Interlude-3:とある夏の日の地研部室①
「............先輩、この■おすすめですよ。内容は哲学チックでお堅い部分もありますが、文体はかなり柔らかくて——」
「——ごめん、今はいいかな」
夏真っ盛りな八月十七日の午後。地域研究部部室では、またもや部長の男子生徒と新入部員の女子生徒の二人のみが着席していた。通常の授業では使用されていないおんぼろな教室内にクーラーなんてものはなく、全開にされた窓からは蝉の合唱がけたたましく降り注ぐ。
しかし、その様子は数か月前のものとはかなり異なっていた。
以前は二人だけの教室の居心地が悪くないようにと会話を引き出そうとしていた男子生徒は、組んだ腕を机に乗せ、さらにその上に顎を乗せ、覇気がない眼でどこか遠くを見つめている。それに対して、以前は居心地なんて気にせずに黙々と■だけを読んでいた女子生徒の方はというと、まるで立場が逆転したかのように積極的に男子生徒に話しかけていた。
だが、その反応はあまり芳しくなく。
せっかくの話題を途中で打ち切られた女子生徒は、残念そうな顔を浮かべながら両手で持っていた■を机の上へと丁寧に置き、きょろきょろと周りを見渡し始めた。
そしてその数秒後、何かを思い出したかのようにぱあっと表情を明るくさせると、自らの学校指定のバッグをがさごそとあさる。
「先輩、すっかり渡しそびれていたんですけど、この間行った旅行のお土産があるんです! 味が二つあるんですけどどっちが——」
「——ごめん、今はいいかな」
男子生徒はまるで壊れたカセットテープかのように同じ言葉を繰り返す。だが、女子生徒も負けてはいない。先ほどよりもさらに深くまで顔を暗くさせるが、すぐに話題を見つけて口を開く。しかし、彼女が浮かべる笑みは、先ほどとは違いどこか引き攣っていた。
「先輩——」
そうやって彼女が三度男子生徒を呼びかけたその瞬間、教室内には木製の机を叩きつける鈍い大きな音が鳴り響く。その後、それ以上に大きな怒号が男性生徒の口から発された。
「——ああもう五月蠅いなあ! ちょっとは気を遣って静かにしてくれてても——」
そこまで言って、彼は慌てて口を噤んだ。しかし、その行動はあまりにも遅い。女生徒はふるふると生まれたての小鹿のように怯え、足は動かなくとも、体は男子生徒から避けるように仰け反っている。そんな彼女の部長を見る眼は、完全に畏怖を示していた。
「.........ぁ、ご、ごめん、なさぃ......」
蝉の声に負けてしまいそうなほどに弱々しい声で謝罪を告げる。
「.........ゎたし、せんぱぃにすこしでも、げんきになって、ほしくて...............でも、わたしなんかが、めぃわく、でしたよね、あはは、は............」
そう言い、男子生徒の方を向きながらも、摺り足で少しずつ教室の出口へと向かう。男子生徒は弁解をせんとそれを制止しようとするが彼女の足は止まらない。むしろ、振り返り全力で駆けだし、そのまま教室を去ってしまった。
独りになった地研部室で、男子生徒は頬を伝い落ちてくる汗を拭うことすらしないままに、何をするでもなく、ただぼうっと扉を見つめ立ち尽くした。




