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模造品のリナリア  作者: 主憐茜
第三章

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Episode.3-4:悠姫の告白

「......なんで、泣いてるの?」

「.........え?」


 右手を最大限に開け、おもむろに親指と人差し指で両目の目頭を触る。

 すると、温かい水分の珠が、俺の指に付着して破裂した。何のごまかしもできない。それは涙というほかなかった。.........なんで俺は泣いてるんだ?


「............ねえ、詩遠」


 思考する、というよりは唖然としていると、再び隣から呼びかけられる。俺がそれに返答する前に、彼女はとても優しい声音で告げる。


「ごめんね、生きてあげられなくて」

「...............それは、違うだろう?」


 彼女がどういう意図や経緯でその言葉を選んだのかは知る由もないが、それは彼女が言うべきものではないということは確かであった。けれど、彼女はゆっくりとかぶりを振ると、更に言葉を続けた。


「ううん、そんなことない。これは確かに、私があなたに対して言わないといけない言葉」


 突然、彼女はベンチから腰を浮かす。そして、ザクザクと音を立てながら数歩斜め前へと進んだかと思えば、右足を始点にくるりと回れ右をして、煉瓦で作られた花壇へと腰掛けた。


 俺と向かい合わせで対話をしたかったのだろうが、不自然なまでに開いた二人の距離には少しばかりの気持ち悪さを感じざるを得なかった。

 若干目を逸らしながら彼女は言う。


「.........だって、あなたが今前を向けていないのは私の所為だから」

「悠姫......さっきの話、聞いてたのか」


 悠姫は、ばつが悪そうな顔をしながらただ一言、「ごめん」とだけ返す。まあ別に、それに関しては隠すような事でもないから別にいいんだけどさ。


「それで、『私の所為』っていうのはどういうことだよ」


 それよりも、気になったのはむしろそっちの方だった。

 彼女は俺の知らない何かを隠しているのか、それとも、ただ俺を庇っての発言なのか。どちらにせよ、あまりいい気分はしないのだが。


 悠姫は第二関節で折り曲げた人差し指を唇に当て、しばし考えこむ。言葉に悩むほど大きなことなのかと不安になって様々な考えが頭によぎるも、俺にできることはじっと待つことだけだった。


 十秒程度思考した末に、彼女は呟くようにして言葉を紡ぐ。


「詩遠はさ、私が中学生の時に入院したことを覚えてる?」


 唐突な話の展開に少々困惑を覚えるが、彼女には彼女なりの話の順序があるんだろうと思い、その問いに対する答えを考える。


 前提として、悠姫は先天性の病を患っており幼い頃から身体が弱く、よく......と形容すると語弊を生みそうだが、少なくとも普通の人よりは高頻度で病院のお世話になっていた。


 定期的な検査は当然ながら、それがあまりよろしくない時には入院してしまうこともあり、俺が知っているだけでも片手でギリギリ数えることが出来るくらいにはその機会があった。そこから『中学生の時』に絞るならば......


「確か、中一の時と中三の時の二回あったと思うが......」


 記憶を頼りにそう答えると、悠姫は意外そうな表情を浮かべながらリアクションを取る。


「うん、そうだよ。というか、中三の時のは期間も短かったのによく覚えてるね」

「そりゃあ覚えてるとも。まあ、確かに『入院の期間』は短かったけどさ」

「けど.........?」


 敢えて含みのある言い方をしたのだが、どうやら彼女はそれを察することが出来ないらしく聞き返す。ただただ自覚がないのか、はたまたしらばっくれているのか。......ううむ、あの悩み様はきっと前者だな。

 そう判断すると、小さくため息を吐きながら、俺は続きの言葉を紡ぐ。


「本気で忘れてるのか? あれだけ『修学旅行に行けない』って泣いて騒いでたのに」


 そう、彼女は中三の初めにも入院したのだが、それに関してはすぐに回復して一週間もしないうちに退院できた。だが、経過観察が必要だということでそれから一月後に行われた修学旅行に参加することはできなかったのだ。


 確かに可哀想で不憫だとは思ったが、出発前後に色々と泣き言を言うだけならともかく、旅行中の夜にまで電話をかけてきたときにはさすがに騒ぎすぎではないかと思った。同部屋の連中に誤魔化すの大変だったんだぞ、あれ。


 そのことを聞き、依然として悠姫はその記憶を思い出そうと思考を続ける。それから数秒、ようやく自らの言動を思い出したであろう彼女の頬は一気に紅潮したように思えた。そして、俺から目をそらしながら、弱々しい声で恥ずかしそうに言う。


「そ、そんな昔の話されても......」

「悠姫から聞いてきたのに」

「うぅ............と、とにかく、話したいのはそっちじゃないの!」


 慌てる彼女も可愛かったが、一応これからするのは真面目な話だと思うので、ふざけるのはこれくらいにしてその軌道修正に乗っかる。続きを促すと、仕切り直しだと言わんばかりに咳払いをしてから、落ち着いた口調で再び口を開いた。


