Episode.2-7:SOSと進展......?
昼休みで賑わう生徒たちを横目に、足早に保健室へと向かう。普段から利用していないどころか高校に入ってから一度も行ったことがないので、無駄に遠回りをしてしまい、結局移動するだけで五分程度の時間を食ってしまった。昼飯を食べる時間を考えると、あまり長居はしていられないが.........。
「失礼しまーす」
戸を開け、気持ち声量を抑えた挨拶をしながら入室した。室内には保健室らしく消毒液のような香りが漂っており、それはどこか安心感を感じさせる。
「こんにちは。ええっと、用件は何かな?」
俺の声に気づいた保健室の先生は、回転椅子ごと振り向きそう問いかけた。名前を名乗り、紫水(悠姫)の様子を見に来たと答えると、ちょっと待ってね、と言いながら窓際のU字カーテンが掛ったベッドへと消えていった。
入り口付近に貼られているポスターを眺めながら暇をつぶしてると、数秒程度で先生は戻ってくる。そして、悠姫との面会の許可を告げると、再び先ほどの椅子へと腰を降ろし、デスクの上に置かれている資料と向き合った。
ベッドの空き具合を見ている限り、悠姫の他にもう一人保健室で休んでいる生徒がいるようなので、あまり音を立てないようにして室内を移動する。
「......悠姫、来たぞ」
これまた静かにカーテンを開ける。するとそこには、まるで小動物かのように大人しく縮こまりながらベッドの上で寝転がる悠姫が居た。紫水の身長が女性の平均よりも小さいこともあり、余計にそういう思考が加速する。
そんな様子で遠いどこかを見るように天井を見上げていた悠姫であったが、俺の声を察知した途端、泣きそうな目をしながらこちらを向いた。......こいつ、この調子で保健室の先生とまともなやり取りが出来ていたのだろうか?
そんな疑問を持ちながら返答を待っていると、その数秒後、彼女は溜めていた感情を爆発させるかの如く言葉を発する。
「詩遠っ~~~! 寂しかったよお~~~」
我々の事情を知らない人に今のこの状況を見られたら何と思われるだろうか。悠姫はともかく、俺は確実にマークされるだろうな。それも特別に冷たい眼で。......まあ、その時はその時だ。とりあえず今は悠姫のケアをするのが最優先だろう。
数分かけて彼女の感情を落ち着かせ、早速事情聴取に取り掛かる。
「昨日の夜ちょっとだけ予習はしたんだけど、やっぱりそう上手くはいかないね」
手櫛で髪を整えながら残念そうに悠姫は笑う。予習......メッセージアプリの履歴を読んだとかそんなところだろうか。まあ何にせよ、他人の人間関係を一晩勉強しただけで完璧に振る舞うことが出来る人なぞ存在しないだろう。
「正直さ、バレない程度だったら何でもいいと思うんだけど。だって、まさかクラスメイトも紫水の中に悠姫が入り込んでいるなんて思いもしないだろ?」
「それはそうかもしれないけど.........やっぱり、これは蘭ちゃんの身体だからさ」
俺としては状況が状況なだけに多少は割り切らないと仕方がないと思っていたのだが、彼女はあくまでもそういう思考を捨てはしないらしい。......その姿勢を否定するつもりはないが、自らに不都合が生じては意味がないだろうて。......やっぱり、こういうところは悠姫の長所であり短所でもあるよなあ。
と、そんなことを思ってみるものの、彼女がそういう方針が良いというのなら、俺はそれに出来るだけ近い形の最善策を探すまでですけどもね。
「ううむ.........」
しかし、いくらそれが親愛なる幼馴染の希望であったとしても、俺のポンコツな頭ではこれと言った策は思い浮かばない。
黙りこくっていては情報収集にはならないし、適当にやり過ごしては悠姫の信念に反する。かといって完璧にこなすなんてのは不可能な話で。.........いや、待てよ?
