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1日1話昼12時に投稿していきますので、ぜひよろしくお願いします。

 ずっと、なにか物足りなかった。


 常勝無敗ってわけじゃない。だけど、勝っても負けてもなにかが足りない気がしていた。

 今年はたまたま調子が良くて、気がつけばワールドチャンピオンシップ決勝戦に勝ち上がるくらいになってたけど。その優勝トロフィーを持って帰る飛行機の中で、空港から直行すれば行きつけのショップの大会に間に合いそうだなぁとか考えるくらいには、その“なにか”を渇望していた。


 睡眠時間は飛行機内で確保できる。目をつむり、ショップ大会ではどのデッキを使おうかと思案するうちに意識は溶けていって──


 

「──“ウルガ・ヴェルシュヌ”!」


「……………………は?」


 目が覚めた時、なんか知らんおっさんに知らん言葉を叩きつけられてた。


「“ウルガ・ヴェルシュヌ”!!」


 管を巻くとはこのことなのか、さっぱり意味の分からないワードをひたすらに浴びせかけてくる謎のおっさん。目を瞬かせて、どうも現実らしいと認識しつつ、でも彫りの深いそのおっさんの格好はアニメとかでしか見たことない鎧の騎士そのもの。何から何まで意味が分からない。


「“ウルガ・ヴェルシュヌ”!!!」


 段々と大きく威圧的になってくるその声に、わたしの中で恐怖が表面化していくのを感じる。厳つい鎧の大男に怒鳴られてビビらない女子大生の方が珍しいと思うんですけど。てかここどこ?おっさんから視線をそらしても、目に見えるのは飛行機の中とは程遠い石畳の暗がりだけだった。


「“ウルガ・ヴェルシュヌ”!!!!」


「ぅ、うる……なに……?」


「“ウルガ・ヴェルシュヌ”!!!!!」


 ひたすらに同じ言葉を連呼してくる。その剣幕をどうにかしたくて、とにかく分からないなりにオウム返しする。


「う、うるが、ゔぇる、しゅぬ?」


「!!ここに合意は成された!いざ闘いの時!!」


 言葉通じるじゃねーかよ!というツッコミも間に合わないうちに、視界が眩しい光に包まれる。反射でまぶたを閉じて、また開けて、そうしたらまた、景色が変わっていた。


「──さあカードを引け、異界の女よ!」


 端的に言うとコロシアム。

 天に開け、円形に囲われた地面の上、わたしは石造りっぽい小さな台の前に立っていた。空は朝焼けとも夕暮れともつかない、オレンジと紫の不気味な薄明。真正面の離れたところに、さっきのおっさんの姿もある。こっちと全く同じ石台も。呆気にとられて見渡してみても観客?はほとんどいなくて、ただ一箇所、こいつ絶対王様だろって風貌の髭面とそれを守る兵士みたいな人たちが、いっとう高い場所にいるのが見えた。


 ……いや、なにこれ?????


 流石にもう、というか目が覚めた瞬間から、とっくにキャパオーバーしてる。ナニコレ意味分からない。誰も何も説明してくれない。知らないことは最大の恐怖。泣いて叫ぶ5秒前。そんな状況のわたしに、またしても声がかかった。


(──やっと、やっと逢えたわ!あたしの──)


「何をしている女!手札は五枚からスタートだ!!早くカードを引け!!」


 ちょっとおっさん黙ってて欲しい。今たぶんわたしの味方っぽい女の人の声が聞こえたから。


(……チッ。相変わらずコスい真似ばっかりしてるわね、アイツらは)


 苛立ちを隠そうともしない、勝ち気な声音。その怒気が向こうのおっさんに向けられたものだと分かって少し安心を覚えた。


「……あの、貴女は誰?どこにいるの?」


 周囲に人影はなく、だけどもその声はすぐ近くから聞こえてきたみたいで、心細いわたしはとにかく声の主を見たくて問いかける。姿は見えずとも、その意識がこちらを向いた気がした。


(目の前よ。すぐ目の前。誰よりもあんたの近くにいるわ)


 目の前。言葉の示す先にあるのは変わらず、わたしのへそ下辺りまでの高さの石台だけ……いや待った、右上辺りになんか置かれてる、これは──


「──え、デッキ?」


 どうみてもそれだ。カードの束。山札。

 シンプルなアイボリー一色の裏面に見覚えはないけど、カードの重なるその山には、見覚えと愛着と安心感がある。一人のカードゲーマーとして。


(そう、あたしは()()


 デッキの中から話しかけてきている。それが直感的に理解できた。いや意味は分からないけれども、でもここまでの激烈に意☆味☆不☆明な流れからしてみれば、そういう事があってもおかしくはないんだろう。たぶん。知らんけど。


(手短に説明するから、ひとまず頭に入れなさい。いいわね?)


