*序章 メルヘンな夢
――目が覚めたら、とってもメルヘンチックな部屋にいた。
え、何コレ。
"僕"こと笹川夏樹は良くわからない状況に陥っていた。
スゴくふかふかなベットは気持ちいいんだけど、どこからどう見ても僕のベットじゃないよね?
こんなウサギやクマが散りばめられた可愛らしい柄は僕のベットじゃないよね?
ふと辺りに視線を向けると、可愛らしいクマやウサギのぬいぐるみ達がパタパタと忙しなく動いていて、高そうで豪華な家具がフワフワと浮いている。
「気がつきました?」
下から聞こえた声に視線を向けると、右耳にピンクのリボン、口元は罰点に縫われていて目はボタン、全体的にピンクなウサギさんが僕に話しかけてきて……。
よし、把握した。
僕はとってもメルヘンな夢を見てるらしい。
どっちかといえば、子供の頃は戦隊モノの方が好きだったはずなんだけどなぁ。
「あ、何か食べます? お腹空いてませんか?」
「……じゃあ、トーストって出来ます?」
言われてみたらお腹はペコペコ。
朝食はきっちり取る僕にとって、トーストは欠かせない。
そのまま食べるのも良いんだけど、やっぱり焼くのがベスト。
そこにたっぷりのハチミツとバターを塗るのが夏樹流。
熱い内に塗れば、溶けるようにハチミツとバターが絡み合って………お腹空いたぁ。
いつまでたっても動かないウサギさんに僕はむむむ…と口を尖らせていれば、香ばしい食パンの良い匂いが漂ってくる。
途端にたらり、と涎を垂らしそうな勢いで口を開けた僕に、にっこりとウサギさんが笑んだような気がした。(実際は罰点の口をもごもご動かしただけなんだけど)
「何をお塗りになりますか? あと、お飲み物のほうは?」
「ハチミツとバター! 飲み物は牛乳でお願いします!」
布団から出た僕は、待ちきれずに床を足でパタパタと叩く。
僕の膝丈より少し上のウサギさんは、僕に合わせるようにぴょこぴょこと跳ねていた。
しばらくしてフワフワと浮かんできたお皿とコップに、僕は待ちきれず立ち上がった。
途端に豪華な彫りが施された机と椅子が滑り込んでくる。
カチャリ、と最小限の音を出して、僕の愛すべきトーストが机の上で着地した。
椅子がつつつ…と勝手に動いて僕を座るように促す。
僕はよいしょ、と腰を下ろして、その座り心地に驚いた。
どうやら見かけだけじゃないみたいだ。
ふわっと沈むようなクッションに、肘掛は滑るようにツルツル。
食器はアンティークのような凝ったデザインだし、ここにいるのはお金持ちみたいだ。
……って、夢の中なんだし誰が居ようと関係ないかぁ。
遅れて浮いてきたハチミツとバターに……それを塗るやつ。(名前忘れた)
着地するより先に近くに来た瞬間、僕はひょいっと掴んで蓋を開ける。
ハチミツの良い匂いが漂って、僕は堪らず人差し指を突っ込んで舐めた。
あ、ハチミツは僕の家にあるやつと同じだ。
……どうせなら食べ物にお金掛けて欲しいなぁ。
内心ガッカリしながらも、夢なんだし贅沢は言えない。
バターから順に塗って、ハチミツはたっぷり塗りたくる。
家じゃ塗れない贅沢な塗り方にホクホクしながらも、僕は堪らずトーストに齧りついた。
……めちゃくちゃ美味い。
ハチミツとバターのハーモニーが僕の口内で踊る。
食パンの焼き加減とかジャストミートだ。
是非焼いた方にお会いしたい。
黙々と食べつつも、味もわかるなんてリアルな夢だなぁ…と思って、僕の口からつい言葉がついた。
「夢じゃなかったらいいのに……」
ピタリ、と世界が停止した……ような気がした。
実際には一瞬、忙しなく動いていた物が止まっただけで、今じゃさっきと同じだ。
気のせいかな?
僕は少し首を傾げて牛乳を流し込んだ。
すっかり綺麗に無くなったお皿を見て、僕は涙が出そうになる。
するとフワフワと浮かんで離れていく食器、バター、ハチミツ。
離れていく友に涙は見せまい、と僕は唇を噛んで大きく手を振った。
「お腹は膨らんだかしら?」
鈴の音のような綺麗な声が響いた。
すかさずウサギさんに視線を向けるが、ぶんぶんと千切れそうなぐらい否定してるから違うらしい。
「ご主人様でございます」
「……ご主人様?」
……めんどくさい夢、色々と設定があるのかなぁ。
だとしたら僕、もう帰りたいんだけど。
「私を無視するとは良い度胸ね、笹川夏樹」
「いや、無視するつもりはなかったんだよ? どこから聞こえたかわかんないし、返答に困って……―――「言い訳無用! さっさとこっちに来なさい!」
う~ん、ワガママ姫って感じ?
僕、正論言ってるんだけどなぁ……。
ふと周りに視線を向ければ、ぬいぐるみ達があわあわと慌てている。
何とも珍しい光景に、僕は薄っすらと笑みを浮かべて……
「さっさと来なさい!!!」
了解です。
どこの誰かはわからないけど、すっかり機嫌を損ねちゃったらしい。
それにさらに大慌てし始めたぬいぐるみ達はわーわー言ってる。
もうちょっと座って眺めときたかったけど、これ以上機嫌を損ねさしたらぬいぐるみ達が泣き出すかもしれない。
……あ、ちょっと見てみたいかも。
でも怒られるのヤだしなぁ……しょうがない。
のんびり席を立った僕に、背後からバンッ!と乱暴な音を立てて扉が開く音がした。
相当ご立腹らしい。
僕、そんなに怒らせるような事してないけどなぁ?
くるりと振り向けば案の定、やたら大きい両扉が開いている。
こんなとこに扉があったなんて気づかなかった僕は、少々驚きながらも歩き始めた。
――この夢っていつ覚めるんだろう?
ふとそんなことを思いながら。