Episode.2-6:いつもどおりとはいかない朝
「......ん、もう朝かあ」
頭上で鳴り続けるアラームを弱々しい力で止め、ベッドの上で伸びをしながらそう呟いた。今日も今日とて、何にも変わらぬいつも通りの一日が始まる。.........俺達、地研部員を除いては。
そのことが憂鬱で、布団から這出るために必要な気力がいつもより心なしか多く感じた。しかし、そうは言っていられないというのも事実で。手と足で掛布団を吹っ飛ばし、無理やり起床する。その後はいつも通り朝食を食べ、いつも通り身支度をして、いつも通り学校へ向かうために家を出た。
視界一面にグレー色の分厚い雲が広がる空の下、駅へ向かって黙々と歩き続ける。さすがに梅雨前線や秋雨前線が蔓延っていた時期に比べたらマシだが、それでもじめじめとした空気はあまり好きではなかった。
一分少々遅れてきた電車に乗り、高校の最寄り駅へと向かう。その時間は十数分程度と短いものだったが、うちの高校の近くは微妙な勾配の坂道が複数あるため、意外と俺みたいな通学方法の生徒も少なくない。さすがに通学の時間ともなれば人は多いが、まともに立っていられる時点で都市部に比べたら幾分かましだろう。
......特に何をするわけでもなく、ただぼうっとしている間に最寄り駅へと到着する。こういう隙間時間に少しでも勉強出来ればもう少し成績は上がるのかな、なんて思ってみたりもするが、机に向かってもまともに勉強できない奴がそれよりも悪い環境で勉強なんてできるはずもなく。
見慣れた制服を纏った学生や、スーツを着こなす社会人を横目にあくびを噛み殺しながら改札を抜け、再び徒歩での移動が始まる。......とはいっても、駅から学校へは十分も歩けば到着する。少し坂道があるのはネックだが、まあ、そこまでの利便性は求めてはいけないだろう。
湿度のせいでイマイチ上がらないテンションを無理にでも上げようと、普段は滅多に使用しないワイヤレスイヤホンを装着しようとしたところで、目の前に見知った人物が登校しているのを見つける。
「......椿さん、おはようございます」
行き場を失ったイヤホンは一旦胸ポケットへと突っ込み、ありったけの元気を使用してそう呼びかけた。彼女は一瞬驚いた様子で振り向くが、俺の顔が見えたくらいで、「ああ、君か。おはよう」と柔らかな表情を浮かべながら言い、また正面を向いて歩き出した。......これは、隣で歩いてもいいという合図なのだろうか?
まあ、さすがに二年近く同じ部活に所属している先輩に遠慮なぞ要らないだろうと、彼女の隣を歩く。
「椿さんって確か自転車通学でしたよね?」
「うん、そうなんだけどね......昨日詩遠くんたちと別れた後にパンクしちゃってさ」
「ああ......それは災難でしたね。じゃあ今日は電車で?」
「ううん、歩きで」
「............朝から元気ですね、椿さん」
「え、そうかな」
そんな言葉と共に、随分と意外そうな顔でこちらを見る。そんな『普通のことでしょ』と言いたげな表情だったからか、俺は一瞬自分の認識がおかしいのかと思ったが......いや、そんなことはないよな? 並大抵のバイタリティじゃ朝一番に自転車で移動する距離を歩こうなどとは思わないだろう。
そして、そうこう話をしているうちに、我らが陽星高校が目の前へと迫ってきていた。
「......それじゃあ、また放課後にね」
「はい」
各々のロッカーが置かれている玄関にて椿さんと別れる。いやはや、悠姫が居なくなってから久しく一人で登校していたものだから、最寄り駅と学校までの間だけだとは言っても誰かと登校するのは新鮮に感じるものだな。
唯一問題点があるとするならば、椿さんの隣を歩いているのが俺であるという点くらいだろうか。幼馴染に要さんがいるせいか告白等をされることはあまりないらしいが、それでもモテるにはモテるらしい(要さん談)。......まあさすがに、一緒に登校したくらいじゃあ小言を言われる程度で済むだろうけどさ。
ロッカーから上履きを取り出し、靴と交換するようにして履く。そして、置き勉している大量の教材の中から、今日の時間割で必要なものだけを抜き取ってカバンへと仕舞った。......よし、これでいいかな。
指さし確認を済ませると、少々重量が増したカバンを肩にかけて教室へと歩き出した。
「——起立、礼」
「ありがとうございました」
チャイムとほぼ同時に行われた号令により、四時限目が終了する。テスト前になると復習や自習の時間が増えるから勉強が苦手な人間にとってはとても気が楽だ。......さて、篠原を誘って昼飯を食いに行こうかな。
そう思いながら、何か通知が来ていないかをチェックするためにスマホのスリープを一瞬解除した。普段だと多くても二、三件程度しか通知欄に用件が表示されないのだが、今日は違った。
「......なんじゃこりゃ」
思わずそう声が漏れてしまう。それほどまでに異様な光景だった。
『とりあえず保健室に避難した』
『何も分からない』
『詩遠助けて~』
『もしかしてスマホ見ていないのかな』
『助けて~』
——エトセトラ、エトセトラ。
送り主は全て紫水蘭、即ち悠姫であった。メッセージアプリのアイコンの肩に乗っている数字を見る限り、俺の返答を待たずして二十件近くのメッセージを送ってきていたようだ。......いや、何があったんだよ。
アプリを開き、詳細を確認する。.........ふむふむ、ああ、なるほど。どうやら悠姫は全く知らない紫水の交友関係等に苦労しているらしく、仮病を使って保健室へと避難しているらしい。
それにしても、送信時刻を見ている限りこいつ一限目でドロップアウトしたのか。もう少し耐えることは出来なかったのだろうかと思う反面、拗れないうちに逃げておくという行動をとったのは正解なのかもしれないとも思った。
しかし、さすがにここまで助けを求められているのに行かないわけにはいかないよな。そう思い、篠原に適当に理由を付けてから教室を後にした。