「えっえっ」


 ──ここはカードゲームで全てが決まる世界でこのナントカカントカ王国は異世界(わたしが元いた世界)から遊戯に優れた人間を召喚しては混乱してるうちに勝負ふっかけてルールも教えないうちに負かして奴隷にして他国へ攻め入る戦力としてこき使ってるんだってさ。まじかよ。


(“ウルガ・ヴェルシュヌ”ってのはバトル合意の言葉。互いがアレを口にすれば、どんな状況であろうとカードゲームの勝敗に全てが委ねられる。それがこの世界の(ルール)


 このコロシアムみたいな場所はバトル専用の亜空間みたいなもの。

 厳つい騎士のおっさんが召喚直後の相手にとにかく高圧的にあのワードを連呼してオウム返しに喋らせ、無理矢理バトルに持ち込むのが彼らの常套手段らしい。せっっこ。でもわたしも見事に引っかかっちゃったし、陰キャ紙オタクには有効なやり方なのかもしれない。


(バトルが始まっちゃった以上、勝つ以外に自由を手にする方法はないわ)


「そんな……」


(まあ、安心しなさいっ。このあたしがあんたと一緒に闘うわ。なにせあんたはあたしの──)


「えぇいグズグズするな女ァ!さっさとカードを引け!!闘いに泥を塗るつもりかァ!!」


 どうしよう。頭の中で“こいつ何回話遮ってくるんだよ”と“こんなコスい手口使っといて騎士気取りなのキッショ”が混在してる。心が二つある。


(……チッッ。あんたの自由を勝ち取るのもそうだけど、あのアホンダラには二度とカードが触れなくなるくらいのトラウマを植え付けてやらないと気が済まないわね)


「……まだ良く分かんないけど、とにかく勝たなきゃヤバいってことだよね?」


(ええ、だからあん…………ねえ、あんた名前なんて言うの?)


「めい」


(そう、メイ……あたしはマリスよ。これからよろしく)


「マリス……」


(そう、マリス。良いわねメイ、アイツを倒すわよ。ルールと向こうのデッキの特徴は適宜伝えていくわ)


「……うん、よろしく」


 

 ──去年はあるカードゲームで、世界ランク8位だった。

 一昨年は別のカードゲームで、ワールドツアー勝利数ベスト10に入った。

 その前年は別のタイトルで、世界大会決勝トーナメント二回戦敗退。

 その前年は……どうだったか。別のやつで良いところまで行ったのは覚えてるんだけど。その前年も。

 で、今年は調子が良くて、また別のタイトルでワールドチャンピオン。

 付いた渾名が“渡り鳥”。あるいは“紙イナゴ”。

 

 ともかく、やることがカードゲームだって言うんなら。ルールを教えてくれる人がいるっていうんなら。まだ負け確じゃない。わたしのやりよう(プレイング)次第でひっくり返せる盤面だ。混乱は消えないままに恐怖がすっと去っていき、すると代わって、ずっと抱いていた“足りない”という気持ちが疼いた。わたしはアレだろうか、カードゲームアニメによくいる、極限状況の闘いでないと満足できないバトルジャンキーの類だったのだろうか。分からないけれど、とにかく、マリスの声に導かれるようにしてカードを引く。手札は五枚。デッキに触れた瞬間に、彼女がもっと近くに来た感じがした。


(いくわよ)


「うん」


「──ようやく引きおったか。では行くぞ!私の先攻っ、ドロー!」


 うわあのおっさんまじでアニメキャラみたいなテンションで引くじゃん。てか先攻ドローあるゲームなのね。そしたらまぁ、理不尽な先攻一ターン目制圧ムーブはルール的に無理と見て良いか。


「異界の女よ、この世界の闘いに慄くがいい!〈王国騎士〉を召喚!!」


 威圧的な大声と共に、おっさんがカードを一枚、石台に叩きつける。するとわたしとおっさんのあいだの空間に光の玉が現れ、すぐにもそれは宣言したカード名の通りの、モブっぽい風体の全身鎧の騎士に変わった。アレだ、ソリッドビジョンってやつだ。絶対違うけど。

 明らかに人間ではない威容を放つその鎧騎士の後ろで、おっさんがものすごいドヤ顔をしている。


「どうだ女、貴様のいた世界と違い、ここでは呼び出したユニットが目の前に現れる。我が騎士の振るう剣は痛みと共に貴様のライフ……を、削り……」


「…………」


 生き物だかモンスターだかクリーチャーだか──このカードゲームでは“ユニット”って呼ぶらしい──が実体化して目の前に現れるというのは、さっきの説明のときにマリスから聞かされていた。いやそりゃ勿論、実際に目の前に現れたらビビったけど、とりあえず何とかポーカーフェイスは保てたっぽい。


「……フンッ。恐怖で声もあげられぬか。まあ良い、これからじっくりと堪能させてやる。ターンエンドだ」


 わたしが澄まし顔でいるのを都合よく解釈して、おっさんは最初のターンを終えた。替わって後攻一ターン目、わたしの手番だ。

 

「ではターン貰います。ドロー」


(ちょっとメイ、もっと気合い入れてドローしなさいよっ。圧かけていきなさい圧!)


