Episode.3-3:もう少し、寄り道
「それじゃあ、ありがとうございました。.........また来ますね」
「御馳走様でした」
「ああ、二人ともまた来てね」
会計を済ませ軽く挨拶を交わすと、俺たちは外に出る。店内が温かかったおかげか、外の気温はかなり寒く感じられた。
「ひゃあ、寒いねえ。.........さて、これからどうしようか?」
「そうだな.........時間も時間だし、そろそろお開きでも良いんだが.........」
袖をまくり、腕時計を一瞥しながらそう言う。長針と短針は午後五時を示していた。特に悠姫は紫水の家まで帰らなければならないのだから、あまり暗くならないうちに帰った方がいいだろう。
「えー? もうちょっとどこか寄らない?」
だが、彼女はまだ満足しきっていないみたいだった。駄々をこねる幼児のように頬を膨らませる。しかしそれは数秒で割られたと思ったら、急に年相応の微笑みを浮かべ、言う。
「.........私、もう少しあなたと話したいな」
そんなこと言われたらここらでお開きなんてできるわけないじゃないか.........とは思ったものの。
「寄るって言ったって、どこに?」
生憎、ここら一帯は住宅街だ。スーパーマーケットやらコンビニやらはあるが、そんなところは別に今行くところではない。駅までの道にも、正直あまりゆっくりできそうな場所はない。悠姫もそう問われて必死に悩むが、彼女もまたここらの住人だっただけに、なかなか思いつかないらしい。
そして、十数秒唸り続けて出た答えというのが。
「詩遠の家、とか?」
「却下だ」
即答だった。いくら幼馴染とはいえ、そうほいほいと自室に上げるわけにはいかない。......まあ、悠姫はともかく俺までも当たり前のように紫水の自室に入り込んだわけなんであまり強く主張することは出来ないんだけど。
「酷いなあ、昔は毎日のように遊びに行ったのに」
「昔は昔、今は今だ」
それから少しの立ち話をして、結局、ここから駅まで歩いて何も無かったらそのまま解散しようということになった。
来た道とは別の道を歩きながら駅を目指す。その途中、度々彼女と言葉を交わしながらも、頭では先ほど喫茶店で店主さんと話したことを思い出していた。
『ちゃんと悠姫と決別して、前を向かないといけないのです』
今思えば、よく俺の口からこんな言葉が出たものだ。思ってもないこと、といえば嘘になるが、今の俺にこれが出来るのかと問われればきっと無理だろう。そして、それを分かったうえで俺はこれを告げた。
でも、それがもし『できる』としたら、それは今しかないということも薄々自覚していた。彼女は今、冗談でも比喩でもなく、目の前にいるのだ。空想の彼女には言葉が届かなくても、数十センチの距離しかない現実の彼女には、言葉にしたら嫌でも届く。.........まあ、結局のところ、問題は俺がその言葉を言えるかどうかということになるのだが。
「——ぉん? おーい、詩遠ってば!」
そんなことを考えながら歩いていると、気付けば思考にのめり込んでしまい、彼女からの言葉をシャットアウトしてしまっていたようだ。思考と思考の隙間に入り込んできた声が俺の鼓膜を震わせ、俺を現実へと引き戻す。
「......すまん悠姫、考え事をしていた。......それで、何だっけ」
「いや、別にそんな大層な事じゃないんだけど。あそこも懐かしいねって」
少々戸惑いながらも彼女は左斜め前を指さす。それにつられて俺も目線を動かした。
そこは、遊具としてはブランコと滑り台と砂場があるだけの小さな公園だった。今はこの近くにもっと大きな公園が出来たせいでほとんど見向きもされなくなったが、俺達が小学生くらいの時はよくここで遊んでいた。
......というか、ここに来たってことはそろそろ駅も近いな。
そう思うと、自然と足が止まった。彼女は特に気に留めずに歩き出したものだから、慌ててそれを制止する。「どうしたの?」と問う彼女に対して、やはり一歩も動かないままに、俺はこう言った。
「......ここ、ちょっと寄っていこうか」
すると彼女は、とても明るい笑みを浮かべて、
「うんっ」
と返した。
丁度二人掛けができるくらいの長さのベンチにゆっくりと腰を下ろす。
もう皆が帰るべきところに帰っている時間だからか、聞き耳を立てても、人工的な音は何も聞こえなかった。......と思っていたら、部活帰りと思われる男子生徒達の元気な声々がどやどやと通り過ぎていく。風情の欠片もないなと思わず苦笑する。
等間隔に設置されている古びた街灯が放つ淡い光に照らされながら、お互いの顔を見合わせることもなく、ゆっくりとした時間が過ぎてゆく。.........一生、こんな時間が続けばいいのに。
「——詩遠?」
「......えっ? いやっ、これはその——」
そう考えた刹那、隣から俺を呼びかける声が聴こえてきた。急なことで、その思考に対しての呼びかけだと錯覚してしまった俺は、必死に誤魔化すような言葉を紡いだ。
しかし、彼女は俺の誤魔化しなぞ無視して、言葉を続ける。
「......なんで、泣いてるの?」




