3−17 予想斜め上過ぎる計画
「そこで、だ。孤児院からミアレットを引き取ろうと思う」
どんな奇策だろうと、ディアメロが構えていた矢先に飛び出したのは……予想斜め上過ぎる計画。何かの冗談にも思えたが、ナルシェラは真剣そのもの。開いた口が塞がらないディアメロを他所に、淡々と話を続ける。
「僕が保護者になれば、ミアレットが魔法学園に通おうが、遠くに行こうが。繋がりを保つことができる。もちろん、保護者として養育費も準備するし……なんなら、僕に充てられている予算を全部注ぎ込んでも構わない。どうせ、あったところで無駄遣いされるだけだし。ミアレットに使ってもらった方が、よっぽど有意義だ」
ナルシェラは王子という立場にありながら、清貧である。衣装や調度こそ、王族が使うに差し支えないレベルの物が与えられてはいるが。彼の婚約者であり、大臣の愛娘・ステフィアが勝手に予算を食い潰すため、ナルシェラは今の今まで、自分のためだけに予算を使ったことは一度もない。そして、婚約者の横暴を「無駄遣い」だと吐き捨てられるくらいに、ナルシェラはあからさまに彼女を嫌っている。
きっと、ナルシェラはそんな境遇に嫌気が差してもいるのだろう。予算をミアレットに使おうという判断には、大臣親娘に対する抵抗の意も見え隠れしていた。
「は、はい……? 兄上、本気ですか、それ……?」
「特段、珍しいことじゃないだろう? 貴族が孤児を引き取ることは、よくある事だ。それに、表面上は孤児院への寄付だとすれば、ミアレットに危害が及ぶ可能性も軽減できる」
「それはそうかも知れませんけど……いくら繋がりを保ちたいからって、メチャクチャな……」
「そうかな? 僕は今の所、これが最善策だと思う。……とは言え、孤児院側が了承してくれるかどうかは、別問題だろうけれど」
若干、ナルシェラの言う「最善策」に追い付けていないディアメロであるが。そんな弟を他所に、ミアレット自身を納得させる以上に、孤児院を承伏させる方が難しいだろうとナルシェラは考える。
噂通りであれば、ミアレットは「女神の愛し子」。女神がどのような基準でミアレットをカーヴェラの孤児院に預けたのかは、定かではないが。少なくとも、孤児院側はミアレットがどんな存在なのかを知っているはず。であれば、そんな大切な「虎の子」を易々と養子に出すとも思えない。
「はぁ……兄上、甘いですよ。その程度で、あのガラファドを欺けるはず、ないでしょうに」
「えっ?」
孤児院側を納得させるには、どうすればいいか。顎に手をやりつつ、本気で悩み始めたナルシェラの計画に、ディアメロが待ったをかける。そうして今度は自分が驚かせる番だと……こちらはこちらで、兄を焦らせる奇策を口にした。
「大臣を欺くのなら……僕の婚約者として連れ帰るのは、どうでしょう?」
「な、なにを言っているんだ、ディア! 第一、ディアはミアレットを……」
「えぇ。魔術師として将来有望なだけの、平民だと思っていますよ? 王妃にするには身分も、地位も、後ろ盾も不足している。でも、ね。考えてもみてください。確かに、貴族が孤児を引き取ることは、よくある事です。ですけど、兄上とミアレットは歳があまりに近いではありませんか。……周囲には養子ではなく、妾にするつもりで引き取ったと見えるかも知れませんよ?」
「……」
言われてみれば、その通りである。いくらミアレットの見た目が幼いとは言え、ナルシェラだって17歳。彼自身もまだまだ子供であるし、法の上でも未成年である以上……養子だと言い張っても、周りは信用しないだろうし、理解も示さないに違いない。ナルシェラとミアレットでは兄妹になりこそすれ、親子にはなり得ないだろう。
「ふふっ。僕に婚約者はいませんからね。歳も近いし、兄上が引き取るよりも遥かに自然で、安全だと思いませんか?」
「し、しかし……」
「それに、カーヴェラで気になる女の子を見つけたとでも言えば、父上も母上も喜んでくれそうです。何せ、兄上の婚約者はアレですし。ミアレットの方が飾り気もない分、気分も安らぐかも」
