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模造品のリナリア  作者: 主憐茜
第三章

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Episode.3-1:お出かけ

 午後一時二十五分、待ち合わせの時間まであと五分だ。既に待ち合わせ場所で待機している自分が何か出来るわけでもないのに、ちらちらと腕時計を確認してしまう。幼馴染と会うだけでここまで緊張してしまうとは思わなんだ。


 昨日の夜、メッセージアプリを介して色々と話し合ったのだが、結局、地元を適当にぶらぶらしながら話をしようということになった。果たして彼女はそんなつまらないことに一日を消費していいのだろうかと疑問に思わずにはいられなかったが、まあ、悠姫が提案してきたのだから文句は言わせない。


「......お待たせっ」


 そんなこんな考えている内に、駅の改札口方面から小走りで悠姫がやってくる。

 今日は摂氏二十数度と十一月の終わりとしてはかなり温かく、彼女の服装にもそれが表れていた。女の子らしいピンクのニットに、ふわりと柔らかい印象を与えるベージュのスカートを合わせて、さながら春か秋かのような装いだ。


 しかしまあ、紫水もこんな可愛らしい服を持っていたんだな。そもそも彼女の私服姿を見たのは数回しかないが、そのいずれもあまり我を主張しないようなものだったから、少々驚いた。


「それじゃあ行こうか」


 別に行く当てがあるわけでもないが、俺はそう言う。彼女は「そだね」とだけ言うと、俺の隣に立つ。......ええと、これはプランは全て丸投げということでよろしいですか? いや、俺は何もよろしくないですが。


 ......まあ、いいか。かれこれ十年以上の付き合いがある幼馴染だ。俺がつまらない人間だということくらい嫌というほど理解しているだろうし、多少は許してくれるだろう。


 そんなことを思いながら彼女のペースに合わせるためにゆっくりと歩き出そうとすると、悠姫はおもむろにこちらを見上げ、幼い少女のように笑いかけながら言った。


「それじゃあ、エスコートはよろしくお願いしますね、詩遠くん?」


 ............多少は、許してくれるだろう。




「あれ、あそこって確かお弁当屋さんじゃなかったっけ?」


 でかでかとテナント募集中と書かれた看板を指さしながら、悠姫は問うた。それにつられるようにして、俺も目線をそちらに移す。ああ、確かあそこは......


「ほら、あそこって老夫婦が二人で経営してただろ? そのご主人が亡くなってから少ししたくらいで閉めちゃったんだよ。......とはいっても、悠姫が亡くなる前の話だけどな」


 すると彼女は、「そっか。......ここのお惣菜美味しかったのにね」と残念そうに呟いた。


「......あんな所にお花屋さんってあったっけ?」


 今度は道路を挟んで反対側にある割と小ぢんまりとした花屋を指さした。色とりどりの花々が店先に飾られていて、まるで何ヶ月も先の春を先取りしたかのようだった。


「そこは割と最近できたところだな。......にしても、こう言っちゃなんだけどさ、今どき花屋で生計が立てられるのかね」


 そう言うと、悠姫は半ば呆れながら反論する。


「もー、そんな夢の無いこと言わないの。ずっとやりたかったことを叶えられるってだけで素敵じゃない?」

「......まあ、店主さんたちが幸せならそれでいいか」


 彼女はうんうんと満足気に頷いた。

 そんな風に、特に目的があるわけでもなく、目についたものについて話し合ったり、ふと思い出したことについて話し合ったりを延々と繰り返しながら歩く。


 果たして彼女はこれで楽しいのだろうか。貴重な一日をこんなに費やして後悔しないだろうか。生前と同じ様に、楽しそうにころころと色々な表情を見せてはくれるのだが、やはりそれは分からなかった。しかし、かと言ってそれを直接聞くということもできない。もし、俺が彼女の立場だったらどう答えるかということくらい、簡単に分かってしまうから。


 彼女は優しい。時に、自分を殺すようなことをしてでも誰かに慈愛を与える。

 .........それで、いいのだろうか?


「あっ、ねえねえ詩遠。あそこ行こうよ!」


 会話が途切れた途端、そんなネガティヴな思考が頭の中に入り込んでいた俺に対して、悠姫はまたもや明るい声でそう俺に言った。意図せず下がってしまっていた目線を上げる。あそこは......


「......懐かしいな」


 彼女が指さしたのは、出発地点の最寄り駅からは少し離れた、住宅街の一角にある喫茶店だった。優しいおじいさんが一人で経営しており、静かで落ち着いた店内はとても心地良いことを今でも覚えている。二人の共通する帰り道の道中に存在しているため、昔は度々顔を出していたのだ。少なくとも、入れば店主さんと世間話をするくらいには気に入って通っていた。


「だよねだよね。店主さんはまだ元気?」

「さあ、どうだろうな。.........最近は行ってないし」


 嘘だった。最近どころではなく、ここ半年弱は寄っていない。それ即ち、彼女が亡くなってからはめっきり寄ることはなくなったということで。


「そっかあ。じゃあ久しぶりに顔出そうよ」


 まあ、悠姫が悠姫のまま認識されることはないだろうが、寄ってみるのはありかもしれない。思い上がりかもしれないが、俺が現れなくなったことに対して店主さんも心配してくれているかもしれないし。


 そんなことを考えながら、俺は彼女の案に乗っかる。横断歩道を渡り、その喫茶店の戸を開いた。カランコロンとドアベルの軽い音が鳴るのを聞きながら、店内へと足を踏み入れる。


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