 早速ダメ出しが飛んできたけど……圧て、シャカパチ(手札を高速で混ぜてシャカシャカパチパチ鳴らすやつ。ゴリラのドラミングみたいなもん)でもしろって?少なくともわたしにアニメキャラみたいなテンションでのドローは無理だ。ターンの受け渡し、進行宣言、カードの使用宣言ははっきりと、丁寧に、高圧的にならないように。それがわたしのモットー……というか、紙しばく時の基本マナーだと思う。内心で毒吐くのは、まあ……思想の自由のうちということで一つ。


 ともかくそんな心持ちでマリスの苦言をいなしつつ、わたしは六枚になった手札を眺める。おっさんが騎士出してドヤ顔してるあいだに、ほんっとに基本的なルール──ターン進行とか『ユニット』のステータスとか戦闘とか、相手プレイヤーのライフをゼロにしたら勝ちとか──はマリスから聞いている。というか基本的にどのカードゲームも、生き物を出してぶつけ合うって点は共通だ。そう、共通……なんだけど……


「……ねぇマリス、『ユニット』がないんだけど」


 向こうには聞こえないよう小声でつぶやく。手札には『補助』が二枚、『罠』が三枚、『陣地』が一枚。『ユニット』はゼロ。


「この場合は『陣地』からスタートで良いの?」


(そうね、まずはあたしたちの城が無いと始まらないもの)


 この返答までは予想通りで、だけど。


(というかあたしのデッキ、『ユニット』は一種類しか入ってないわよ?)


 この言葉はちょっと、予想外。


「…………そのパターンかぁ……」


 ピーキーな型だ。少数ないし一種類の生き物を中心にして、そいつで勝つことだけに特化したデッキタイプ。グッドスタッフ(単体でも分かりやすく強いカードをかき集めたデッキ)を使うことが多いわたしにとっては、少々不慣れな山。とはいえ勝負はもう始まってるんだから、泣き言は入ってられない。


「……よし」

 

 石台にカードを提示し──プレイマット(プレマ)敷きてぇ〜スリーブ入れてぇ〜──、宣言する。


「……『陣地』、〈悪意(マリス・)ある(トラップ・)城塞(フォートレス)〉を展開します」


(メイっ、メイったらっ!ですとかますなんていらないわよあんなアホンダラ相手に!)


 そうは言っても、これはもう紙しばく時の癖みたいなものだし……なるべく丁寧にやってた方がトラブルは少なく済むし……もうド級のトラブルに巻き込まれてるっちゃあそうだけど。えーっと、とにかく提示した『陣地』が展開されて──


 ごしゃあぁぁぁぁぁっ、ごがががががっ、ずおぉぉぉぉぉっ。


「おわぁぁっ」


 ……展開されたね。めちゃくちゃ禍々しい建造物が。

 これ絶対“オォォォォ……”みたいな擬音付いてるでしょって感じの、全体的に黒っぽい城塞が地面から生えてきた。わたしを取り込んで持ち上げるように。観音開きの城門は固く閉ざされ、その遥か上のテラスっぽい空間に、気付けばわたしは石台ごと移動していた。いやまあ、コロシアム内に収まるようにある程度はミニチュア化されてるっぽいけど、にしたって高い。怖い。すっげぇワルの敵が住んでる城じゃん。このテラス絶対“あぁーっはっはっはっ!虫ケラ共が無様に蠢いているわねぇ!!”とか言う用の場所じゃん。

 ほらみて、おっさんも下でぷるぷる震えてるよ。


「……下賤な異界の女如きがッ王の御前で城を築くなど……何たる不敬ッ……!」


 なんか怒ってるっぽい。

 やっぱあの人キングなんだぁと思って横を見やれば、ほぼほぼ同じ高さになった王様が、遠目にも分かるくらい不愉快そうな顔をしていた。知るかばーか。暴君。誘拐犯。という毒は心の内にだけ留めておいて。各カードの効果的に他にできることもなさそうだし。


「これでターン終了します。どうぞ」


 って、言うしかないんだよねぇ。

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