「一つだけ案を思いついた。......少々博打を打つことになるんだが」
「博打?」
こういう場面ではあまり聞きたくないであろう言葉に、彼女は疑問符を浮かべながら問い返す。
「ああ。なに、簡単な事だよ。紫水の友達を一人、こちら側に連れ込む。そうしたら話が早いだろう?」
聞いた瞬間はその意図をあまり理解できていなさそうな悠姫であったが、ゆっくりと咀嚼していき、やがては「ああ、そういうこと」という言葉と共に理解する。しかし、理解はしてもそれに納得はいっていないようで、眉をひそめたまま言葉を返す。
「いやでもそれって、失敗したらちょっとヤバくない?」
彼女がそう考えるのも無理はない。何と言ったって、俺が今からやろうとしていることは昨日紫水の親御さんにしようとしていたことと何等変わらないのだから。それ即ち、抱えるリスクも同じようなものだと言うことで。
しかし、さすがに俺のポンコツ頭脳もそこまで腐ってはいない。
「まあな、だから博打なんだよ。......でも安心してくれ。もし失敗したとして、そのリスクを負うのはこの俺だ」
「え......?」
「いいか? 紫水の友人に話すことは全て『俺が考えた頭のおかしい妄言』だ。事態があまり良くない方向へと進みそうならば、悠姫は何も喋らなくていい。何なら俺の意見を否定するようなことを言え。......すべてを『頭のおかしい先輩』に擦り付けろ」
「そ、そんなことしたら詩遠は......」
「本当に頭がおかしい人間として扱われるだろうな。......けどまあ、大丈夫だろ。ほら、人の噂も七十五日って言うじゃないか」
「............」
適当に言葉を並べる俺に、悠姫は依然としてどこか納得がいっていないような表情を浮かべた。ふむ、もう一押しくらいする必要があるだろうか。
そう思い、再び口を開く。
「もちろん、最初から失敗するつもりで話しに行くわけじゃないさ。俺だって冷たい目線を浴びるのは嫌だからね。だけど、やっぱり存在するリスクを想定して、それを誰かが負わなきゃならないのは事実だろう?
......俺は、悠姫が生きている間には何にもしてやれなかったからさ、せめてこういう場面だけでも——」
「——分かった、分かったから! そういうことを言うのは、やめよう?」
彼女はベッドの端に降ろしていた腰をも上げて、俺のセリフを慌てて制止する。少々汚い手を使ってしまったが、まあ、何も嘘を吐いているわけでもないのだから、別に悪く思う必要もないよな。
「......そこまで言うのなら分かったよ。だけどさ、ちょっと一つだけいい?」
悠姫は観念した様子で問う。その続きを促すと、今度は単純な疑問をぶつけるようにして言葉を告げる。
「いや......今回の目的を考えたら、何も事情まで話さなくても良いんじゃないかなって」
「それはつまり、紫水の友達に対して紫水の直近の行動を聞き出せと? .........まあ、一理ないことはないけど、そんなことをしたらのっけからヤバいやつだと思われないかな」
一瞬だけ確かにそうかもしれないと思ったが、やはりそれもダメだった。紫水本人に聞くのならまだしも、友人に聞くのはただのストーカーにほかならない。
というか、彼女らに聴取をする機会が今回だけなら別にそれでもいいのだが、そうならない可能性もあるのだから、仲間にできるのならしておいた方がいいだろう。......あと、悠姫の日常生活における安寧も。
「そう言われてみればそうかも......」
ここで、悠姫からの抗議の言葉は途絶える。......よし、それじゃあ早速作戦開始だ。
気づけば昼休みも残り十五分程度となっていたので、急いで紫水のクラスへと移動し、今すぐに見つけることが出来る友人を一人、連れてきてもらった。
「ええと、あなたは......」
「私が入っている地研の部長さんだよ」
夷さんというらしい友人の前では、悠姫は声色やトーン等を普段の紫水に寄せているが、やはりそれは完璧とは言い難かった。まあ、今それはいい。俺はその紹介に乗るように挨拶をして、早速本題に入る。
結論から告げ、この現象について俺達が知っている事をすべて話す。その時間約十分。あまり上手く説明できた気はしないが、双方から突っ込まれていないので恐らくそこまで変な説明にはなっていないだろう。......まあ、夷さんの方に関しては、そもそも最初から呆れられているという可能性もあるが。
そんな夷さんは、俺が話を終えたあと、あまり時間をかけずに口を開いた。
「......それで、私は蘭のここ最近で変わった行動を挙げればいいというわけですか?」
「え、信じてくれるの?」
本当は、「ああそうだよ、よろしくね!」と言った方がいい場面だったのだが、あまりにも何の妨げもなく話が通じたものだから、思わずそんなことを問うてしまう。
彼女はそれに対して、頬を軽く掻きながら答えた。
「正直、話に関しては何を言っているかサッパリでした。でもまあ、たしかにここ二日は蘭の様子もおかしいところがあったし、それに......あなたが私をからかっているようには思えなかったから、ですかね」
それを聞き、いささかむず痒く感じると同時に、本当に失礼な話なのだが、この子ちょっとおかしいんじゃないだろうか、なんて思ってしまった。
かくして、紫水のクラスには俺たちの事情を理解する人物が出来上がり、調査についてはほんの少しだけ進展が見られた。




