更に言葉を続ける。
「だから、考えただけでぞっとするの。魂を移動させる程の効力だなんて、どれほど身体に負担がかかるのか.........分からないし、考えたくもないわ」
そう言いながら俺から目を逸らし床に落とすその様子を見るに、彼女も紫水のことを相当心配しているようだった。......まあ、無理もないのだろう。まだまだガキな俺には、その程度なんてものは到底計り知れないけれど。
しかし、これが『大人』というものなのだろうか。次の瞬間には表情を元に戻し、少し外れかけた話を元の道へと戻す。
「それでね、この力は紫水姓の女性に代々受け継がれてきたもので、私は勿論、姉も、お母さんも、おばあちゃんもみんな持っていたものなの。......けれど、誰一人としてその詳細は知らない。それは、あまりにも非科学的すぎるこの力は、誰かが遊びで創った単なる言い伝えとしか捉えられていなかったから。いや、どちらかというと『昔話』の方が合ってるのかな」
その表現の是非について数秒間考え込む紫水の母親であったが、やがて「まあ、それはいいか」と半笑いで言うと、再び語りかけるように言葉を紡いだ。
「だって、考えてもみてよ。花言葉なんて、それこそどこかの誰かが花に対して勝手に作った概念でしょう? そんな曖昧なものがどうして現実になるというのか。.........まあ、そんなことを言いながらも、何回か試してみたりしたんだけどね。
とまあ、そんな感じでさ、私はこの力について概念的には知っているけど、それ以上のことは知らないの。.........だから、これから何をすればいいか、なんてのはサッパリ」
「.........俺だって知らないですよ?」
「まあ、そうね。詩遠君はこの力について今聞いた以上のことは何も知らないでしょう。......でも、あなたは『紫水蘭』を知っている。それだけで十分なの」
この人は何を言っているのだろうか、そう思ったのが表情にでも出ていたのだろうか。彼女は即座に言葉を続ける。
「ちょっと言葉が足りなかったね。あなたは、私の知らない『紫水蘭』を知っているはず。そしてそれは、今回のことを解決するのに重要な鍵になると思うの。
例えば、蘭が今回使用した花の種類の特定、とかね。すぐには思いつかないけれど、死者と生者の存在を入れ替えるような花言葉がきっと.........あるのかな?」
「さあ?」
数秒の沈黙が流れた後、わかりやすくされた咳払いと共に話は続く。
「ともかく。そんな風にして、私たちが持つ情報を合わせれば、今までは見えなかった何かが一つ一つ紐解かれるかもしれない。.........もしもあなたが、蘭を取り戻したいと思ってくれたのなら、だけどね」
「!」
彼女の言葉に不意を突かれる。......まさか、親御さんの口からその選択の話が出るとは思わなかった。それも、随分と後ろ向きな発言として出てくるとは。
「そりゃあ、私もあの子の親ですから、その方が良いに決まってるよ。.........でも、親だからこそ、今更止める権利なんて無いんじゃないかなって、思っちゃってさ。
あなたの話を聴く限り、やっぱり蘭は誰にもばれないようにと計画を練っていたんだと思う。そして、それをしっかりと遂行するにはかなりの期間試行錯誤をくり返さないといけなかったはず。..................でも、私たちはそれに気づけなかった。いつもと変わらぬ蘭としてしか、接していなかった」
だから、今更止める権利はないと?
.........彼女は何を言っているのだろうか。随分と卑屈な考え方だと思った。紫水は、紫水自身がやりたいことを好きにやっているのだ。ならば、俺たちが好きに行動しちゃいけない理由なんてないだろう。
と、思ってみたりするものの、それは声にはならない。きっと、俺と彼女とでは思考の中にどこか断層のようなズレが存在する。こんなところで関係を変にしたくないし、とりあえずそのことについては黙っておこう。
代わりに、俺の今の胸の内を語る。
「......正直、俺も彼女の決断を覆す権利は無いと思っています。紫水の中でそこまで大きな存在なのかと問われると、全くそんな自信はなくて。............でも、その行動原理は、その心のうちは、たとえそれがどんなものであろうと聴き遂げないといけないと思っています」
思えば、彼女が俺に『託す』と言ったのはそういうことだったのだろう。協力はするけれども、判断の全ては俺のに任せるという。.........まあ、今のところその俺の判断もブレブレな訳だけどさ。