「……僕だって、好きでステフィアの婚約者でいるわけではないよ。できることなら……」
婚約を破棄してしまいたいし、顔さえも見たくない。
しかし……終いまで言ってしまえば、悔しさも一緒に溢れてしまいそうで。ナルシェラはキュッと唇を噛んでは、言葉を無理やり飲み込む。
「それに、兄上。……僕はこうも言いましたよね? どっちがミアレットを獲得できるか、勝負しましょう、と。もし僕が勝てたのなら、ミアレットはいただきますよ。……ふふ。このまま行けば、僕の圧勝でしょうかね? 兄上は昔から我慢ばっかりで、アプローチが苦手ですから」
「いや、それはどうだろうな? ミアレットは賢い上に、優しい。しかも、洞察力も非常に高いみたいでね。……驚く程器用に、周りの空気を読んでくるんだ。お前が利用しようと近づいていることくらい、すぐに見抜くだろう」
忘れもしない、交流会での一幕。ミアレットはいるはずの護衛がいない事にもすぐに気づき、更にはナルシェラの心配までしてみせた。しかも、ちょっぴりファニーな例え話付きで。
(とは言え、僕と関わるのは迷惑そうだったな……)
しかし、心配してくれる一方で、肝心の恋心は微塵もない様子。交流会でのひと時は、ナルシェラにとって非常に楽しい時間ではあったが。彼女はあくまで、表向きの標準的な交流こそしてくれるものの……やはり、平民と王族という立場の間に、一線を引いていたように思う。ミアレットは巻き込まれこそすれ、必要以上に首を突っ込んでくることはしなかった。最初から彼女には、王族を利用する下心もなかったのだ。
「でしょうね。……前庭でも、交流会でも。ミアレットの反応は鋭かった。それは、僕も認めるところです」
「……珍しいな。ディアが素直に、誰かを認めるなんて」
「まぁ、ね。ミアレットが生意気なのに、変わりはありませんが。しかしながら……彼女は今まで、周りにいなかったタイプの人間でもありますし。一緒にいれば、僕も退屈しないで済みそうです」
殊の外嬉しそうに、ディアメロがクスクスと笑いを溢す。しかし一方で……弟のあまりの変わりように、ナルシェラは別の意味での警戒心を募らせていた。
常々、高慢に振る舞いがちなディアメロではあるが。それが、深すぎるコンプレックスの裏返しなのだと、ナルシェラは誰よりも理解している。だからこそ、弟の心変わりが不自然に思えてならないのだ。
ディアメロはこの前まで、頑なにミアレットを蔑んでいたはず。それが、今はどうだろう。ミアレットを「アレ」と示すのではなく、きちんと「彼女」と呼んでいるではないか。ステフィアが未だに「アレ」扱いであることを考えれば……ディアメロは平民と見下していたミアレットの方こそを、しっかりと扱うべき相手だと認識したのだと、考えるべきか。
(ディアの人当たりが柔らかくなるなんて。今日の視察……本当に楽しかったみたいだな。それはそれで、いい事なのだろうけど……)
彼の変化はナルシェラにとっては好ましいと同時に、不都合でもある。きっとミアレットを含む平民達の生活に触れて、ディアメロの意識にも変化があったのだろう。ディアメロの刺々しい対応が柔和になるのは、兄としては非常に喜ばしいことではある。だが、一方で……ミアレットへの意識の変化は、あまりに都合が悪かった。
【補足】
・ローヴェルズの成人年齢について
ローヴェルズの成人年齢は満22歳と定められている。
かつてはカーヴェラを含むルクレスは満20歳であったが、ローヴェルズ建国時に旧・カンバラの属国であったルクレスも足並みを揃える形で成人年齢が引き上げられた。
この22歳という年齢は、リンドヘイム聖教における終身助祭(司祭の前)への昇進が認められる節目の歳とされており、かの宗教団体の影響力が如実に現れた結果と言えるだろう。
余談だが、西方の帝国・クージェの成人年齢は18歳である。
18歳はクージェ帝国で定められた義務教育の修了目安であると同時に、クージェ史上最長の在位記録を持つ、帝王・フランツが即位した年齢とされている。




