Episode.4-5:お姫様の下へ
日曜日の中途半端な時間だからか、駆け往く道には全然人がいなかった。結局起床から今まで何も口にしていないせいで上手いように力が入らないが、それでも、なんとか地を蹴って紫水の家を目指す。
先日悠姫と訪れたときの風景を必死に思い出しながら走ること十分強。ついに紫水の自宅へと到着した。今からしなければならないことを考えると、前回と同じかそれ以上の緊張が俺を襲う。しかしそんなことで躊躇している暇なんてのは存在しないのだ。早々に覚悟を決め、連打してしまいそうな勢いでインターフォンを鳴らす。
すると、その数秒後に紫水の母親が対応してくれたので、今更忘れ物に気づいたと適当な嘘を吐き、なんやかんや中へと入れてもらえることとなった。
さらに待つこと十秒程度。かちゃりという軽い音と共に玄関ドアは開く。
「......忘れ物くらい蘭に頼んでくれても良かったのに。明日も学校でしょう?」
「!!」
玄関ドアを開けてくれた紫水の母親は、開口一番にそう言った。それは一瞬何ともない言葉のようにも聞こえるが、彼女が紫水のことを覚えているという情報が分かる重要な言葉であった。......よかった、彼女らまで記憶を失っていたらどうしようかと思っていたのだ。
ひとまず胸を撫で下ろしながらその言葉に返答すると、靴を脱ぎ家へと上がる。そして、彼女が階段の下から紫水を呼ぼうとした瞬間、俺はその動作を制止した。驚きと疑問を併せ持った表情を浮かべる紫水の母親に対して、俺は意図せず浮かんでいた神妙な顔で告げる。
「.........ごめんなさい、嘘を吐きました。本当は忘れ物なんてしてないんです」
疑問符を複数浮かべる彼女に、言葉を付け加える。
「実は、蘭さんについて聞きたいことがありまして」
依然として怪訝な顔を崩さない紫水の母親であったが、俺の目的がはっきりと分かったからだろうか、意外とすんなり許可をくれた。「何のおもてなしもできないけれど」と言いながら、以前も一度訪れたリビングへと通される。彼女の後に続くようにして、開けっぱなしのドアを通る.........と、その前に。
「すみません、ほんのちょっとだけ蘭さんと話してきますっ!」
と言うと、反応も待たずして回れ右をし、階段をなるたけ静かに駆け上がった。
悠姫に待っておけと言った手前、さすがにずっと放置しておく訳にもいかない。まあ、かといって今更一から説明をしている暇もないので、適当な用事にかこつけて少し外へと行っていてもらおう。
「悠姫! 俺だ、詩遠だ」
階段を上りきると、ドアを軽くノックしながらそう呼びかける。「はあい」というなんとも不抜けた声が聞こえたことを確認すると、躊躇もなく後輩の部屋へと入り込んだ。
「凄いね詩遠、本当にあれだけの情報でここまで来ちゃうだなんて。まるでゲームの主人公みたいだよ」
可愛らしいパジャマ姿のままベッドに座り込む悠姫は、楽しそうに笑いながらそう言った。本当に申し訳ないが、今はそんな言葉に付き合っている余裕はなかった。
「会って早々で申し訳ないんだが、ちょっとお遣いを頼まれてくれないか?」
彼女は困惑したような表情を浮かべる。
「ええと、別にお遣いは良いんだけどさ.........そうだ、それなら一緒に行かない?」
「すまない、俺はちょっとやることがあるんだ。ついでに好きなもの買って良いから、な?」
ポケットからつい数十分前に拾ったばかりの財布を取り出し、言った。依然として何も分かっていない様子の悠姫であったが、数秒の後、静かに立ち上がる。きっと、今の俺にこれ以上何を言っても無駄だと察したのだろう。
俺から財布を受け取る傍ら、不満気に口を尖らせて呟いた。
「そっちの用事が終わったら、全部話してよね」
「ああ、勿論だ」
俺のその言葉に対して、「じゃあ良し!」と返すと、早速自室のドアから出て行こうとする。だが、その直前で停止した。そして、自らが身につけてる服を見つめたかと思えば、こちらを向いて一言。
「............あの、さすがにパジャマじゃ行けないんですけど」
まあ、確かにそれはあまり良くない。ただでさえ今日は寒いのだ。それだけで外へ行くのはかなり危険と言えるだろう。
ここで俺がコート等を貸せたら良かったのだが、如何せん今日は昨日の気温に惑わされ何も羽織ってきていない。......ううむ、仕方がない。あの手で行こう。
「詳細は後で話すんだが、実はここ、俺の知人の家でな。そこのクローゼットにある服はある程度好きにしていいと言っていた」
「知人.........? あっ、もしかして、さっき言ってた『紫水さん』のこと?」
変な勘違いを生んでしまったが、今はむしろ都合が良い。そういうことにしておこう。その後も適当な嘘を並べて、なんとかそれ以上疑問を持たせずに着替えさせることに成功した。......まあ、そのしわ寄せは後で来るのだが、その時はその時だ。
部屋の外へと出てしばらく待つと、着替えを済ませた悠姫が姿を見せた。
「おまたせ」
「ん、こっちだ」
その後、泥棒よろしく音を立てないように家の中を移動し、なんとか親御さんにはばれずに彼女を送り出す。その際、彼女には嘘のコンビニの場所を教えておいた。全く知らないであろう地で迷子にさせるのは少々心が痛むが、話の途中で帰ってこられても事態をややこしくしてしまうだけなので、終わるまでずっと外にいてもらおう。
まあ、スマホは持たせたし、何かあったら電話をかけてくるだろう。
かくして、話し合いをするための舞台を整え終えた俺は、再びリビングへと向かった。