「あの時点で数回目の入院だったからか、もう入院すること自体には慣れてたんだけどね。......でもちょっと、精神的にはきつくてさ。

 入学してから一週間で入院して、そのまま夏休みまでは学校に行けないって言われて。やっと夏休みに解放されたかと思えば学校で補習があって。

 全部私のためにやってくれていることだとは分かっていても、どうしても、何で私だけこんな思いをしないといけないんだろうって、思っちゃってさ」


 目を伏せ、本当に悔しそうにそう告げる悠姫。

 当時、彼女の口から直接そのような言葉は聞いたことは無かったが、見舞いで病室に通ずるドアを開けた時の横顔には全く覇気がなかったことを思い出した。

 彼女は言葉を続ける。


「でもね、詩遠が居てくれたから私はまだ正気を保ててた」


 そんな悠姫の言葉に対して、俺は違和感を覚える。いや、違和感というよりは記憶の相違だろうか。まだまだ語ることがありそうな彼女であったが、その溝を深めないようにと口をはさんだ。


「......それって、見舞いの話だよな?」


 悠姫はこくりと頷く。


「てことは、別に俺に限った話じゃないんじゃないか、それ」


 自分の頭に存在する記憶と照らし合わせながらそう問う。

 俺や悠姫が住んでいた場所は丁度俺達が生まれたくらいに開発が進んでいた住宅街で、同世代や同窓の子がそれなりの数近所に住んでいた。今でこそ顔を合わせたら挨拶をする程度になったが、昔は一緒くたになってよく遊んだりしていたものだ。


 そして、悠姫が中学に入った途端に長期間入院することになった時、その中の悠姫を除き俺を含めた四人が代わり番こでお見舞いをしようということになった。


 悠姫の心を少しでも支えられたらいいなと思って始めたことだから彼女自身がそう思ってくれているのは嬉しいのだが、その言い方ではまるで俺だけに支えられたように聞こえてしまう。


 彼女は俺が何を問うているのかを察し、それに対して答えた。


「ううん、何も間違ってないよ。......あの子たち、次第に来なくなっちゃったからね」


 哀しそうな声音だった。


「え、あいつらが? .........なんだよ、それ」


 唐突に開示された情報に様々な感情が交差するが、その中でも一番強かった怒りの感情がじわりと湧きあがり、いつの間にか握られていたこぶしを震わせた。


「ちょっと待って! あの子たちは悪くないよ。.........そりゃあ、せっかく新しい環境に身を置くようになったんだもん。私なんかに構うよりも楽しいことなんて沢山あるよ」

「............」


 俺の様子を見てか、悠姫は慌てて制止する。

 まあ、彼女が言わんとしていることは分かるが、その言葉は俺に対してダメージを与えるものだということに気付いているのだろうか。


 そんなことを言われては、まるで友人の誘いを断ったり、部活動をこっそり抜け出して見舞いに行っていた俺が馬鹿みたいじゃないか。............いや、馬鹿なのは否定できないけど。


「それでね、ここからがさっきの話と繋がるんだけど」


 そんな俺の気も知らないであろう彼女は続けてそう告げた。さっきの話......ああ、俺が前を向けない理由が悠姫にあるとかいうあれか。


「私も、悪くないとは思ったよ。しょうがないとも思ったよ。だけど、やっぱり不安にはなっちゃうものなんだよね。このまま誰にも見向きもされずに死んでしまうんじゃないかって。

 ............だから私は、唯一私を気に掛けてくれたあなたに依存した。そして、あなたが私に依存させるように仕向けてしまった」


 悠姫は、まるで懺悔するかのように告げる。


「私に関心を持ってほしくて、私だけに構ってほしくて、『悠姫には俺がいないと駄目なんだ』って思ってほしくて。

 そんな思考の下、ただの幼馴染の一人というだけの詩遠に対して私は色々なことをした。

 とびっきりの明るい笑顔を見せてみたり、構って構ってと隙があれば喋りかけたり、時には、甘い言葉を囁いてみたり。......まあ、それに関してはあなたは全く靡かなかったけどね」


 ほんの少しだけ哀しそうに笑った。


「そんな調子で、私は中学一年生から亡くなるまでの間あなたを束縛し続けてしまった。......いや、違うか。中学生の時から今までずっと、なんだよね?

 生前束縛していたことだけでも十分に悪いことなのに、あろうことか私は、それを解かずにこの世を去った。.........私にできる唯一の償いが、『生きること』だったのにも関わらず。

 一応、その方法は考えてはいたんだ。そして、答えも簡単に出た。本当に簡単な方法だった。一言、度の過ぎた悪口でも何でも言えばいい。そうしたら、あなたは私を嫌って自然と離れていくだろうと。

 .........でもね、どうしても言えなかったんだ。

 私が亡くなるその最期の瞬間まで、あなたに嫌われたくなかった。

 最期の最期の最期の最期まで、私の言動は我儘で汚れていた。人のこと——私が一番愛したはずの詩遠のことなんてこれっぽちも考えずに。

 ............最低だね、私って」

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